祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 問いではない。確認でもない。ただ、逃げ場を塞ぐための言葉。

「……子鬼を、逃がそうとしたわね」

 問われるであろうことは予測できていたはずなのに、いざ問われると息が詰まる。
 何も言い返せない。言葉にすれば、それだけでまた昨夜と同じ目に遭うのだ。

「結果はどう? 無様にやられて、こうして寝込んで。救いようがないわ」

 淡々とした声が、容赦なく突き刺さる。
 こうして起き上がれないようにしたのは紛れもない深冬であるのに、自分は関係とばかりの態度。
 本当に同じ人間なのかと疑問すら浮かぶ。

「いい? 深雪」

 名を呼ばれて、びくりと肩が跳ねた。

「黄泉守の巫女は、妖を祓うためにあるの。情けも、躊躇も、必要ない」

 傍に座っていた深冬は、覆い被さるように深雪の顔を覗き込む。
 人間の顔ではない。般若の面を着けたかの如き鬼の形相だった。

「次はないわ」

 冷たい気配が、すぐ目の前まで迫った。

「次に同じことをすれば——……その時は、分かっているわね?」

 その先の言葉は、ついに口にされなかった。
 けれど、それで十分。告げられずとも、知らぬはずがない。
 逃げ場など、最初からどこにもなかったのだから。
 深雪は、ただ静かに唇を噛み締める。

「返事は?」

 喉が焼けるようにひりつく。
 何かを言おうとするたびに、言葉は奥で潰れていった。
 代わりに込み上げるのは、息とも嗚咽ともつかないものばかりで。

「……はい」

 微かに絞り出したこえは、自分ですら聞こえるか聞こえないかの大きさ。
 喉を裂くような痛みと共にようやく零れたそれは、ひどく歪んでいた。
 それでも、他に選べるものなどない。

「結構」
 
 満足したように、不敵な笑みを浮かべた深冬は立ち上がる。
 そしてはやり一度も深雪へは視線を向けず、障子を開けて部屋を出ようとする。
 足音がひとつ、またひとつと離れていき、やがて襖の向こうへと消えた。
 後には、音を失った静寂だけが残された。

「う、っ……」

 張り詰めていたものが切れ、息が零れる。
 身体の痛みよりも、胸の奥の方が苦しかった。

(……違う)

 あの子鬼を逃がそうとしたこと。
 あの夜に森部屋と入り、小鬼と出会ってしまったこと。
 深冬に気づかれる前に子鬼を逃さなかったこと。
 それらを後悔しているわけではない。もっと違うことを、もっと温かい何かを失ってしまった後悔が、胸の奥で燻っていた。

(あの人は……誰)

 ふと、脳裏に浮かぶあの夜の出来事。深い森の中で、自分を抱き上げた誰か。
 温かくて、優しくて——……。

「貴方は、何処へ行ってしまったの」

 ぎゅっと掌を握ると、そこにはまだ、小さな草の輪があった。
 ほとんどが枯れてしまって脆くなっているが、確かにあの夜深雪が作った草の話。
 夢ではない。確かに、あったこと。

(……もう一度)

 あの誰かに会いたい、と思ってしまった。
 それが許されないことだと、分かっているのに。