祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 次の瞬間、横から別の獣が飛びかかる——が。
 それは、足元の影に呑み込まれた。

「……!」

 黒が、蠢く。
 地を覆った影が生き物のようにうねり、骨の獣へと絡み付いた。
 影は骨の獣を逃がさぬとばかりに締め上げる。ぎし、ぎし、と骨が軋み、獣は藻掻き苦しんだ。
 四肢を振り、顎を開き、喰らいつこうとする。
 だが、動けない。完全に捉えられていた。

(捕まえた)

 一瞬、そう思った。これでようやく終わる、と。
 だが——ぎしり、と異音が鳴る。それは、外からではない。
 内側から聞こえた。

「……?」

 少しでも意識を向けてしまったのが運の尽きだった。
 切っ先まで張り巡らせていた緊張感が一瞬だけ解け、深雪の意識が足元へと向く。
 次の瞬間、何かが勢いよく影を突き破った。

「っ……!」
「そんなっ!」

 先の見えない黒を内側から突き上げる、骨。
 一本ではない。
 二本、三本と。
 無数の骨が、影を喰い破るようにせり出した。
 裂ける。
 裂ける。
 影が、悲鳴を上げるように歪む。絡め取っていたはずの黒が、逆に侵されていく。

「なっ……!」

 喰われている。
 影が——骨に。

「やはり、か」

 影裂の目が細められる。
 その視線は、森の奥へと向けられていた。見えないはずの“何か”を、正確に捉えるように。

「本体は近い」

 低く落ちたその言葉に、空気がさらに重くなった。
 見られている。
 確実に、何処かで“それ”がこちらを観察している。
 森が静まり返った。否、静まり返っているのではない。
 潜んでいる。
 何かが、息を潜めて機を窺っているのだ。

「いつまで続けるつもりだ、骨喰」

 影裂の声が焦りを滲ませながら低く沈む。
 影を喰らい、影に縛られる骨の軋む音だけが、やけに大きく響いた。
 ぎし、ぎし、と、まるで合図のように。 
 次の瞬間、地面のあちこちが盛り上がった。

「またっ……!?」

 先程とは比にならないほどの量の骨が土を割り、性格に深雪達を狙って突き上げてくる。
 無数。
 槍のように鋭く尖った骨が、四方八方から生え上がった。

「下がれ!」

 言葉と同時に影が弾け、影裂の手の動きに呼応して縦横無尽に動き出す。
 黒が広がり、深雪の足元を引き寄せた。
 間一髪、影裂の背後に回り込むことに成功し、上がる息を整える。
 突き上げた骨が、先程まで深雪が立っていた場所を貫いた。

「なんて容赦のない」
「骨喰は鬼の中で最も厄介な性格をしている。鬼に性格というのも妙なものだがな」

 そんな場違いな遣り取りをしている間にも、二人へと骨の槍は迫り来ていた。
 次。
 また次。
 逃げ場を塞ぐように、地面から骨が生え続ける。

(誘導されてる……?)

 左右を森に囲まれる狭い道の真ん中で、ふと深雪は辺りを見渡しながら思った。
 何度も何度も地面から骨が突き出してくるのは、足から昨日を損なわせるため。
 どれだけ腕が長けていようと、口が達者でも、足がなければ進むことも逃げることもできない。
 つまり、何処かにいるのであろう骨喰は、二人の足を潰すことを第一目標にしているのだ。
 だから、少しずつ逃げ道を限定されていっている。
 着実に追い詰められていた。

「上だ!」

 影裂の声で反射的に顔を上げる。
 ——落ちてくる。
 木々の影から骨の塊が、獣の形を成したそれが、真上から牙を剥いていた。

「っ!」

 回避が間に合わない。
 咄嗟に刀を構えるが、降り注ごうとするそれらを避けることは絶望的。
 身体を貫かれると思われたその刹那、深雪の視界に黒が割り込んだ。