祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 それ以上は何も求めないというように締め括ると、二人の間に沈黙が落ちる。

(何を考えているのか点で分からん。分かりやすそうだと思ったが、一番分かりにくい男だ)

 笑顔こそ浮かべずとも、影裂も警戒心を表情には出さなくなっていた。だが、その裏には変わらず誠十郎を探る目が光っている。
 先程まで強く打ち付けていた雨音は、いつの間にかその勢いを失っていた。
 しとしとと、細く。
 やがて、それも途切れがちになる。

「……止んできたな」

 窓などないはずなのに、壁に空いている穴から外が見える。そんな穴から外を見て、誠十郎はぽつりと呟いた。
 灰色だった空が、僅かに明るみを取り戻している。
 滴る雫の音が、ぽた、ぽた、と間延びして響いていた。

「このままやと、じきに上がるで」
「……そうか」

 雨が上がってきたのなら、ここにいる理由など互いに無くなる。
 だが、影裂の視線は外ではなく、深雪へと落ちていた。
 山小屋に来てから長い時間が経ったが、まだ目は覚めない。
 呼吸は、先程よりは幾分か落ち着いているようにも見えるが、それでも安心できる状態ではなかった。

(動かすには、まだ早いか)

 また抱えて移動すればいいだけの話だが、抱えているとどうしても無駄な力が掛かってしまう。
 こうして寝かせている方が彼女にとって最善。
 このままここに留まり続けるか、何処かもっとマシな建物を探すか。

「なぁ」

 これからどうするか考えていると、誠十郎が再び声を掛けた。
 今度は先程よりも、僅かに真面目な調子である。

「ここ、長居する場所やないと思うんよ」

 そう言いながら軽く床を指で叩く。ぎし、と嫌な音が鳴った。

「見ての通り、ボロボロや。雨は凌げても、それ以上は期待できへん」

 元々は誰かが管理していたのだろうが、今や廃墟と何ら変わらない。
 辛うじて雨は凌げていたが、このままずっといればいつか崩れる危うさがある。

「それに」

 一拍置いて、誠十郎の視線がふと深雪へ落ちた。

「その子、このままやとあかんやろ」

 薬を飲ませて少しは体調が安定してきた様子だったが、それでも目覚めないまま。
 ほとんど意識のない状態で血を吸ってしまったため、影裂の想像以上の血を奪ってしまっていたらしい。
 何度もその時のことを思い出しては、やるせない後悔に苛まれた。

「もうちょいちゃんと休ませな、回復も遅い」

 淡々と告げてから、誠十郎は一度だけ言葉を切った。それから
 浅い呼吸。
 動かない身体。
 その様子を確かめるように見つめて、次に影裂へと視線を戻す。
 ほんの僅かに、目が細められた。
 何かを測るような。それでいて、踏み込みすぎないよう距離を保つような。
 立ち上がり、戸口の方へと歩み寄った。
 外を一瞥する。雨脚は、もうほとんど残っていない。
 滴る音だけが、ぽつり、ぽつりと遅れて落ちていた。

「そこでや。うち、来るか」

 振り返りもせず、湿った外を眺めながらそう言った。

「ここからそう遠ない。町の外れやけど、屋根もあるし、寝かせる場所くらいはある」

 そこでようやく、影裂へと視線を向けた。

「今よりは、マシやで」

 分厚く空を覆っていた雲から太陽の光が差し込み、誠十郎の横顔を淡く照らした。
 信用などしていない。信じたいとも思わない、はずなのに。
 気がつけば、深雪の手を離して彼を見ていた。
 このままここに留まるのか。
 それとも、動くのか。選ぶまでもない。

「……案内しろ」

 短く言うと、高らかな笑い声を上げて誠十郎は戸口を完全に開け放った。

「最初からそう言えばええのに」

 そう言いながら、足元に転がっていた籠を背負い直す。
 戸口へと歩み寄り、外の様子を確かめるように一度だけ空を見上げた。

「ほな、行こか」

 軽い調子で言うその背中を見ながら、影裂はほんの僅かに目を細めた。
 警戒は、解かない。
 むしろ——さらに深まっていた。