祓えぬ巫女と喰えぬ鬼

 腕の一部が異様に歪み、そこから幾本もの骨が覗いている。
 その背後にも、さらに幾つかの影。

「出来損ないのくせに、随分と面白いものを拾ったみたいだねぇ」

 骨喰の視線がゆっくりと深雪に向いた。頭の上から爪先まで、舐め回すように見つめられる。 
 影裂と同じ赤い目を見た瞬間、ぞわり、と肌が粟立つ。

「人間か。なら、壊しやすい」
「下がれ」

 影裂が深雪を庇うように一歩前に出た。

「お前に構っている暇はない」
「だろうね。だからこそ——」

 骨喰の口元が歪み、右手を前に突き出した。
 開いた右手から無数の骨が零れ落ち、地面に山を作る。その骨は徐々に何かの形を成した。

「逃がさないよ」

 山積みになった骨は、獣の形を型取りグルルと鈍い鳴き声を上げた。
 突き出していた右手を反転させ、中指と親指を合わせると、パチンと子気味の良い音を立てた。
 それを合図に、骨でできた狼が深雪達に向かって突進する。
 地を蹴る音が重なった。同時に、影裂の足元の影が激しく揺らぐ。

「掴まれ」

 低く告げたその瞬間、足元の影が広がった。
 足元から溢れ出すように黒が滲み、地面を覆う。

「っ……!」

 視界が一瞬暗転した。
 身体が沈むような感覚。次に足が触れたのは、先程とは違う場所だった。

「これは……転移、ですか……?」
「似たようなものだ」

 影裂は短く答え、再び前を向いて走り出す。

「無駄だよ」

 だが、すぐ背後から骨喰の声が聞こえる。
 走りながら振り返れば、辺りに骨を撒き散らしながら追いかけてきている。

「影を使うなら、尚更ね」
「何が言いたい」
「分かんない?」

 骨喰が足元を軽く踏みつける。その瞬間、影が僅かに歪んだ。

「影は逃げ場にもなるけど——……縛りにもなる」

 骨喰はにやりと不敵に笑うと、撒き散らしていた骨を踏みつけた影に突き刺した。
 数え切れないほどの骨が影の中へと落ちていく。
 その先が何処に繋がっているのかなど、想像すらつかない。

「お前の影、もう掴んださ」
「あぐっ……!」

 ぞくり、とした悪寒が走る。
 影裂の動きが、ほんの僅かに鈍った。

「……ちっ」

 骨喰の方へと向けられた横顔が、深雪の目に飛び込む。
 口元から血を流し、顔が青白くなっていた。赤い目が別の意味で血走る。

「お前」

 骨喰へと向けていた視線は、真っ直ぐ深雪に向いている。
 その声は、先程よりもずっと低いのに、確かな優しさが包んでいた。
 腹の底に柔らかく落ちる声、あの夜に聞いた声と同じもの。

「このままでは、振り切れない」

 迫る気配。逃げ場は、確実に狭まっている。

「——選べ」

 決して立ち止まらず、口から血を吐き出しても影裂は言う。

「俺を置いて行くかそれとも——……最後まで、付いて来るか」

 彼の言う最後がいつなのか分からない。すぐそこにあるのか、ずっと先にあるのか。
 最後まで付いて行けるのかは想像もできない。
 けれど、影裂を置いていくという選択肢だけは、深雪には考えられなかった。