鬼と人は分かり合える。そう言った誠十郎は、嘘を言っているようには見えない。
嘘を吐いていると思う方が難しいほど、真っ直ぐな視線を送られていた。
「せやけどな。今の世の中やと無理や」
今の世の中というのは、鬼と人が忌み嫌い合って敵対する世。
人を喰らう鬼を祓うための人間が存在する。明確に、種族間の踏み込めない一線があった。
「見つかったら討たれ、祓われる」
巫女。
妖祓い。
そういう存在がいる限り——。
「“鬼”ってだけで、終わりや」
それは、決して覆らない事実。
人間からすると、人を喰らう鬼は悪。
その逆も然りで、鬼からすると、妖として鬼を祓う人間は悪。その関係が無くなることはない。
けれど、誠十郎はその関係が無くなる世があると信じている。
「やったらな」
今の誠十郎は、影裂のことを鬼として見ているのか、それとも──。
「逆にしたらええと思わん?」
「何?」
「鬼が、人に慣れるんや」
その発想はあまりにも単純で、だからこそ異質だった。
影裂の胸の奥にある何かをじっと見つめながら、誠十郎は続ける。
「人の中で、生きて。人の理で、動いて。人として振る舞う」
誠十郎の瞳の中には、赤い目をした一人の男が映っていた。
「そうしたら、“鬼”やって気づかれへんやろ」
「……それで、何が変わる」
鬼であることを隠し、人間のフリをして生きる。そう言っているようにしか聞こえない。
結局は鬼のまま。どれだけ人間のフリをしようと、人間らしくいきようと、鬼であることには変わりない。
それらを全て含めた物言いで問い返すと、誠十郎は少しだけ考える素振りを見せてから。
「分からん」
と、あっさりそう言った。
「でも、変わるかもしれんやろ」
確信ではなく、希望でもない。
ただ、“試す価値がある”という顔を向けた。
「少なくとも、命はそれを望んどる」
その言葉につられるようにして、檻の向こうにいる命へと視線を向ける。
無造作に伸ばしたままの長い前髪から、縋り付くような目が影裂を見つめていた。
「そうなのか」
掠れた声で問うと、命は少し間を開けて小さく頷いた。
「せやから、俺は鬼が人になれる方法を探しとる」
「方法、だと」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。人間でも鬼でも決して触れてはならない禁忌に触れようとしている音が聞こえる。
ぎこちなく首を動かして隣を見れば、やけに真剣な目をした誠十郎が枷で拘束された命の両手を見ていた。
何をしようとしているのか、そう問う暇もない。
「あるのか、そんなものが」
「知らん。せやから探すんやろ」
命の両手を拘束する枷に触れたかと思うと、何処からともなく取り出した鍵で簡単に外してしまう。
「そのために協力してほしいんや」
檻の向こう側でだけでも自由になった命が、物珍しそうな目で誠十郎の顔を見上げた。
立ち上がった誠十郎は、牢の扉の前に行くと強く鉄格子を握る。
「お前は鬼。しかも、理性がある。人を喰わんし、人と行動を共にしとる」
あたかも崇高な存在であるかのように誠十郎は言うが、それは裏返せば影裂が以上であることを言っている。
本来、鬼という存在に理性などあるはずがない。妖であれば自我すらもない。
鬼は人間を喰らい力を得る存在。人間など生きるための糧にすぎない。
それなのに、影裂は人を無条件には喰らいたくないと思っている。それが鬼としてあってはならない態度であり、正されるべき立場であることを誠十郎は愚かにも知らなかった。
「これ以上ない“例”やろ」
その言葉に、今も布団の上で静かに眠る深雪の姿が蘇った。
満身創痍の影裂を助けるために血を失い、命の異能によって深い眠りについている。
「深雪ちゃんも含めてや」
鬼と人が敵対する世で、たった二人だけ喰らうことも祓うことしない者達がいる。
異常であるのは明確だった。
それでも、誠十郎にとって、影裂と深雪の関係は自身が望んでいるものの象徴だったのである。
「お前らはもう“混じっとる”。せやから——一緒に探さんか」
