祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 裂け口から尋常ではない量の瘴気が溢れ出し、深雪の身体を包んでいく。

「っ……!」

 黒の中から白い何かが覗いた。細く、歪に連なったそれは、骨。
 一本、また一本とせり上がり、次から次へと絡み合いながら形を成していく。
 四肢。
 胴。
 歪んだ首。
 空洞の眼窩が、ぎしりとこちらを向いた。

「……骨、あの時の……」

 思わず零れた声が震える。
 一体ではない。
 周囲の影全てが同じように波打ち、次々と“それ”が這い出してくる。

「あの骨には触れるな。自分の身は、自分で守ってくれ」
「はい……!」

 影裂の背に寄るようにして構えると、打刀の柄を強く握り締めた。
 いつだって、刀を構えれば切っ先が震えてしまう。
 妖と戦い、命を落とすかもしれないという恐怖。同じ命を持つ存在を消し去ってしまうという罪悪感。
 そんな力を持ちうる己に対する嫌悪。
 無条件に妖を祓いたくないと口では簡単に言える。けれど、未だかつてそう思う理由が見つからないままだった。
 できるなら、こんな場所から逃げ出してしまいたい。
 あの夜に影裂がしてくれたように、次は深雪から手を引いて走り出したい。
 けれど、逃げれば背を見せることになる。それだけは、できない。

(黄泉守家の巫女として……っ!)

 骨の獣が地を蹴った。
 音はない。だが、確実に距離が詰まる。

「来ます!」
「分かっている」

 影裂の足元の影が大きく広がった。これから何が起きるのか、今では予想がつくようになっている。
 骨喰による追跡から逃れるために廃神社に逃げた時。
 勝手に走り出した駿太郎を捕まえようとした時。
 足元の影が大きく広がり、影裂の姿を覆い隠すのだ。そして、黒が地を覆い波のようにうねる。
 次の瞬間、影裂の姿が掻き消えた。

「え——」

 そう認識した時には、骨の獣の背後に影裂はいた。
 振り抜かれる黒の刃。音もなく、それは骨を断つ——はずだった。

「っ……!」

 素早く骨に叩きつけられた刃が止まる。骨は砕けない。
 それどころか、ぎしり、と音を立てて絡み直した。
 斬られた部位が、まるで生きているかのように再び繋がる。

「再生……!」
「相変わらず厄介だ」

 舌打ち混じりに吐き捨てた、その直後に横合いから骨の獣が深雪へと躍り掛かった。

「——っ!」

 咄嗟に刀を抜き、迫りくる骨の鉄拳を受ける。骨の爪と刃がぶつかり、鈍い音が弾けた。

「くっ……!」
 
 重い——否、そんな生易しいものではない。
 押し潰される。
 骨の爪が打刀に食い込み、ぎしり、と嫌な音を立てた。
 腕が悲鳴を上げる。骨ごと軋むような圧が骨を伝って全身へと流れた。
 足元の土が沈み、じり、と後ろへ押される。
 歯を食いしばり、震える腕に無理やり力を込めた。
 斬ることはできない。
 祓うこともできない。

(でも、止められる……!)

 完全には祓えなくとも、受け止めることはできる。

「はぁっ!」

 力を込めて弾き返すと、骨の獣が僅かに退いた。
 その隙に距離を取り、刀を構え直して敵を見据える。
 荒い呼吸が喉を焼く。それでも、足は止めない。止まれば終わるから。

「いい動きだ」

 背中合わせになり、ジリジリと迫ってくる気配に息を呑む。