祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 世には決して相容れない存在がある。人間と、それ以外。
 人間でないものは全て化物として扱われ、害をなさずとも排除される。
 それが世の理であった。

「———妖は等しく祓われし」

 ゆらりと引き抜かれた白銀の刃が、月明かりを鈍く反射する。
 白い巫女装束から覗く細い腕からは想像もできない膂力。年若き女は、一振りの刀を振り上げた。

「ぎゃああああああ!!!!」

 地に蹲る幼子の鬼の左肩から腰にかけて深い刀傷が刻まれる。
 人間であればすぐにこと切れる傷。けれど、その鬼は叫び声を上げながらも生きながらえていた。
 理由は明白。
 鬼であるから。
 人間ではない鬼は、圧倒的な膂力と生命力を持ってして生まれる。
 だから、化物には祓う人間が必要だった。

「子供だからって生かしておくわけにはいかない。いえ、子供だからこそ、消さなくてはならないの」

 刀に付着した血を拭い、もう息をしていない鬼を見下ろす。
 大きく目を見開き、手を前に伸ばし、口から血と泡を吹き出したまま固まった姿は何とも酷い。
 
「可愛そうだけれど、これが世の中の理なのよ」
 
 子供だからこそ、大人になる前に殺してやるのが優しさ。
 大人になってからでは世の残酷さを知ってしまう。ならば、知ってしまう前に、子供の内に殺してやるのがせめてもの情であった。

「……そろそろ出てきなさい」
「あ、姉様……その子は………」

 腰の高さまである草むらから出てきたのは、十代後半ほどの若い娘だった。同じ巫女装束に身を包み、太刀を腰には提げずに抱えている。

「もう死んだわ。じきに消えるでしょう」
「そう、ですか……」
「それよりも、また逃がそうとしたわね。あんたは何度掟を破れば気が済むの?」

 襟元を強く掴むと、女は娘を草むらから引き摺り出す。
 
「きゃあっ!」

 乱暴に放り出され、娘はつい先程まで子鬼がいた場所に蹲る。
 着ていた衣服も、靴も、持っていた木の枝さえ跡形もなく消えていた。鬼は巫女が持つ刀で斬られると灰となって消えるのだ。

「呑気に鬼と遊んで、その上逃がそうとして……黄泉守(よみもり)家の巫女として恥ずかしくないの?」

 大股で近づいた女は、力の限り娘の腹を蹴りつけた。何度も、何度も、何度も。鈍い音が聞こえようと、胃の中のものを吐き出そうと、何度も蹴りつける。

「いっ……や、やめっ……姉様、やめて………」
「あんたがヘマをする度に私が母様に叱られるのよ! あんたさえいなければ、あんたさえ生まれてこなければっ!!」

 最後に思いっきり蹴りつけると、女は刀を鞘に戻して背を向ける。
 一度も振り返らず、脇目も振らず、女は深い森の奥へと姿を消した。

「………こ、おに…くん……可哀想、に……」

 痛みと苦しみで歪む視界に、血と泥に塗れた手が映る。
 その手を伸ばしてみても、あの小鬼は何処にもいない。ただ家族と離れ、迷子だっただけの幼い子供。
 草笛のやり方を教えたら無邪気に喜び、娘が持っていた刀を見立てた枝を振っては自身に満ちた顔を向けた。
 消えるその時まで、木の枝を抱き寄せていた。

「ごめん、ねぇ……ごめんね………」

 自分達が来なければ、遊んだりなどせず家族の元に帰してやれば。
 きっと、あの子鬼は死なずに今も笑っていたのだろう。