祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 手拭いで指先を拭い、深雪の傍へと膝をつく。

「これ、少しずつ飲ませるで」

 傍に置いた盆から器を持ち上げると、深雪へと視線を落とした。
 手にする器の中には、先ほど小屋で見たものと似た色の液体が入っている。
 だが、漂ってくる香りはより濃いものになっていた。
 鉄と草の匂いが微かに混ざった、匂いだけでその味が想像できるもの。

「……何だ、それは」
「さっき言うたやろ。貧血に効くやつや」

 器の中に匙を入れてクルクルと回しながら、誠十郎は慣れたことのように言う。

「濃いめにしとる。苦いけどな」

 そう言い残し、誠十郎は深雪の身体を支えた。
 肩を起こし、背中に腕を回す。その手つきに、迷いはない。
 だが、影裂の視線は、その動きを逃さなかった。少しでも不審があれば、すぐに割って入る距離。誠十郎はそれに気づいているのか、いないのか、特に気にした様子もなく、匙を唇へと寄せた。

「少しや。飲める分でええ」

 呼びかけるように呟かれるその声は柔らかい。意識のない相手に向けているとは思えないほど、自然な語り口だ。
 ゆっくりと、匙を傾ける。
 液体が僅かに口元へ流れ込む。ごくり、と小さく喉が動いた。

「……飲んだな」

 誠十郎がぽつりと呟く。
 無理に流し込まない。
 ほんの少しずつ、確かめるように与える。
 その様子を、影裂は黙って見ていた。

(変わらず、手際が良すぎる)

 初対面の時の印象から随分と変わったように思えるが、未だに誠十郎の言動には違和感がある。
 気づいていると思うには冷静であり、何も知らないと思うには意味深なことばかり繰り返している。
 だが、結果は出ていた。最も、影裂の中にである。
 その頃には、深雪の呼吸がほんの僅かに整い始めていた。

「もう少し様子を見ましょう。無理はさせないように」
「ああ」

 誠十郎は短く頷くと、器を置いた。
 そして、ちらりと影裂へと視線を向ける。

「納得いかん顔やな」

 心の内を見透かすような視線を向けたまま、くつりと笑う。

「毒でも入れとる思うたか?」

 否定も肯定もせず、影裂は静かに誠十郎の目を見つめ返した。
 やはり、この男は何処か普通の人間とズレている。あまりにも落ち着きすぎていた。

「安心し。そんな手間かけるくらいやったら、とっくに別のやり方しとる」
「……そうか」

 つまり、毒を入れる手段を持っている。医者の家系で自身も見習いをしているとなると、確実に敵に回してはならない相手だった。
 無駄に警戒心を生まぬよう、それ以上は踏み込まない。
 踏み込めば何かが変わってしまう、そんな気がしたから。

「では、私はこれで」
「まあ後で頼んます」

 女が立ち上がり部屋を出ていく後ろ姿に誠十郎は投げかける。
 返事がないまま生じは閉じられ、部屋には再び静けさが戻った。
 外では、朝の気配がゆっくりと満ち始めている。
 それでも、この家の奥にある“何か”は、まだ息を潜めたままだった。
 影裂は、視線を僅かに伏せる。
 そして、再び気配を探るように耳を澄ませた。聞こえないはずの音を拾い上げるために。