黄泉守の巫女は、幾らでもいた。
黄泉守の巫女は、幾らでも代わりがいた。
「———妖は等しく祓われし」
それが家訓。
「あ、あや……ひとしく…あれぇ?」
「もう、たった一文じゃない。あれほど覚えてきなさいと言ったのに」
呆れたとばかりに読本を閉じた一人の姉は、裏表紙の面で頭を小突いた。
決して強くはない、柔らかい叱り方。
「貴方もいつかは戦うことになる。今の内なのよ、学べるのは」
———だって、いつ死ぬか分からないから。
そう言って頭を優しく撫でながら笑った姉も、料理を教えてくれた姉も、生かすために逃がしてくれた姉も。
皆、皆。
死んでしまった。
その中に妖を祓えない深雪を咎める者は誰一人おらず、いつだって愛情を向けてくれていたのに。
「母様! 母様ぁ!」
生みの母親が鬼へと堕ちた父親によって殺された夜、全てが壊れてしまった。
黄泉守の当主は、男ではなく女。その代の母親となる人物が担う。
深雪と深冬の生みの親は同じ。けれど、深夏や深春達とは母親も父親も違う。
代々、元服を越えた娘達は刀を手放すために早々に婿入する。そのため、年が近い姉妹が子を産み、その子が自身の姉妹となることは少なくなかった。
「結局、残ったのは私とあんただけ」
「深冬姉様、いつまでこんな事が続くのでしょう」
「さあ、私が知ってるわけがないでしょう。さっさと終わらせるためにも、あんたが一匹でも多く妖を祓ってさえくれればね」
現当主は、どの姉達を産んだのか分からない気の強い女。
独裁的で傲慢で、己が神だと言わんばかりの態度を悠然と取る人。
当然、妖を祓えない深雪を蔑んだ。嘲り笑った。罵った。
「お前に任務を与える」
「……はい」
そうして指定された場所へ向かった時、そこにいたのは親後はぐれた一匹の子鬼だった。
「どうしたの? 迷子?」
幼いゆえ力は未熟で、姿を偽る術を身に着けていない子鬼は、額から小さな角を一本携えている。
けれど、その角と赤い目以外は人間と大差ない。
「泣いていたら、幸せが逃げるよ。ほら、私が親を探す手伝いをしてあげる」
「おねぇちゃんは、にんげん?」
手を差し伸べると、子鬼は涙でグシャグシャの顔を上げて問う。
「そうだよ。でも、貴方の味方」
ただ親とはぐれただけ。人を襲ったわけでも、血肉に飢えているわけでもない。
何の罪も犯していない子鬼を祓う理由など、ありはしなかった。
「親が見つかるおまじないを掛けてあげるね」
「おまじない! おまじない!」
「ふふっ。はい、これを貴方にあげる」
辺りに咲いていた白詰草で作った花冠を子鬼の頭に乗せる。
ずっと曇っていた表情がパッと晴れて、子鬼は深雪に抱き着きながら無邪気な笑顔を浮かべた。
子供らしい、穢れを知らない笑顔。
深雪の左腰に提げていた太刀を見れば、適当な長さの木の枝を拾って振るう。そんな姿も可愛らしくて、一緒に遊んで。
「何してんの、あんた」
そして地獄が待っていた。
黄泉守の巫女は、幾らでも代わりがいた。
「———妖は等しく祓われし」
それが家訓。
「あ、あや……ひとしく…あれぇ?」
「もう、たった一文じゃない。あれほど覚えてきなさいと言ったのに」
呆れたとばかりに読本を閉じた一人の姉は、裏表紙の面で頭を小突いた。
決して強くはない、柔らかい叱り方。
「貴方もいつかは戦うことになる。今の内なのよ、学べるのは」
———だって、いつ死ぬか分からないから。
そう言って頭を優しく撫でながら笑った姉も、料理を教えてくれた姉も、生かすために逃がしてくれた姉も。
皆、皆。
死んでしまった。
その中に妖を祓えない深雪を咎める者は誰一人おらず、いつだって愛情を向けてくれていたのに。
「母様! 母様ぁ!」
生みの母親が鬼へと堕ちた父親によって殺された夜、全てが壊れてしまった。
黄泉守の当主は、男ではなく女。その代の母親となる人物が担う。
深雪と深冬の生みの親は同じ。けれど、深夏や深春達とは母親も父親も違う。
代々、元服を越えた娘達は刀を手放すために早々に婿入する。そのため、年が近い姉妹が子を産み、その子が自身の姉妹となることは少なくなかった。
「結局、残ったのは私とあんただけ」
「深冬姉様、いつまでこんな事が続くのでしょう」
「さあ、私が知ってるわけがないでしょう。さっさと終わらせるためにも、あんたが一匹でも多く妖を祓ってさえくれればね」
現当主は、どの姉達を産んだのか分からない気の強い女。
独裁的で傲慢で、己が神だと言わんばかりの態度を悠然と取る人。
当然、妖を祓えない深雪を蔑んだ。嘲り笑った。罵った。
「お前に任務を与える」
「……はい」
そうして指定された場所へ向かった時、そこにいたのは親後はぐれた一匹の子鬼だった。
「どうしたの? 迷子?」
幼いゆえ力は未熟で、姿を偽る術を身に着けていない子鬼は、額から小さな角を一本携えている。
けれど、その角と赤い目以外は人間と大差ない。
「泣いていたら、幸せが逃げるよ。ほら、私が親を探す手伝いをしてあげる」
「おねぇちゃんは、にんげん?」
手を差し伸べると、子鬼は涙でグシャグシャの顔を上げて問う。
「そうだよ。でも、貴方の味方」
ただ親とはぐれただけ。人を襲ったわけでも、血肉に飢えているわけでもない。
何の罪も犯していない子鬼を祓う理由など、ありはしなかった。
「親が見つかるおまじないを掛けてあげるね」
「おまじない! おまじない!」
「ふふっ。はい、これを貴方にあげる」
辺りに咲いていた白詰草で作った花冠を子鬼の頭に乗せる。
ずっと曇っていた表情がパッと晴れて、子鬼は深雪に抱き着きながら無邪気な笑顔を浮かべた。
子供らしい、穢れを知らない笑顔。
深雪の左腰に提げていた太刀を見れば、適当な長さの木の枝を拾って振るう。そんな姿も可愛らしくて、一緒に遊んで。
「何してんの、あんた」
そして地獄が待っていた。

