祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 村の中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
 土と煙の匂いに混じって、煮炊きの香りが漂っていた。
 人の声が近くなるにつれ、ざわめきが肌に触れるように広がっていく。

「……」

 影裂の歩みが微かなまでに遅くなる。
 すれ違う人々は、二人に一瞥をくれるだけで、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。

「ほら、大丈夫でしょう?」

 振り返って小声で言うと、影裂は周囲から目を離さずに短く返した。

「……気を抜くな」
「抜いてませんよ」

 くすりと笑って、深雪は歩みを進める。
 と、その時。

「……ひっく、……ぅ」

 微かな嗚咽が、二人の耳に届いた。人々の謙遜の中で聞こえたそれは、二人だからこそ聞き取れたもの。
 忙しなく行き交う人々には、決して届かぬ微かな声。
 そんな声を確かに聞いた二人は、足を止めて周囲を見渡した。
 声の方へ視線を向けると、家と家の隙間にしゃがみ込む小さな影が見える。

「どうしたの?」

 目の前に屈んで、そっと声を掛ける。
 びくりと肩を震わせて顔を上げたのは、まだ幼い子供だった。頬は涙で濡れ、鼻を啜っている。

「……おかあ、さん……いない……」

 途切れ途切れの声は、悲しみと不安で震えている。
 迷子だ、とすぐに分かった。
 そこまで大きい村ではないが、人通りの多い大通りではすぐに親とはぐれてしまうだろう。きっと、この子供の親も探しているに違いない。

「大丈夫だよ」

 頬を濡らす涙を袖で拭いながら、深雪は穏やかな笑みを浮かべた。

「一緒に探そっか」

 そう言ってやると、子供は不安そうにしつつも強く頷く。
 そんな二人の遣り取りを、少し離れた場所から影裂が見ていた。

「影裂さんもいいですよね」
「は……まあ、構わんが」

 振り返って笑う深雪の言葉には、拒否権を与えない圧力がある。
 貼り付けた笑みを見て、影裂は素直に頷くしかなかった。深雪の左腰に提げられた打刀を見たことは、影裂だけの秘密である。

「貴方、名前は?」
駿太郎(しゅんたろう)
「駿太郎君だね。お姉ちゃん達がいるから、きっと見つかるよ!」

 手を伸ばすと、駿太郎は恐る恐る握った。小さいながらしっかりと温もりのある手である。
 立ち上がらせて膝に付いた砂を払ってやると、ほんの少し駿太郎の表情は晴れた。

「おい、宛はあるのか」
「ないですねぇ。まあでも、ここら辺を歩いていれば、見つかるんじゃないですか」

 ねー、と深雪と駿太郎は息をピッタリと合わせる。
 この場で置いていかれているのは、影裂だけだった。