祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 年の頃は四十前後。落ち着いた佇まいで、髪はきちんと結い上げられている。
 誠十郎と打って変わって感情のない真顔をしているが、何処となく纏う雰囲気が彼と似ていた。親子なのだろうと、影裂は静かに思う。
 そんな事を考えていると知ってか知らずか、出てきた女は誠十郎から影裂と深雪へ視線を向けた。
 警戒されるかと思われたが、存外女は驚く素振りを見せない。

「誠十郎」

 名を呼ぶ声は低く、ただ確かめるような響きを有していた。

「どうしたのです」

 声を荒げることもなく、淡々とした調子で女は問うた。
 ただ、状況の異常さだけを的確に拾い上げる。
 誠十郎はちらりと背後に控える影裂を見ると、女へと視線を戻し肩越しに軽く笑った。

「ちょいとな。山で拾った」

 誤魔化しとも言えない言い訳を軽い調子で言ってのける。思わず影裂が、「は?」と言ってしまうほど分かりやすい嘘だ。
 だが、その言葉の奥にあるものを女は見逃さなかった。女の向ける目に確かな警戒心が滲む。

「中、ええか」

 端から断らせるつもりもないと言いたげに一拍置くと、そう続けた。
 女は答えない。視線を深雪へと落とし、次に影裂へと戻した。
 値踏みするように。
 測るように。
 そして、静かに戸を大きく開けた。

「……早くお入りなさい」

 その一言で、場の空気が僅かに動いた。
 招かれたのは、明らかに異物であるはずの二人。それでも、拒まれはしなかった。

「恩に着る」

 影裂は一瞬だけ目を細め、小さく頭を下げると家の中へと足を踏み入れた。
 戸を潜った瞬間、外の湿った空気がすっと切り離される。
 代わりに広がるのは、乾いた木の匂いと、微かに残る薬草の香り。初めて感じる匂いに影裂は小さく戸惑いを見せる。
 決して広くはない。だが、整っている。
 土間は掃き清められ、壁際にはいくつかの棚が据えられていた。瓶や包みが並び、その一つ一つに丁寧な手入れの痕が見て取れる。

(医者の家、か)

 影裂は無言で辺りを見渡す。
 無駄がない。
 生活の気配はあるが、余計なものは置かれていない。その整然とした空間が、返って息苦しさを感じさせた。

「こっちや」

 誠十郎が上がり框に足を掛けながら振り返る。

「段差、気ぃつけて」
「ああ」

 土間から上がり、奥の一室へと足を進める。
 誠十郎とは一定の距離を空け、その背を追って廊下を進んだ。
 背後では女が静かに戸を閉める。外界と断ち切るように、かたり、とその音がやけに重く響いた。

(見た目の割に入り組んでいるな。わざと外からは内部が分からない構造になっているのか)

 誠十郎に勘付かれないように静かに内装を記憶していく。奥に進むにつれ、外へと続く出口が減っていく。
 それから案内された部屋は、奥まった位置にある簡素なものだった。
 畳が敷かれ、隅に寝具が畳まれているだけ。
 だが、医者の家だからか清潔に保たれていた。

「ここに寝かせたって」

 そう言って、誠十郎は畳まれていた寝具を広げる。
 影裂は言われるままに部屋に入ると、背負っていた深雪をゆっくりと下ろした。
 そっと身体を支え、頭を置かれた枕へと預ける。誠十郎は、その一連の動きをじっと見ていた。

「ちょい待っとき」

 それから徐ろに立ち上がった誠十郎は、前置きもなくそう言って部屋を出ようとする。
 部屋を出る間際、ふと振り返った。

「変なことはせんから、安心しとき」

 軽く笑って口にされたその言葉に、影裂は何も返さない。ただ、視線だけを向ける。
 誠十郎は肩を竦め、そのまま部屋を後にした。