温かい。ただただ温かい。
誰かに存在を認めてもらえることがこんなにも満たされるなんて、知らなかった。
「おねーちゃーん! あっちに川があるんだ。みんなでいこー!」
弾けるような声に、深雪ははっと顔を上げた。
「川?」
「うん! つめたくてきもちいいんだよ!」
駿太郎はそう言うと、くるりと背を向けて駆け出した。
草の輪が揺れ、今にも落ちそうになっている。
「あっ、待って!」
慌てて立ち上がり、先を進む駿太郎の小さな背中を追いかける。
けれど、さすがは子供。走れど走れど、距離は開くばかりだ。
それにこれだけの人混みでは、小さい駿太郎は走れても深雪ではまともに走れない。
また彼を迷子にしてしまう。やっと笑うようになったのにと、深雪の中には焦りが生まれた。
「先に行くぞ」
「えぇ──」
背後から聞こえていた声がすぐ傍に来たかと思うと、足元の影が広がった気がした。
大きく前に出る影裂の姿が、瞬きの合間に消える。
「影裂さんっ!」
人混みは徐々に勢いを増し、あっという間に駿太郎の姿を覆い隠す。
ゆっくりと足を止めた深雪は、辺りを見渡しながら得も言われぬ恐怖に襲われた。
いない。
さっきまで確かに見えていた小さな背中が、何処にもない。
(また……?)
笑い声も、呼び声も、全部が混ざり合って、ただのざわめきになる。
脳裏に、あの夜の光景が過った。
手を伸ばしても届かなかった、小さな命。
守れなかった。
救えなかった。
「あははっ! おじさん、くすぐったいよー!」
人混みの奥から、聞き覚えのある声が弾けた。
「駿太郎君……!」
顔を上げ、一歩踏み出す。
耳を澄ますまでもなく、その声は確かにそこにあった。
ざわめきの中に埋もれていたはずの音が、不思議とくっきりと浮かび上がる。
次第に、人の流れがゆっくりと割れていく。
遮っていた背中が動き、視界が少しずつ開けていった。
その先に、二人がいる。
駿太郎の脇を片手で抱え上げるようにして立っている影裂が振り返り、駿太郎が千切れんばかりに手を振った。
「影裂さん……」
その光景を見た瞬間、思わずその名を零す。
駆け寄ろうとする足が縺れて、安堵が一気に押し寄せ力が抜けそうになる。
「まったく」
影裂は呆れたように息を吐きながらも、腕の中の駿太郎を軽く持ち上げ直した。
「勝手に走るな」
「ごめんなさーい!」
まるで悪びれた様子もなく笑う駿太郎。
その様子に、深雪の喉の奥で詰まっていたものが、ようやく解けた。
「……よかった……」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。その声は微かに震えていた。
影裂の視線が、そんな深雪に向けられる。
一瞬だけ何かを言いかけて、けれど結局、何も言わなかった。
ただ、駿太郎を抱えたまま、ゆっくりと歩み寄る。
誰かに存在を認めてもらえることがこんなにも満たされるなんて、知らなかった。
「おねーちゃーん! あっちに川があるんだ。みんなでいこー!」
弾けるような声に、深雪ははっと顔を上げた。
「川?」
「うん! つめたくてきもちいいんだよ!」
駿太郎はそう言うと、くるりと背を向けて駆け出した。
草の輪が揺れ、今にも落ちそうになっている。
「あっ、待って!」
慌てて立ち上がり、先を進む駿太郎の小さな背中を追いかける。
けれど、さすがは子供。走れど走れど、距離は開くばかりだ。
それにこれだけの人混みでは、小さい駿太郎は走れても深雪ではまともに走れない。
また彼を迷子にしてしまう。やっと笑うようになったのにと、深雪の中には焦りが生まれた。
「先に行くぞ」
「えぇ──」
背後から聞こえていた声がすぐ傍に来たかと思うと、足元の影が広がった気がした。
大きく前に出る影裂の姿が、瞬きの合間に消える。
「影裂さんっ!」
人混みは徐々に勢いを増し、あっという間に駿太郎の姿を覆い隠す。
ゆっくりと足を止めた深雪は、辺りを見渡しながら得も言われぬ恐怖に襲われた。
いない。
さっきまで確かに見えていた小さな背中が、何処にもない。
(また……?)
笑い声も、呼び声も、全部が混ざり合って、ただのざわめきになる。
脳裏に、あの夜の光景が過った。
手を伸ばしても届かなかった、小さな命。
守れなかった。
救えなかった。
「あははっ! おじさん、くすぐったいよー!」
人混みの奥から、聞き覚えのある声が弾けた。
「駿太郎君……!」
顔を上げ、一歩踏み出す。
耳を澄ますまでもなく、その声は確かにそこにあった。
ざわめきの中に埋もれていたはずの音が、不思議とくっきりと浮かび上がる。
次第に、人の流れがゆっくりと割れていく。
遮っていた背中が動き、視界が少しずつ開けていった。
その先に、二人がいる。
駿太郎の脇を片手で抱え上げるようにして立っている影裂が振り返り、駿太郎が千切れんばかりに手を振った。
「影裂さん……」
その光景を見た瞬間、思わずその名を零す。
駆け寄ろうとする足が縺れて、安堵が一気に押し寄せ力が抜けそうになる。
「まったく」
影裂は呆れたように息を吐きながらも、腕の中の駿太郎を軽く持ち上げ直した。
「勝手に走るな」
「ごめんなさーい!」
まるで悪びれた様子もなく笑う駿太郎。
その様子に、深雪の喉の奥で詰まっていたものが、ようやく解けた。
「……よかった……」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。その声は微かに震えていた。
影裂の視線が、そんな深雪に向けられる。
一瞬だけ何かを言いかけて、けれど結局、何も言わなかった。
ただ、駿太郎を抱えたまま、ゆっくりと歩み寄る。

