祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 すぐ近くから男女の騒がしい笑い声が聞こえてくる。人の目が届かない河原に、三人の歪な姿があった。
 森の奥、光の届かぬ場所で、一つの影が怪しく揺れる。
 踏みしめる足音は、川の近くとは思えないほど乾いていた。
 ざり、と。
 土を擦る音だけが、やけに耳に残る。

「馬鹿だねぇ、ほんとにさ」

 川に足を入れて無防備に笑う三人を見つめたまま、指先を口の中に入れる。
 嗚咽と共に引き出したその手には、白いものが握られていた。
 細く、歪んだ——骨。
 指先で弄ぶように回し、軽く握り込む。みし、と嫌な音が鳴った。

「……逃げられると思うなよ」

 低く落ちる声は、湿り気を持たず、ただ乾いていた。
 風が止んだかのように、周囲の気配がひとつ静まる。

「影裂……君は、終わるべきなんだ」

 視線の先にいる影裂は、目先の幼子の襟元を掴み上げる。表情こそないはずなのに、何を考えているのか手に取るように分かった。
 ひんやりとしたそよ風が影裂の黒い襟足を揺らす。
 その隙間から——覗く。
 白。
 髪の奥に紛れ込むようにして、明らかに異質なものが混じっている。
 それは、明らかにそこにはないはずの骨。
 細く、鋭く、歪な形をしたそれは、まるで外から差し込まれたものではなく、内側から突き出したもののように見えた。
 手に握られている骨と、よく似た質感。
 指先でそれを軽く撫でると、かり、と乾いた音が鳴った。

「面倒なことをしてくれる」

 その声音には苛立ちが滲んでいるはずなのに、不思議と底の方に微かな愉悦が混ざっていた。
 追う側の退屈が、ようやく動き出したとでも言いたげに。
 視線がゆっくりと森の奥へと滑る。
 見えぬはずの先を、まるで最初から知っているかのように。
 逃げた方向も、距離も、呼吸の残滓すら、全てが手の内にあるとでも言うように。
 握っていた骨をぱたりと地へ落とした。
 乾いた音を立てて転がるそれは、そこで止まらない。
 ぎし、と。
 内側から軋むような音を立てながら、ゆっくりと形を歪めていく。
 骨と骨が擦れ合い、組み上がり、繋がる。
 やがてそれは、四肢を持つ“何か”の輪郭を成した。
 獣。
 否、獣の形を模した別のもの。
 空洞の眼窩が、虚ろに開く。命など宿っていないはずなのに、次の瞬間には地を踏みしめた。
 ぐるる、と喉を鳴らすような音が、骨の隙間から漏れる。

「でも——」

 一歩、踏み出せば土を擦る音が響いた。その背後で、骨の獣が音もなく従う。

「すぐに見つかるから」

 細められた赤い瞳が僅かに歪む。
 獲物を前にした獣のそれではない。もっと静かで、確実な逃げ場を削ぎ落としていく者の目。
 その視線は遠く、森を抜けた先へと向けられていた。
 水の気配。
 笑い声の残滓。
 温もりの名残。
 それら全てを辿るように、真っ直ぐ川の方角を射抜いている。
 骨の獣が、一斉に頭をもたげた。導かれるように、同じ方向を見据える。
 逃げる足音など、とうに消えている。
 それでも、追跡は終わらない。否、始まったばかりだ。