祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 


 外の明るさとは裏腹に、家の中は薄暗く何処か湿っている。
 差し込む光も弱く、奥へ進むほど影が濃くなっていった。

「こっちや」

 先がよく見えず、不安定な足元であるにも関わらず、誠十郎は迷うことなく先へ進む。
 明らかに普通ではない場所へ連れて行かれていた。生活の場とは反対側、人の気配が薄い方へ。
 何処へ行くのか問うことすら許されない。
 ただ、付いて来たら分かると、誠十郎の背中は物語っていた。
 家屋から庭へ通り立ち、しばらく進むと蔵が現れる。重い戸口を開けると、やはり誠十郎は誘われるようにして中へと入っていった。
 手探りで暗闇の中を進み、やがて、行き止まりに突き当たる。
 何もない壁。

「何も、ないぞ」

 ここに来てとうとう影裂は声を出してしまった。
 壁を見つめる誠十郎は何も答えない。その代わり、自身を落ち着けるために大きく息を吸った。
 そして、誠十郎は何も無いはずの壁にある不自然な突起物を握る。
 ぎ、と。
 重い音が鳴ったかと思うと、板が横へとズレて隠されていた空間が口を開けた。
 その先にあったのは、下へと続く細い階段。
 光は届かない。ただ、冷たい空気だけが上へと這い上がってくる。
 湿った土の匂い。それに混じる微かな——。

(……血、か)

 まだ階段に足を掛けていないというのに、錆びついた鉄の強い匂いが漂ってきていた。
 鬼の身である影裂には慣れた匂いだが、人間である誠十郎が表情の一つも変えないのはみょうである。

「驚いたか?」

 隣りに立って階段の先を見つめていた誠十郎が、不意に顔を向けて言った。
 闇に慣れた目ではっきりとその表情が見える。
 誠十郎は、この噎せ返りそうになる鉄の匂いが漂い、不気味に湿った空間にいながらも笑みを浮かべていた。

「まぁ、見てみ」

 そう言って、自ら先に足を踏み入れる。
 迷いなく。
 躊躇なく。
 何が付着しているか分からない壁に手を着けて、ゆっくりと確かめるようにして階段を下りていく。
 徐々に誠十郎の姿が闇に溶けていく中、影裂は動かなかった。
 この先に何があるのか、自分が確かめる必要などない。誠十郎の言う通りになる必要なんてないはずだ。

(……あの気配が何なのか確かめなければ、安心して眠らせることもできない)

 ただ、あの部屋で感じた気配に対する懸念が消えない。直接買いがあった訳では無いが、だからと言って安全かと言うと違う。
 この先にある何かがあの気配と関係しているのなら、確かめない理由はなかった。
 影裂はゆっくりと暗がりの中へ足を踏み出す。
 下へ、下へと。
 階段を降りる足音が、やけに大きく響いた。
 閉ざされた空間。
 逃げ場のない深い場所へと導かれるように——。