祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 そんな風に言われたことなんて、一度もなかった。
 いつも出来損ないの無能だと罵られ、弱者として扱われて、存在を否定され続けてきた。
 誰も生きていることを認めてはくれなかったのに。
 初めて掛けられるその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……初めて、言われました」

 影裂は何も答えず、ただ少しだけ深雪から視線を逸らした。
 それでも、その場に流れる空気は何処か穏やかで。
 朝霧の向こうで、光が少しずつ強くなる。

「でも、祓えぬ巫女が強いなんて……そんなのありえません」

 ぽつりと零したその言葉は、朝の空気に溶けることなくその場に落ちた。

「妖を祓うことが役目なのに、それができない。刀を持っても振れない……それって、巫女としては欠陥でしかなくて」

 一度だけ、生まれた環境を恨んだことがある。
 妖を祓うことを生業とする黄泉守家などではなく、もっと普通の一般家庭に生まれていれば。
 刀などと無縁で生きられる環境があれば。
 妖など見えなければ、触れられなければ。
 妖さえ存在しなければ。

「だから強いなんて、そんな風に言われる資格など私はない」

 言い切った後、ほんの少しだけ息が震えた。
 長い、長い沈黙が落ちる。
 竜胆が風邪に揺れる音だけが小さく響いていた。

「……なら、俺も同じだな」

 深雪は無意識の内に顔を上げた。 
 視線を竜胆に向けたまま、影裂はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「俺は、喰えぬ鬼だ」

 昨日と同じ言葉が再び語られる。
 けれど、今はその響きが少し違って聞こえた。

「鬼である以上、人を喰らうことが本能だ。そうして力を得て、生き延びる」

 淡々と語る声には、何処か諦めのようなものが滲んでいた。

「だが、俺にはそれができない。……したいとも、思わん」

 そこで初めて、深雪の方へと視線が向く。

「だから、俺も“出来損ない”だ」
「……そんな」

 思わず言葉が漏れたが、すぐに気づいた。
 その言葉は、そっくりそのまま自分にも返ってくるものだと。
 口を閉ざす深雪を見て、影裂は目を細めて微笑む。

「似ているだろう」

 静かな声音が消えかける朝霧に溶けて消えた。

「役目を果たせない者同士だ」

 否定も、慰めもない。ただ、事実を並べただけの言葉。
 それなのに、胸の奥にすとんと落ちた。

「はい」

 今度は、素直に頷けた。
 祓えぬ巫女と喰えぬ鬼。本来なら、決して交わることのないはずの存在。

「似てますね、私達」

 ふっと、小さく笑う。
 自嘲ではない、何処か穏やかな笑みだった。
 影裂は一瞬だけ目を見開き、それから小さく息を吐く。

「……ああ」

 短く肯定するだけで、十分だった。
 朝霧の中、並んで立つ距離は変わらなかったから。