雨の中、たった一人取り残された深雪は、覚束ない足取りで石段を下っていく。
何処へ行けば良いのか、何処に行かなければならないのか、何も分からない。
「……」
石段を下りきり、森への入口の前で立ち止まる。
左手に握っていた重みが、今日はやけに軽かった。太刀から打刀へ変わるだけで、不安が倍に膨れ上がる。
それでも、振り返ってはならない。
振り返ったとて、そこに帰る場所などないのだから。
(あの場所へ行けば、もしかしたら……)
思い出したように裾へと手を入れる。中を弄り、あの夜に子鬼と作った草の輪を取り出した。
胸の前でぎゅっと握り締め、ハラハラと散らせた。
「行こう」
胸の奥で思い浮かぶのは、ただ一つ。
あの夜の場所。
声を掛けて来た誰か。
理由は分からない。けれど、自然と足がそちらへ向いていた。
森へ一歩踏み入れた瞬間、空気が変わる。湿った土の匂いと、濃い緑の気配が肌に纏わり付いた。
足元はぬかるみ、何度も滑りかける。それでも、歩みは止まらない。
(どうして…怖くない……)
分かっている。行く宛など、他にないだけだ。
けれど、胸の奥に微かな引きがあった。見えない糸に引かれるように、足が進む。
雨粒が枝葉を叩き、ぽつぽつと落ちてくる。
視界は悪く、遠くの方はほとんど見えない。
それでも、迷わなかった。
「あっ!」
やがて、見覚えのある大木が霧の向こうに浮かび上がる。
自然と足がそこへと向かって動き出し、気がつけば小走りに変わる。何かに操られているように、迷いはなかった。
「……あ、貴方は」
そうして大木の前に立った時、待っていたとばかりに辺りの霧が晴れる。
何の変哲もない大木。異常なのは、その前で幹に背を預けて浅い呼吸を繰り返す存在。
閉じられていた目がゆっくりと開き、深雪の姿を捉えた。
「お、ま───」
「なんて傷! す、すぐに手当しましょう!」
袴が泥に汚れようが関係ない。
身体中から血を流す男の前に膝をつくと、常備していた包帯を取り出して傷に当てる。
「やけに、用意周到だな」
「いつも怪我ばかりするので、持っておくと何かと便利なんです」
着物の裾から見える肌という肌に包帯を巻き、深雪は男の顔を見上げる。
「こうやって、誰かの役にも立ちますから」
自分にできるのは、誰かの傷を手当すること。
それくらいしかできないと、深雪は苦笑を零した。
けれど、深雪は気づかない。雨粒と共に、包帯の下の傷がもう癒えていっていることに。
「……すまん。手間取らせた」
「いいです。あ、あと、こういう時は謝るんじゃなくて、ありがとうって言うんですよ」
得意げにそう言うと、男はポカンを口を開けて固まった。
深雪の言葉の意味を理解した瞬間、自然と男の口元に笑みが浮かぶ。
「ありがとう」
「どういたしましてっ」
渾身の笑顔を浮かべると、男も釣られて笑った。
そろそろ自分は行くと言って立ち上がると、男の手が深雪の腕を掴む。
何処へ行けば良いのか、何処に行かなければならないのか、何も分からない。
「……」
石段を下りきり、森への入口の前で立ち止まる。
左手に握っていた重みが、今日はやけに軽かった。太刀から打刀へ変わるだけで、不安が倍に膨れ上がる。
それでも、振り返ってはならない。
振り返ったとて、そこに帰る場所などないのだから。
(あの場所へ行けば、もしかしたら……)
思い出したように裾へと手を入れる。中を弄り、あの夜に子鬼と作った草の輪を取り出した。
胸の前でぎゅっと握り締め、ハラハラと散らせた。
「行こう」
胸の奥で思い浮かぶのは、ただ一つ。
あの夜の場所。
声を掛けて来た誰か。
理由は分からない。けれど、自然と足がそちらへ向いていた。
森へ一歩踏み入れた瞬間、空気が変わる。湿った土の匂いと、濃い緑の気配が肌に纏わり付いた。
足元はぬかるみ、何度も滑りかける。それでも、歩みは止まらない。
(どうして…怖くない……)
分かっている。行く宛など、他にないだけだ。
けれど、胸の奥に微かな引きがあった。見えない糸に引かれるように、足が進む。
雨粒が枝葉を叩き、ぽつぽつと落ちてくる。
視界は悪く、遠くの方はほとんど見えない。
それでも、迷わなかった。
「あっ!」
やがて、見覚えのある大木が霧の向こうに浮かび上がる。
自然と足がそこへと向かって動き出し、気がつけば小走りに変わる。何かに操られているように、迷いはなかった。
「……あ、貴方は」
そうして大木の前に立った時、待っていたとばかりに辺りの霧が晴れる。
何の変哲もない大木。異常なのは、その前で幹に背を預けて浅い呼吸を繰り返す存在。
閉じられていた目がゆっくりと開き、深雪の姿を捉えた。
「お、ま───」
「なんて傷! す、すぐに手当しましょう!」
袴が泥に汚れようが関係ない。
身体中から血を流す男の前に膝をつくと、常備していた包帯を取り出して傷に当てる。
「やけに、用意周到だな」
「いつも怪我ばかりするので、持っておくと何かと便利なんです」
着物の裾から見える肌という肌に包帯を巻き、深雪は男の顔を見上げる。
「こうやって、誰かの役にも立ちますから」
自分にできるのは、誰かの傷を手当すること。
それくらいしかできないと、深雪は苦笑を零した。
けれど、深雪は気づかない。雨粒と共に、包帯の下の傷がもう癒えていっていることに。
「……すまん。手間取らせた」
「いいです。あ、あと、こういう時は謝るんじゃなくて、ありがとうって言うんですよ」
得意げにそう言うと、男はポカンを口を開けて固まった。
深雪の言葉の意味を理解した瞬間、自然と男の口元に笑みが浮かぶ。
「ありがとう」
「どういたしましてっ」
渾身の笑顔を浮かべると、男も釣られて笑った。
そろそろ自分は行くと言って立ち上がると、男の手が深雪の腕を掴む。
