その声音は、何処か自嘲めいて諦めが滲んでいた。
「……俺は、人を喰えない」
ぽつりと落ちた言葉は、まるで独り言のようだった。深雪に聞かせるでもなく、ただ零れ落ちてしまったよう。
雨上がりの静寂に、その言葉だけがやけに重く響いた。
「鬼でありながら、本能に逆らっている。……出来損ないだ」
自分で言い切るように、低く吐き捨てる。
伏せられた瞳が揺れ動いた時、目の前にいたのは人間と何ら変わらない存在。
「だから、追われている」
その瞬間、ざわりと森の奥が揺れた。風ではない。
人ならざるものの気配。複数の、殺気を帯びた気配が肌を刺す。
再び開いた男の目は真っ赤に染まり、動向が縦に伸びている。
「来たか」
男が顔を上げると、何処からともなく噎せ返りそうになるほどの瘴気が辺りに立ち込めた。
先程までの静けさが嘘のように、空気が張り詰める。
「何が───」
「下がれ」
ぐいっと腕を引かれ、鬼の腕の中に収められた。何かから庇うように、強く。
次の瞬間、先程まで深雪が座っていた場所に鋭い影が突き刺さった。
「っ……!」
木の幹に深く食い込んだそれは、骨で出来た刃のようなものだった。
「同族だ」
頭の上から低く押し殺した鬼の声が降ってくる。
強く閉ざされた腕の中で顔を上げると、赤い目を鋭く細めた鬼が宵闇の先を睨め付けていた。
「俺を“正す”つもりで来ている」
森の奥、霧の向こうに、いくつもの影が揺らめく。
人ではない。明確にこちらへ“敵意”を持った存在が蠢く。
「だから、帰れと言ったんだ」
真っ直ぐと前に突き出した右手から黒い霧を出し、刀の形へと集めて構える。
左腕で深雪の身体を抱き締めながら、鬼は視線を落とした。
叱るでもなく、責めるでもなく、何処か悲しげな瞳が揺れ動く。
「巻き込まれるぞ」
そうは言いながらも、抱き締める力を緩めようとはしない。
逃がしたくない、そう言っているようだった。
(……まただ)
守られているだけの構図。何もできないまま、置いていかれる。
「……嫌です」
幹に突き刺さった骨の刃を見てから、もう一度鬼へと視線を戻す。
このまま鬼を一人にすれば、彼は死ぬ。
確証はないが、何故だかそんな気がした。人を喰えず、追われているという話を聞けば尚更だ。
「帰りません。私は——」
鬼の腕の中で打刀を握り直し、真っ直ぐとその赤い目を見つめた。
刀を握る手は震えている。それでも、離さない。
「貴方を独りにしてここから立ち去りたくはない」
霧の中から感じる殺意と、辺りに立ち込める瘴気が強まる。
逃げるか、立ち向かうか。
選択はどちらでも良い。だから、選択を委ねる。
あの夜、目の前にいる鬼がしてくれたように、顔を隠す髪を指先で払いながら問うた。
「一緒に逃げませんか?」
「……俺は、人を喰えない」
ぽつりと落ちた言葉は、まるで独り言のようだった。深雪に聞かせるでもなく、ただ零れ落ちてしまったよう。
雨上がりの静寂に、その言葉だけがやけに重く響いた。
「鬼でありながら、本能に逆らっている。……出来損ないだ」
自分で言い切るように、低く吐き捨てる。
伏せられた瞳が揺れ動いた時、目の前にいたのは人間と何ら変わらない存在。
「だから、追われている」
その瞬間、ざわりと森の奥が揺れた。風ではない。
人ならざるものの気配。複数の、殺気を帯びた気配が肌を刺す。
再び開いた男の目は真っ赤に染まり、動向が縦に伸びている。
「来たか」
男が顔を上げると、何処からともなく噎せ返りそうになるほどの瘴気が辺りに立ち込めた。
先程までの静けさが嘘のように、空気が張り詰める。
「何が───」
「下がれ」
ぐいっと腕を引かれ、鬼の腕の中に収められた。何かから庇うように、強く。
次の瞬間、先程まで深雪が座っていた場所に鋭い影が突き刺さった。
「っ……!」
木の幹に深く食い込んだそれは、骨で出来た刃のようなものだった。
「同族だ」
頭の上から低く押し殺した鬼の声が降ってくる。
強く閉ざされた腕の中で顔を上げると、赤い目を鋭く細めた鬼が宵闇の先を睨め付けていた。
「俺を“正す”つもりで来ている」
森の奥、霧の向こうに、いくつもの影が揺らめく。
人ではない。明確にこちらへ“敵意”を持った存在が蠢く。
「だから、帰れと言ったんだ」
真っ直ぐと前に突き出した右手から黒い霧を出し、刀の形へと集めて構える。
左腕で深雪の身体を抱き締めながら、鬼は視線を落とした。
叱るでもなく、責めるでもなく、何処か悲しげな瞳が揺れ動く。
「巻き込まれるぞ」
そうは言いながらも、抱き締める力を緩めようとはしない。
逃がしたくない、そう言っているようだった。
(……まただ)
守られているだけの構図。何もできないまま、置いていかれる。
「……嫌です」
幹に突き刺さった骨の刃を見てから、もう一度鬼へと視線を戻す。
このまま鬼を一人にすれば、彼は死ぬ。
確証はないが、何故だかそんな気がした。人を喰えず、追われているという話を聞けば尚更だ。
「帰りません。私は——」
鬼の腕の中で打刀を握り直し、真っ直ぐとその赤い目を見つめた。
刀を握る手は震えている。それでも、離さない。
「貴方を独りにしてここから立ち去りたくはない」
霧の中から感じる殺意と、辺りに立ち込める瘴気が強まる。
逃げるか、立ち向かうか。
選択はどちらでも良い。だから、選択を委ねる。
あの夜、目の前にいる鬼がしてくれたように、顔を隠す髪を指先で払いながら問うた。
「一緒に逃げませんか?」
