祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 その在り方に僅かな違和感が滲んだ。

「見てもらいたいと言ったのは、このことか……?」
「ああ。そうや」

 未だ地下室の入口で立ち止まったままの影裂からの問いに、誠十郎は屈んだ状態で振り返った。

「志摩命。俺の妹」

 あまりにも、あっさりとそう言った。誠十郎が向ける薄っすらとした笑みは、彼を別人のように見せる。
 その返答を聞いて、影裂は咄嗟に牢の中の存在に目を向けた。
 確かに、妹だと言った。真っ赤な目をした小さな子供が、人間である誠十郎の妹。
 命は影裂の存在に気づいたのか、ゆっくりと誠十郎から影裂に視線を移した。
 じ、と無遠慮にただ見つめる。
 興味とも違う。
 警戒でもない。
 ただ、“認識する”ような目。そして、ほんの僅かに首を傾げた。

「……けが、してる」

 見知らぬ存在が目の前にいるにも関わらず、唐突にそう言った。
 命は真っ直ぐと影裂の身体を見ている。正確には——その奥。表に出ていない“損傷”を、見ているかのように。
 次の瞬間、命の指が鉄格子の隙間から伸びた。枷が引っ掛かり、ほとんど牢からは出せない。ガンガンと何度も音を立てながら、それでも必死に触れようとしてくる。
 届かない距離。それでも、伸ばす。
 触れようとする。
 縋るように。
 求めるように。

「なおさないと」

 幼子が牢に閉じ込められている現状も、それを当たり前のことのように思っている誠十郎も、全てが異様で。 
 この空間にいるだけで気がおかしくなりそうだった。心底深雪がいなくてよかったと思う。
 必死に手を伸ばして主張する命の言葉が、頭の中でグルグルと駆け巡る。意味を理解することは容易ではなかった。

「……何だと」

 “なおさないと”——その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
 命は、瞬きもせずに影裂を見ている。伸ばした手は、まだ鉄格子の隙間で止まったまま。

「けが。いっぱい、ある」

 前に向けて広げていた手を握り、短い人差し指を立てた。
 人差し指が指し示すのは、影裂の胸元。正確には、その奥にある心臓を示している。
 否、心臓というよりも心という方が正しい。

「外じゃない。……なか」

 胸の奥を指し示すように、小さく手を動かした。
 流石にこの行動は誠十郎にも分からないようで、影裂と命を交互に見ながら困惑している。

(……見えているのか)

 斬られた傷ではない。
 骨喰が作り出した骨に触れた、あの時の異変。項の奥で蠢く、得体の知れない“何か”。
 それと、自らの傷を癒やすために血を捧げ、今も眠っている深雪を想う度に痛む胸の奥。
 それを——この少女は、“けが”と呼んだ。

「なおさないと、と言ったな」
「……うん」

 ゆっくりと牢へと近づきながら口にした問に、命は小さく頷いた。
 迷いのない肯定。だが、その声音には誇りも自負もない。ただ、事実を述べているだけだ。

「どうやってだ」

 鉄格子を握る命の目の前に立つと、視線を合わせるために屈む。
 その琥珀色の瞳で、命の赤い瞳を見つめた。じっと吸い込むくらい強く見つめると、微かに赤い瞳を揺れ動く。
 命は、少しだけ首を傾げた。
 考えるというよりも、言葉を探しているような仕草。

「……とめる」
「止める?」
「しなないように、する」

 その言葉が落ちた瞬間、空気が僅かに沈んだ。
 影裂の思考が、一瞬だけ止まる。

「……治すのではないのか」
「なおらない」

 理解が追いつかず反射的に口にした問に、命は間髪入れずに答えた。

「でも、しなない」

 あまりにも単純な、断定。それが何を意味するのか、理解した瞬間に影裂の目が鋭くなる。
 言葉にはしない。だが、その異質さは十分に伝わっていた。