祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 やがて「よし」という声と共に振り返り、再び深雪の傍に座り込む。
 すり鉢の中には、かなり禍々しい見た目をした液体が入っていた。微かに香る匂いからも、その味が想像できる。

「飲ませるし、身体浮かしたってくれ」
「あ、ああ」

 本当に飲ませて大丈夫なのかと問いたくなるが、男の様子から見ても言いづらい。
 草を選ぶ目や手つきからしても、知識があるのは間違いないようであった。
 自分が飲むわけではないのに影裂の表情が歪む。思わず深雪の体を抱き上げる手に力が入った。
 男は深雪の顎に手を掛けると、すり鉢を口に近づける。

「……少しずつでええ」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、指先でほんの僅かに口を開かせた。
 無理には流し込まず、慎重に、喉へ落ちるようにすり鉢を傾ける。

「……っ」

 眠っていても味覚はあるのか、それとも突然液体が喉を通ったからか、微かに反応があった。
 見た目の通りの苦みに深雪の眉間には皺が寄る。だが、今はその仕草が影裂を安心させた。
 表情が変わるということは生きているということ。
 このまま回復へと進めば、もう一度目を開けてくれる。

「よし」

 ほんの少し喜びに弾んだ声を上げた男は、もう一度同じように流していく。

「効くかどうかは分からんけど」

 中身を全て深雪の口の中に注ぐと、口元を拭って呟いた。
 それまで醸し出していた警戒心はとっくに解け、またヘラヘラとした笑みを浮かべる。

「ばあちゃんからの入れ知恵や。貧血には、よう効く」

 得意げな笑顔を浮かべて、男は影裂に向けて言った。それが深雪はこれで助かると安心させるためなのか、自分は怪しい者ではないと主張するためなのか。
 どちらだとしても、今の男から人間が妖に向ける特有の敵意は感じられなかった。

「しばらくはここで安静にするしかないなぁ。この雨やし、町まで行くわけにもいかん」
「そうだな。その……あり、がとう。助けてくれて」
「……はぁ……」

 こういう時、何と言うべきかは前に深雪から教わった。
 誰かに手当などして助けられた時は、「ありがとう」と言うのだと。
 すると、男はぽかんと口を開けて固まった。
 切れ長の目に男よりも大きい身体。明らかに普通ではない気配を纏う男の口から、感謝の言葉を聞くなど予想できなかったらしい。

「ははっ! あんた、見た目の割に素直なんやなぁ!」
「何かおかしなことを言っただろうか」
「いやいや、感謝できる心があるんはええこっちゃ。ただ、まあ。えらい子供らしくはあるけどっ」

 歳の割に無邪気な笑顔を浮かべる男の方が余っ程子供らしい。
 恐らく、この笑顔を浮かべている方が男の素のようである。小屋に入ってきた時の警戒心を剥き出しにしていた様子は、自身の精神を保つためだ。

「なあ、折角こうして出会ったんや。名前、教えてよ」
「影裂。この子は深雪だ」
「かげざき? 珍しい名前してんなぁ……はあ、俺もそんなかっけぇ名前が良かったわぁ」
「そういうお前の名は」
志摩誠十郎(しませいじゅうろう)

 何処か気恥ずかしそうに言いながら、視線を深雪へと向けた。
 それまで浮かべていた笑みを消し、感情の読めない顔をする。

「互いに名乗ったってことで少しは信頼した上で聞くんやけど……あんたら、一体何者? 特に、影裂、あんたや」

 正体がバレたわけではない。
 明かした覚えも、気づかれるようなことをしたわけでもない。であれば──。
 誠十郎が問うのは完全に勘。