祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 悔しさを滲ませた目を伏せて隠そうとするが、それでも血を吸うことはやめられないようで。
 右腕を掴んでいた手が離れると、腰へと回され強く抱き寄せられた。逃げないようにするように、強く。
 苦しげに息を乱しながらも、止められない。
 抑えようとしているのが分かる。歯を食いしばる気配を感じるから。だが、それすら長くは続かない。

「は……っ、は……」

 どくん、と額の紋が強く脈打った。同時に、何かが流れ込む。
 熱。
 重い、濃い気配が血を通して直接身体の中に流れ込んできた。

「いいよ、吸って」

 その瞬間、影裂の朧気だった目が変わった。
 そして、空気が、温度が。何かが、繋がる。
 血の気が引いていく感覚と引き換えに、影裂の呼吸が少しずつ整っていく。
 荒れていた息が、次第に落ち着いていった。
 けれど、彼の手はまだ震えている。

「……すまん」

 低く、押し潰したような声は、本能に抗えなかった事実が悔しいと言っているようにも聞こえた。
 深雪の腕を掴んだまま、影裂は顔を伏せる。

「すまん」

 もう一度吐き出された言葉は、先程よりも重い。
 謝罪というよりも、吐き出すような響きだった。
 指先に込められていた力が、ゆっくりと緩んでいく。まるで、自分が触れていることすら許せないかのように。

「何、謝って……いるんです」
「……お前を、傷付けた」

 苦しさと悔しさに囚われた掠れた声にあるのは、己に対する嫌悪。
 深雪は、ほんの一瞬だけその手元を見た。
 自分の腕。
 まだ血の滲む傷。
 けれど、それは何もできずに守られているだけの自分から抜け出すための手段。
 いつの間にか結ばれていた契約の証に縋り、自らを傷つければ彼を助けられることに賭けた結果だった。

「いいんです」
「よくない」

 影裂の言葉を遮るようにあっさりと言えば、即座に苦しげな声が返ってくる。
 鋭く、強い否定は、自分自身を戒めるためのものである。

「……これは、俺の本能だ。制御もできずに、お前に——」
「それでも、いいんです」

 今度は遮られないようにはっきりと、重ねて言った。
 影裂の言葉を断ち切るように。
 わざと逸らしていた顔を上げ、揺れ動く影裂の赤い目を見つめる。
 深雪のその瞳には、迷いがなかった。

「私、嬉しかったんです」
「……何?」
「影裂さんの傷、少しでも癒せたなら」

 一瞬、理解が追いつかないように影裂の眉が寄る。
 深雪はそっと自分の腕に触れた。そこにある存在を、温もりを確かめるように優しく。
 痛みはある。
 けれど、それ以上に満たされていく心があった。

「私でも、役に立てるんだって」

 今まで深雪がいたのは、もしも自分にできることがあったとしても先回りで否定される場所だった。
 お前にはできない。
 お前には無理だ。
 何もできない無能。穀潰し。そんな言葉だけを投げつけられる場所。
 けれど、今は違う。
 自分にとって都合のいい力が目の前にあろうと、縋らぬように本能に抗おうとする存在がある。
 人間よりも人間らしい鬼。

「……だから、必要なら吸ってください」