深雪の正体を問わないのは、彼女が巫女装束を着ているから他ない。傍には打刀が置かれており、眠っていても正体を明かしている。
その反面、影裂は何とも曖昧な姿をしていた。
巫女と共にいるのなら神職か。否、灰色の着物に真っ黒の羽織は到底神職から掛け離れている。
では、家族か。否、目も鼻も口もどれも真逆の特徴を有している。全く持って似ていない。
「……しがない旅人だ」
考え倦ねた結果、そんな分かりやすい嘘が口を突いて出ていた。
誠十郎はすぐにそれが嘘であると理解する。だが、決してそれ以上追求しようとはしなかった。
「旅人かぁ。ほんなら結構遠いとこから来たんやな」
「ああ、随分と遠くまで来てしまった」
この山が何処にあるのかなど分からない。
近くにあるという町に誠十郎が住んでいるとすれば、そこは訛りのある話し方が飛び交う場所。
少なくとも、深雪と出会った地域で訛りのある話し方をする人間は、それこそ地方からやってきた旅人くらいのものだった。
「へぇ。そらまた難儀やな」
誠十郎はそう言って、軽く肩を竦めた。
事実ではあるが、ここまで来た理由が嘘であると気づいているような探る目。
時折、深雪の打刀へと視線が向いていた。それは、眠っている深雪のことも警戒している証拠である。
影裂がそれに気づく頃には、誠十郎はまた笑って他愛もない話を繰り返した。
「この辺、山ばっかでな。道も分かりにくいし、何もあらへん」
「そうなのか」
やはり、誠十郎はこの辺りに住む人間であるらしい。言葉の端々から、この山の地理を理解している様子が現れている。
知り尽くしているからこそ、影裂と深雪のような存在が山小屋にいるのが不自然だった。
「まぁでも、あんたみたいなんやったら迷わんか」
「どういう意味だ」
「いや、なんとなくやけどな。足取り軽そうやし」
何気ない一言だが、その裏を探るように影裂の目が細まる。
(見抜いているのか)
僅かな違和感を拾っているのか。それとも、ただの勘か。
この小屋が誰のものであるのかは分からないが、ここに小屋があると知っていたのは確かである。
だが、誠十郎はそんな視線を気にした様子もなく床に胡座をかいた。
「俺はあかんわ。すぐ道分からんようになる」
「……そうは見えないな」
「よう言われるけんど、慣れてるだけや」
両手を床に着け、屈託のない笑顔を浮かべる。
中々腹の底が読めない男だ。突然真顔になったかと思えば、すぐに笑顔を浮かべる。
「山入るのも仕事みたいなもんやしな」
「仕事?」
「見習いや。医者の」
確かに、それならば薬草に詳しいことにも手慣れていたことにも説明がつく。
彼が山に入っていなければ。
雨など降らず、山小屋に避難していなければ。
きっと深雪を助けられなかっただろう。二度も感謝を述べる勇気はなく、影裂は静かに話を聞いた。
「親父が医者でな。薬草採りとか、そういう雑用ばっかやけど」
空になったすり鉢を手に取り、ひょいひょいと投げては掴むことを繰り返す。
「こういうんも、そのついでや」
「……なるほどな」
「まぁ、役に立つやろ?」
「今回はな」
いつの日か、深雪にも似たことを言われた。
『こうやって、誰かの役にも立ちますから』
やけに用意周到だと言えば、持っておくと何かと便利だからと返され。
自身だって傷だらけなのに影裂の腕に包帯を巻いた。
いつも怪我ばかりして、自分で包帯を持ち歩かなければならない環境。そんな中で深雪はずっと生きていたのだ。
「それで十分や」
満足したように笑った誠十郎は、あっさりと言った。
その反面、影裂は何とも曖昧な姿をしていた。
巫女と共にいるのなら神職か。否、灰色の着物に真っ黒の羽織は到底神職から掛け離れている。
では、家族か。否、目も鼻も口もどれも真逆の特徴を有している。全く持って似ていない。
「……しがない旅人だ」
考え倦ねた結果、そんな分かりやすい嘘が口を突いて出ていた。
誠十郎はすぐにそれが嘘であると理解する。だが、決してそれ以上追求しようとはしなかった。
「旅人かぁ。ほんなら結構遠いとこから来たんやな」
「ああ、随分と遠くまで来てしまった」
この山が何処にあるのかなど分からない。
近くにあるという町に誠十郎が住んでいるとすれば、そこは訛りのある話し方が飛び交う場所。
少なくとも、深雪と出会った地域で訛りのある話し方をする人間は、それこそ地方からやってきた旅人くらいのものだった。
「へぇ。そらまた難儀やな」
誠十郎はそう言って、軽く肩を竦めた。
事実ではあるが、ここまで来た理由が嘘であると気づいているような探る目。
時折、深雪の打刀へと視線が向いていた。それは、眠っている深雪のことも警戒している証拠である。
影裂がそれに気づく頃には、誠十郎はまた笑って他愛もない話を繰り返した。
「この辺、山ばっかでな。道も分かりにくいし、何もあらへん」
「そうなのか」
やはり、誠十郎はこの辺りに住む人間であるらしい。言葉の端々から、この山の地理を理解している様子が現れている。
知り尽くしているからこそ、影裂と深雪のような存在が山小屋にいるのが不自然だった。
「まぁでも、あんたみたいなんやったら迷わんか」
「どういう意味だ」
「いや、なんとなくやけどな。足取り軽そうやし」
何気ない一言だが、その裏を探るように影裂の目が細まる。
(見抜いているのか)
僅かな違和感を拾っているのか。それとも、ただの勘か。
この小屋が誰のものであるのかは分からないが、ここに小屋があると知っていたのは確かである。
だが、誠十郎はそんな視線を気にした様子もなく床に胡座をかいた。
「俺はあかんわ。すぐ道分からんようになる」
「……そうは見えないな」
「よう言われるけんど、慣れてるだけや」
両手を床に着け、屈託のない笑顔を浮かべる。
中々腹の底が読めない男だ。突然真顔になったかと思えば、すぐに笑顔を浮かべる。
「山入るのも仕事みたいなもんやしな」
「仕事?」
「見習いや。医者の」
確かに、それならば薬草に詳しいことにも手慣れていたことにも説明がつく。
彼が山に入っていなければ。
雨など降らず、山小屋に避難していなければ。
きっと深雪を助けられなかっただろう。二度も感謝を述べる勇気はなく、影裂は静かに話を聞いた。
「親父が医者でな。薬草採りとか、そういう雑用ばっかやけど」
空になったすり鉢を手に取り、ひょいひょいと投げては掴むことを繰り返す。
「こういうんも、そのついでや」
「……なるほどな」
「まぁ、役に立つやろ?」
「今回はな」
いつの日か、深雪にも似たことを言われた。
『こうやって、誰かの役にも立ちますから』
やけに用意周到だと言えば、持っておくと何かと便利だからと返され。
自身だって傷だらけなのに影裂の腕に包帯を巻いた。
いつも怪我ばかりして、自分で包帯を持ち歩かなければならない環境。そんな中で深雪はずっと生きていたのだ。
「それで十分や」
満足したように笑った誠十郎は、あっさりと言った。

