祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 影裂の影が、深雪の眼の前で獣を受け止める。深雪へと伸びた手先が眼前で動きを止めた。
 だが、再びぎしり、と嫌な音が響く。
 骨は押し返すどころか、侵すように影に食い込んだ。

「……ちっ」

 影裂の顔が歪む。
 右手に握られた刀も、骨の獣の動きを止める影も、全て影裂の異能で作り出した影によるもの。
 どれだけ手練れた妖であろうと、力を使用しすぎれば限界が近づく。
 それこそ、今の影先は力を消費しすぎた影響か、青白い顔で息を荒げていた。

「無茶しないでっ!」
「構うな!」

 姿の見えない骨喰の攻撃は止まらない。獣の顎が、再び影を突き破った。
 そのまま骨の獣が向かう先には、刀を地面に突き立てて肩を上下させる影裂が。

「っ……!」

 避けることも、助太刀に入る暇もなく、骨の獣が伸ばした爪が影裂の腕を掠めた。
 羽織の上から着物を越えて皮膚に傷を作る。
 掠めただけ。
 それなのに、影裂の動きが止まった。

「……影裂さん?」

 違和感が影裂の身体に纏わり付く影に混ざっている。
 明らかに、何かがおかしい。
 伏せられた顔を長い前髪が隠し、只事ではないことを否応にも知らしめてくる。
 彼はすぐに骨の獣から距離を取ると、深雪の前に庇うようにして立った。
 影で作った刀を強く握り締める。だが、その手が僅かに震えていた。

「……触れただけで、これか」

 そう低く呟く声は、先程までの余裕を失っていた。
 そして、次の瞬間、がくり、と影裂の身体が大きく揺らいだ。

「……っ、は」

 息が引き裂かれるように漏れた。
 肩が大きく揺れる。
 呼吸が噛み合わない。吸っても、入らない。吐いても、抜けない。
 まるで、内側から何かに締め上げられているかのように。影裂の身体が、ぎくりと強張った。
 次の瞬間、片手が跳ね上がるように首筋へと伸びる。
 掴む。
 項を抉るように、骨ばった指が食い込むほど、強く、強く押さえつけた。

「何がっ!?」

 支えようと手を伸ばす。届くはずの距離。ほんの一歩、踏み出せば——。
 だが、その前に膝が折れた。
 力を失ったように。
 いや、違う。
 支えきれなくなったのだ。身体の内側から、何かに削ぎ落とされるように。
 影裂の足が地を掴めず、ぐらり、と大きく揺れる。

「影裂さん——!」

 呼びかける声が自分でも驚くくらい震えた。
 駆け寄る。
 腕を伸ばす。
 今度こそ、間に合うはずだった。