その声音には、懇願でも命令でもない、影裂を逃がさない意志だけがあった。
嘘を吐いていると思う方が難しいほど、真っ直ぐな視線を送られていた。
「せやけどな。今の世の中やと無理や」
今の世の中というのは、鬼と人が忌み嫌い合って敵対する世。
人を喰らう鬼を祓うための人間が存在する。明確に、種族間の踏み込めない一線があった。
「見つかったら討たれ、祓われる」
巫女。
妖祓い。
そういう存在がいる限り——。
「“鬼”ってだけで、終わりや」
それは、決して覆らない事実。
人間からすると、人を喰らう鬼は悪。
その逆も然りで、鬼からすると、妖として鬼を祓う人間は悪。その関係が無くなることはない。
けれど、誠十郎はその関係が無くなる世があると信じている。
「やったらな」
今の誠十郎は、影裂のことを鬼として見ているのか、それとも──。
「逆にしたらええと思わん?」
「何?」
「鬼が、人に慣れるんや」
その発想はあまりにも単純で、だからこそ異質だった。
影裂の胸の奥にある何かをじっと見つめながら、誠十郎は続ける。
「人の中で、生きて。人の理で、動いて。人として振る舞う」
誠十郎の瞳の中には、赤い目をした一人の男が映っていた。
「そうしたら、“鬼”やって気づかれへんやろ」
「……それで、何が変わる」
鬼であることを隠し、人間のフリをして生きる。そう言っているようにしか聞こえない。
結局は鬼のまま。どれだけ人間のフリをしようと、人間らしくいきようと、鬼であることには変わりない。
それらを全て含めた物言いで問い返すと、誠十郎は少しだけ考える素振りを見せてから。
「分からん」
と、あっさりそう言った。
「でも、変わるかもしれんやろ」
確信ではなく、希望でもない。
ただ、“試す価値がある”という顔を向けた。
「少なくとも、命はそれを望んどる」
その言葉につられるようにして、檻の向こうにいる命へと視線を向ける。
無造作に伸ばしたままの長い前髪から、縋り付くような目が影裂を見つめていた。
「そうなのか」
掠れた声で問うと、命は少し間を開けて小さく頷いた。
「せやから、俺は鬼が人になれる方法を探しとる」
「方法、だと」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。人間でも鬼でも決して触れてはならない禁忌に触れようとしている音が聞こえる。
ぎこちなく首を動かして隣を見れば、やけに真剣な目をした誠十郎が枷で拘束された命の両手を見ていた。
何をしようとしているのか、そう問う暇もない。
「あるのか、そんなものが」
「知らん。せやから探すんやろ」
命の両手を拘束する枷に触れたかと思うと、何処からともなく取り出した鍵で簡単に外してしまう。
「そのために協力してほしいんや」
檻の向こう側でだけでも自由になった命が、物珍しそうな目で誠十郎の顔を見上げた。
立ち上がった誠十郎は、牢の扉の前に行くと強く鉄格子を握る。
「お前は鬼。しかも、理性がある。人を喰わんし、人と行動を共にしとる」
あたかも崇高な存在であるかのように誠十郎は言うが、それは裏返せば影裂が以上であることを言っている。
本来、鬼という存在に理性などあるはずがない。妖であれば自我すらもない。
鬼は人間を喰らい力を得る存在。人間など生きるための糧にすぎない。
それなのに、影裂は人を無条件には喰らいたくないと思っている。それが鬼としてあってはならない態度であり、正されるべき立場であることを誠十郎は愚かにも知らなかった。
「これ以上ない“例”やろ」
その言葉に、今も布団の上で静かに眠る深雪の姿が蘇った。
満身創痍の影裂を助けるために血を失い、命の異能によって深い眠りについている。
「深雪ちゃんも含めてや」
鬼と人が敵対する世で、たった二人だけ喰らうことも祓うことしない者達がいる。
異常であるのは明確だった。
それでも、誠十郎にとって、影裂と深雪の関係は自身が望んでいるものの象徴だったのである。
「お前らはもう“混じっとる”。せやから——一緒に探さんか」
その声音には、懇願でも命令でもない、影裂を逃がさない意志だけがあった。

