祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 命は、そんな影裂の反応を気にした様子もなく続ける。

「いたいのも、ある」

 気づかぬ間に、鉄格子を掴んでいた手に力が籠もる。
 命にだけ見えるように、影裂の瞳は赤く染まった。隣りにいる誠十郎は命の言葉に耳を傾けながら、視線を足元へと落としていた。

「くるしいのも、ある」

 幼い見た目には見合わないほど、命は淡々と口にした。まるで、それが当たり前であるかのように。

「でも、しなない」

 その言葉が落ちた瞬間、影裂の心臓がドクンと嫌な音を立てて脈打った。
 命の言葉は真っ直ぐ過ぎる。回りくどい言い方などできず、嘘など吐けず、ありのままの事実をありのまま語ってしまう。
 だから、命が言うことは全てが真実だ。

「……だから、だいじょうぶ」

 “だから”の意味が歪んでいる。死なないから大丈夫。それは人ならざる妖である鬼だからこそ抱く思考。
 あまりにも狂った考えであるはずなのに、影裂はその言葉を否定しなかった。
 否、否定できなかった。
 その代わりに、視線を誠十郎へと向ける。

「どういうことだ」

 低く落ちた声は、静かな地下に重く沈んだ。
 問いは短い。だが、その奥には苛立ちと警戒が滲んでいる。誤魔化しは許さない、そう言外に突きつけるように。
 影裂の視線が誠十郎を射抜いた。逃げ場のない場所で、逃げ道を塞ぐような目。
 空気が張り詰める。
 僅かな物音すら許されないほどに。
 誠十郎は、その視線を正面から受け止めた。逸らさない。けれど、張り合うわけでもない。
 ほんの一瞬だけ、口元に苦笑が浮かぶ。
 肩の力を抜くように、小さく息を吐いた。その仕草が、余計に場の緊張を歪ませる。

「見たまんまや」

 あまりにも軽い声音は、まるで、特別なことでも何でもないとでも言うように明るく取り繕われる。
 だが、その一言で済ませていい内容ではない。
 影裂の眉間に、わずかに皺が寄る。
 視線は動かない。
 返す言葉を探っているのではなく、“測っている”。
 目の前の男が、何処まで知っているのかを。何処まで踏み込んでくるのかを。
 その間にも、檻の中の少女はじっとこちらを見ている。
 何も言わない。
 ただ、その存在だけがこの場の異様さを際立たせていた。

(こいつ等は一体何を隠している)

 やがて、影裂の喉が小さく鳴る。抑え込んだ声が僅かに滲んだ。
 それでも、問いは続く。
 誠十郎はその視線を受けたまま、今度は、ほんの僅かにだけ表情を引き締めた。
 軽さの奥にあったものが覗く。

「こいつの異能。生き物全てを“死なんようにする”」

 鉄格子を握る命の小さな手を取り、優しく撫でる素振りを見せた。
 表情こそ変わらないが、誠十郎に触れられたことに命は喜びを見せる。そんな些細な変化すらもこの場では異質。

「どんだけ血ぃ流しても、どんだけ内臓やられても——生きとる」

 自身の腹部を指先で突きながら、影裂へと視線を向けた。
 お前も例外ではない。そう言いたげな冷たい目である。

「せやからな」

 誠十郎の声が僅かに落ちる。それまでの軽さが、ほんの少しだけ影を潜めた。
 空気が変わる。
 地下の湿った冷気が、じわりと肌にまとわりつく。
 嫌な予感が、静かに胸の奥へと沈んでいった。言葉になるより先に、本能が理解しかけている。
 聞きたくない。
 だが、聞かなければならない
 誠十郎は、その沈黙を待つことなく続ける。わざとらしい間もなく、ただ、事実を置くように。

「さっきのあの子も、目ぇ覚まさんのや」
「……何」

 理解が追いつかない。だが、本能だけが先に反応する。
 何かがおかしい。
 ただの話ではないと告げている。
 上にいるはずの少女の姿が、脳裏に浮かぶ。
 呼吸はあった。
 脈も、確かにあった。
 だが——。

(目を、覚まさない……?)

 その事実が、じわじわと現実を侵食していく。