祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 重い。何かが全身に重く伸し掛かっている。
 重みの正体は、身体中に刻まれた傷。身体の奥に、鈍い痛みが残っていた。
 息を吸うだけで、胸の内側が軋む。

「……っ」

 掠れた声が漏れ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
 異界一面に映ったのは、やけに見慣れた木目の天井だった。
 木組みの梁。薄暗い室内。鼻をつく、乾いた血と薬草の匂い。

(帰って、きてる)

 そう理解した瞬間、胸の奥が冷たく沈んだ。
 助かった、という感情は湧かない。ただ、またここに戻ってきてしまったのだと落胆を感じた。
 確か、昨晩は森で遭遇した子鬼を祓い、その後掟を破った罰として暴行を受けて。
 その後に誰かが話し掛けてきて……と、そこからの記憶は抜け落ちたように思い出せない。
 布団の上に置いた指先を動かす。腕は重く、思うように力が入らない。
 それでも、確かめるように胸元へ触れた。
 昨夜に感じたあの温もりは、今はもう何処にもない。

(……あれは)

 ぼんやりとした記憶の中で、誰かの腕の感触だけが残っている。
 抱き上げられたときの浮遊感。
 乱れないようにと、慎重に支えられていた感覚。
 何度も鼓膜を揺らした、包み込むような低音の声。

「……あり、がと……」

 そして、絞り出した自分の声がひどく遠くに聞こえた気がした。
 あの夜の出来事は夢だったのだろうか。
 そう思いかけて、ふと違和感に気づく。掌の中に、何かがあった。
 ゆっくりと指を開くとそこにあったのは、小さく編まれた草の輪。
 歪で、拙くて、それでも確かに形を成したそれは。

(これは)

 昨日の夜、迷子だったあの子鬼に作ってやったものと、同じだった。
 草の輪を上げた時に割いた小鬼の笑顔が脳裏に蘇り、はっと息が止まる。
 はやり、夢ではない。あの夜は、確かにあった。

「子鬼、君……っ」

 その時、襖の向こうで足音が止まった。次の瞬間、音も立てずに障子が開かれる。

「目が覚めたのね。深雪(みゆき)
深冬(みふゆ)姉様……」

 名を呼んだ瞬間、身体が強張る。
 返事が来る前から分かっていた。この静けさは、嵐の前触れだと。
 目を伏せることすら許されない気がして、深雪は布団の上でただ固まっていた。

「随分と長く眠っていたじゃない。……手間をかけさせて」

 足音が、ゆっくりと近づいてくる。
 逃げ場はないと分かっていながら、身体が強張った。
 視線を落としたまま、息を潜める。

「黄泉守の名を持ちながら、妖一つ祓えない出来損ないが」

 見下されながら聞こえたのは、鬱憤を吐き捨てるような声だった。
 すぐ傍で、衣擦れの音がする。
 視線を上げることはできないまま、ただその気配だけを感じていた。

「昨日のこと、覚えているでしょう」