祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 足を踏み外せば、そのまま闇に呑まれそうな階段だった。
 一段、また一段と降りるごとに、空気が重くなる。
 湿り気を帯びた冷気が肌に纏わり付き、肺の奥まで沈み込んでくるようだった。
 壁を伝う掌に不快な感触が広がる。腐敗しているのか、何かぬるりとしたものが付着しているのか、兎に角気色が悪い。
 いつの間にか足音は影裂だけのものとなり、カツン、カツンという硬い音が響いた。
 やがて、視界が開けると底に辿り着く。
 視界の先では、ほのかな灯りが揺れていた。壁に掛けられた小さな行灯。それが照らし出すのは、狭い地下室と──鉄の檻。
 ぎし、と。誠十郎が一歩、近づく。
 その瞬間、微かな布が擦れる音が奥で鳴った。微かなその気配に、影裂の視線は自然とそこへ誘われる。
 檻の奥。
 暗がりの中に、小さな影があった。
 その影は、膝を抱えるようにして座り込んでいる。両手首を枷で拘束され、そこから垂れ下がる鎖は壁に繋がっている。
 長い髪が顔を覆い、その表情は見えなかった。
 だが、明らかに纏っている気配が違う。

(……鬼だと?)

 ただその人影を見ただけで分かってしまった。目の前にいるのは、自分と同族であると。
 人とは異なる“何か”。人ならざる妖。
 けれど、枷をはめられ、髪で顔を隠し、ボロボロの着物を着ているのに、不思議と禍々しさは感じられない。
 むしろ静かすぎる。生きている気配が、薄い。

(めい)

 開けた空間の中を進み、鉄格子の前に立った誠十郎は人影に向かって言った。
 ほんの少しだけ柔らかいその声は、今までに聞いたどんな声とも違う。確かな愛しさが込められていた。
 その瞬間、ぴくり、と檻の奥の影が反応する。
 ゆっくりと顔が上がり、長い髪が流れてしたに隠れていた目が露わになった。
 覗いた瞳は、空虚。
 感情が一切として現れていない、朧気な目である。そんな赤く染まった目が、誠十郎を見るなり僅かに揺れた。

「……にぃに」

 誠十郎の呼びかけに応えたのは、掠れた小さな声。幼子であるはずなのに、発された声は老婆のそれと変わらない。
 名前をなぞるように、確かめるように、その人影はふらりと立ち上がる。
 枷で拘束された両手を降ろしたまま、不安定な足取りで檻の鉄格子へと近づいた。
 かつん、と細い指が冷たい鉄に触れる。
 両手を上げて鉄格子を握ると、その前に誠十郎は屈んだ。

「そ、にぃにが来たったで」
「にぃに……きた」

 誠十郎の言葉をオウム返しに口にする姿は、何とも異様に見えた。
 喜びとも違う。
 安堵とも違う。
 ただ、“そこにいる”ことを確かめるような声音。
 己が聞いて知った言葉を真似ているようにしか聞こえない。人の形をした鬼とも違う何か別の生き物のようにすら感じられた。

(拒まないのか)

 目の前で確かに目を見つめ合う二人を見て影裂は思った。人間である誠十郎は鬼であるその子供を、鬼である子供は人間である誠十郎を決して拒もうとしない。
 それどころか、互いに互いを求めている。
 閉じ込められているにも関わらず、檻の中にいる少女は外にいる男へと手を伸ばしていた。
 逃げようとも、怒ろうともしない。
 ただ、縋る。