祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 どうして一緒にいるのか。夫婦ではない、恋仲でもない。では、二人の関係は何と形容できる。
 旅仲間? 違う。
 兄妹? そんなわけはない。
 古くからの知り合い? 昨日名前を知ったような関係だろう。

「あ、ちょうちょ!」

 何も答えられずに俯いていると、駿太郎の興味は目の前を横切った蝶に向いた。
 頭の上に乗せた草の輪を落とさないように押さえながら、空中をふわりふわりと舞う蝶を追いかける。

「何なのでしょうか。私達って」
 
 吹いた風が深雪の髪を巻き上げ、横顔を覆い隠した。
 だから、影裂には、深雪がどんな顔をして駿太郎を見ているのかが分からない。
 笑い声を上げて走り回る駿太郎を見る目が細められて、涙が浮かんでいたことなど。

「何か理由がなければ、共にいてはならないのだろうか」
「え……?」
「“ふうふ”や、“こいなか”とやらが何なのか分からんが、そんなに重要なことなのか?」

 すぐ隣から聞こえた低い声は、人間であれば気にも留めない当たり前を口にした。 
 否、彼は人間ではないから、当たり前が分からないである。
 深雪や駿太郎は愛し合った夫婦から生まれ、そして二人もいつかは誰かと夫婦になるということを。
 今だって広場の前を通り過ぎる男女が恋仲かもしれないことを。

「……分かりません」

 考えに考えて、結局出てきたのはそんな曖昧な答えだった。

「私も、よく分からないんです」

 視線は駿太郎を追ったまま、あの子鬼と姿が重なった気がした。
 蝶を追いかけて転びそうになり、慌てて踏ん張る小さな背中を見つめる。

「でも……理由がなければ、一緒にいちゃいけないって思ってました」

 ぽつり、と零れたその言葉は、かつての自分を表していた。

「巫女である理由とか、役目とか……そういうものがないと、そこに居ちゃいけないって」

 生まれてきた環境を恨むことすら許されず、自分の存在意義を認めてもらえず。
 何故、生まれてきたのだろうと。生まれてきてしまったのだろうと、叱られる度に思った。
 生きている理由など、もうとっくに失っていた。

「だから、分からないんです。理由もないのに、こうして一緒にいることが許されてしまって良いのか」

 言葉にした途端、それが自分の中の本音なのだと気づかされる。
 胸の奥に、じわりと広がる違和感。
 誰にも許されていないはずなのに、こうして笑っていること。
 役目も果たせないまま、ここにいること。
 それでも、この時間を手放したくないと思ってしまうこと。

「……面倒なものだな、人間は」

 駿太郎の笑い声が、少し離れた場所で弾ける。
 草を踏みしめる音と、軽やかな足音。何でもない、ただの穏やかな時間。

「理由がなければならない、意味がなければならない。そうやって、自分で縛りを作っている」

 しばし、沈黙が落ちる。
 賑やかな声はすぐ近くにあるのに、その場だけが切り離されたように静かだった。
 影裂はすぐには言葉を返さない。
 何かを測るように、あるいは探るように、ゆっくりと視線を巡らせた。

「俺は鬼だ。そういうものは分からん」

 不意に落とされた言葉に、深雪は息を呑んだ。
 あまりにも簡素で、飾り気のない響き。けれど、だからこそ偽りのないものだと分かる。
 慰めでも、同情でもない。
 ただの事実として、そこに置かれた言葉。
 それが、胸の奥にじわりと染み込んでいく。

「ただ——……お前といるのは、苦ではない」
「……っ」
「だから、それでいいのではないか」

 それは、とても簡単な答えだった。
 理由も意味もない。ただ、“一緒にいてもいい”というだけの言葉。
 それは、深雪が一度も与えられたことのない許しだった。