祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 中々止まらない血と、深いものから浅い傷を見る度に、深雪の中に焦りが芽生えた。

(どうして、止まってくれないの……っ!)
 
 鬼であろうと、人間と同じ様に血を失い続ければ死ぬ。再生が上回らなければ、そこで終わりだ。
 刻一刻と迫るその時が、深雪の手先を狂わせる。
 と、その時。

「っ……!」
「お前が、そこまで怯える必要はない」

 震える手を包み込むように、影裂の骨張った手が深雪の手を握った。
 感じる確かな温もり。生きているからこそある温もりが、掌全体に広がった。
 辛うじて意識を保っているのだろう。薄っすらと開いた目は虚ろで、焦点が定まっていない。
 段々あったはずの温もりが薄れていく。それに気づいた時、額が火で炙られたように熱を持った。
 こうして彼の傷を手当した時、短く唇が触れた場所。

(何、これ)

 そっと指先で熱を持つ部分に触れる。
 もう何も残っていないはずなのに、あの一瞬の熱だけがまだ離れない。

「それは、俺達が結ばれた証」
「証?」
「その紋がある限り、お前の血で俺は生きながらえる」

 言葉の意味は分かる。けれど、それが自分の身に起きていることと結びつかない。
 紋。血。生きながらえる。
 一つ一つは理解できるはずなのに、繋がらない。

「血があれば、その傷は癒えるんですか?」
「……確証はない。だが、過去に巫女の血で生き返った鬼の話を聞いたことがある」
「では、そのようにすれば傷を癒せるんですね」
「そう簡単に言うな。やめておけ」
「何故ですか。私の血で貴方の傷が癒えるなら、使えばいいです」
「戻れなくなるぞ。妖と共にいると、それだけ人間から離れていく」

 傍に置いていた打刀に手を伸ばすと、すぐに止められる。何をしようとしたのか気づかれてしまった。

「お前と契約したのは、少しの間姿を消すためだ。あれだけの瘴気に生身の人間が当てられれば正気ではいられない。だから、ああするしかなかった」

 まるで、契約したことを後悔しているような口ぶり。
 強くはないのに、腕を掴む手を振り払うことは許されなかった。

「……それは、私を守ろうとしてくれたってことですよね」
「お前を一時的にだが人間から外してしまった。決して許されぬことだ」
「人間として必要とされていない私が人間じゃなくなろうと、知ったこっちゃないです」

 腕を掴まれたまま、右手で刀を抜き取り左腕を切りつけた。
 ピリリとした痛みが腕に走る。赤い鮮血がみるみる内に溢れ出した。

「何をするっ! 自らを傷付けるなど!」

 都合よく開いた影裂の口に左腕を当て、無理矢理口の中に血を擦り付けた。

「っ…く、………はぁ」
「何度も守られて、貴方だけ傷付くなんてあんまりです。貴方が傷付くなら、私も同じだけ傷付く」

 何がどういうわけか、影裂の舌が触れた傷口が徐々に塞がっていく。
 痛みも、傷跡も、何も残らない。

「だから、私にも役目をください」

 何もできないのに守られるだけ。それでは生きている意味は何になる。
 ただ自分以外を傷つけ、自分は無傷でいる。そんな自分の方が、ずっと愚かで人間とは言えないのではないか。