祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 誠十郎は、そんな影裂の反応を横目に見ながら、変わらぬ調子で言葉を続けた。

「貧血や。そら間違いない」

 診立てとしては、正しい。
 だが、それだけで済む話ではないと直感が告げている。
 影裂の視線が僅かに鋭さを増した。
 誠十郎の言葉は、何処か引っ掛かる。結論だけを先に置いて、肝心な部分を伏せているような。そんな不自然さがあった。
 問いを挟むより先に、次の言葉が落ちる。

「せやけど、“落ちすぎとる”」
「落ちすぎている?」
「普通やったら、もうちょいで危ないところや」

 その言い方は、何処までも現実的で。
 だからこそ、その先に続くものを強く予感させた。

「でも、死なん」

 まるで、当たり前のことを述べているだけのように聞こえる。だが、その言葉は明らかに矛盾していた。
 少し前に、誠十郎は深雪の状態を“危ないところ”だと説明付けた。
 それならば、本来はその先があるはず。
 なのに、死なない。
 そんなことはあり得ない。理に反する。
 その歪みは、静かに場を軋ませることになるのだ。
 けれど、実際に場は軋んでいる。そう気づくと、視線がゆっくりと檻の中へと移った。
 小さな影。
 何も言わず、ただこちらを見ている少女。
 その存在だけが、先程からこの空間に引っ掛かり続けていた。
 誠十郎は、その視線の動きを見逃さない。

「こいつが、“留めとる”からや」

 逃げ場のない地下で、その一言だけがやけに鮮明に響く。
 小さな身体。
 細い腕。
 鉄格子を握る指は頼りなく、それでいて確かに“そこにいる”。
 あまりにも、弱々しい。
 それなのに、その存在が命を繋ぎ止めているという。

「……無意識や」

 誠十郎はそんな影裂の反応を見ながら、ほんの少しだけ目を伏せた。

「近くに“危ないもん”がおると、勝手にやる」
「勝手に……制御できぬということか」
「自分でも異能に気づけとらん。でも、命なりに、“守っとる”つもりなんやろな」

 守る、という言葉。だが、その響きは何処か噛み合っていない。
 何も知らないまま、ただ本能で力を使っている存在。
 “守っている”。その結果がどうなっているのかも知らずに。

「やけどな、これ外でやられたらどうなる思う?」

 問いは、あまりにも静かだった。だが、逃げ場を与えない響きがある。
 影裂は答えない。
 答えられないのではない。答えが見えてしまったからだ。
 先ほどの言葉が脳内で再生される。
 誠十郎の声で“死なんようにする”という言葉が。
 命の声で“なおらない”という言葉が。
 その二つが、ゆっくりと繋がっていく。
 視界の端で、命の細い指が鉄格子を握り直した。ぎ、と小さな音がやけに大きく響く。
 守るための力。
 だが、その結果は——。と、影裂の思考がそこまで辿り着いた瞬間。

「死なん人間ができる。治らんまま、な」

 静かにその言葉が落ちた。

「だから、閉じ込めとる」

 野放しにすれば、無意識の内に死なない人間を生み出してしまう。
 異能の発動条件は不明。本人は自覚なし。影響を受ける生き物もまた、知らぬ間に苦しむことになる。
 そうならないために、異能による被害を最小限にするために閉じ込めている。

「まぁ、そういうことや」

 その“結論”は、あまりにも歪んでいる。
 影裂は何も言わない。ただ、視線だけが誠十郎を捉えている。
 値踏みするように。
 測るように。
 この男が何処まで踏み込んでいるのかを。
 誠十郎は、その視線を受けてもなお表情を崩さない。
 変わらぬ調子で、言葉を続ける。そこに躊躇はなかった。

「こいつは便利やけど、外に出したらあかん」

 命の頭を撫でる姿は、妹を可愛がる兄そのもの。それなのに、誠十郎の顔には恐怖がはっきりと浮かんでいた。