祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 自分が眠っている間に、一体彼らの間で何があったのか。

「……誠十郎」
「えぇ、ここで俺に振る?」
「お前が言い出したことだ」
「そーやけどさぁ……深雪ちゃんが違ったら俺は……ブツブツ」

 誰とも目を合わせず、人差し指同士を突きながらブツブツと何やら呟きだす。
 この場で何も知らないのは深雪だけ。幼い命は、まずまず彼らが何を企んでいるのか聞いていても理解していない。

「っし! ええか、深雪ちゃん。先に言っとくけど、俺はちょー真面目に考えてる。本気や」
「は、はい……?」

 パンッと両頬を叩いた誠十郎は、畳に手をついて前屈みになる。深雪に向ける顔は真剣そのもの。

「俺はな、鬼と人は、分かり合えると思っとる」

 地下室で影裂に訴えた時と同じ主張。やはりその声音には嘘偽りが感じられない。
 
「そんで、そんな世界を作るために鬼が人になれる方法を探したい」
「鬼が、人に……?」

 腕の中にいる命が強く深雪に抱き着いた。微かに身体が震えていて、無意識に抱き返す。
 一つ息を吐いた誠十郎は、ほんの少し明るく取り繕った声で続けた。

「鬼の中にも人を喰らわず、理性を保てる鬼が居る」
「それって」
「ああ。こいつは他の鬼とは明らかにちゃう。鬼側ではこいつは“正される側”やけど、俺等人間にとっては心強い存在や」
「だが、人間であるわけではない。人を喰らわぬ鬼というだけで、結局は祓われる立場だ」

 どれだけ理性があろうと、本能に抗えようと、人を喰らわなくても。
 根底は鬼で、異能を扱う人ならざる妖。人間にとっては祓い消し去るべき存在である。
 ならば、鬼でなくせばいい。
 鬼ではなく人に。人の中で生き、人の理で動き、人として振る舞えるように。

「それは人間も同じ。このままやと、鬼は殺され続ける。人も殺され続ける。それが“当たり前”で終わる」

  畳に手を着いたまま、体重を乗せて一歩踏み込む。

「せやけど、もしもそんな世界を変えられるんやったら───……試す価値はある」

 試されているのだとすぐに分かった。
 鬼である影裂とこの先も行動を共にする覚悟が深雪にあるのかと。
 影裂とこの先も共にいるのなら、骨喰やそれ以外の脅威から逃げ惑うことになる。今までの生活には戻れず、常に命の危険に晒される。それでも、付いて行くのかと。

「その世界では、もう妖を祓わずとも済むんですね」
「深雪」
「妖も人間も関係なく、それぞれの幸せを夢見られるんですね」

 美味しすぎる話ではある。都合のいい言葉ばかりが並べられていて、明らかに誘導されているのが丸見えだ。
 けれど、誠十郎の考えは深雪自身にとって都合が良すぎるものだった。

「鬼と人が共に生きる……私は見てみたいです、そんな世界」
 
 深雪の答えは決まった。
 鬼と、妖と。
 影裂と共に逃げずとも生きられる世界を見てみたいと、そう思ってしまった。

「……期待通りの子やな、深雪ちゃんは」

 心底嬉しそうに笑った誠十郎は、隣で怪訝な顔をする影裂を肘で小突いた。

「一人、決まったで。これで三対一や」

 後はお前一人だと不敵な笑みで答えを促す。
 凄みを利かせた目で誠十郎を睨め付けた影裂は、やがで深い溜息を吐いた。

「深雪が望むなら」
「うっっっっっっっっわ。お前ってそんな感じなん? 解釈違いも甚だしいで」

 鬼と人が共存するが、決して相対しない世界。
 そんな世界に生きる彼らは目指す。鬼と人、妖と人が分かり合える世界を。

(私は、この人と生きたい……我が儘でも、どうか)

 仲間に見捨てられ、仲間を裏切った似たもの同士は逃げる。
 己の居場所を探して。