「よし。じゃあ、かたっぱしから回っていくぞ! まず初めは科学部! いくぞ!」
小川は、平屋と未知を連れて、科学部へと向かった。
科学部の部室は、廊下の隅にある、一番奥の理科室だ。
中には、フラスコやビーカーが並び、薬臭い煙が立ち上っている。
「うわ、なんかすごいな」
平屋は、思わず身をすくめたが、小川は相変わらず明るい声で尋ねていく。
「おう! 科学部の部長さん。見学者名簿を見せてくれる?」
白衣にゴーグル、ゴム手袋を着けた部長が振り向いた。
「ああ、いいよ。でも、ちょっと待ってくれ。この実験、大事なところなんだ」
部長は、アルコールランプで熱していたフラスコからメスシリンダーに琥珀色の液体を注ぎながら言った。
「よし、完成だ」
部長は満足げに言って、ラックにシリンダーを立ててから小川たち三人を見た。
「お待たせ。見学者名簿だったな?」
部長は、名簿を小川に手渡した。
名簿には、確かに「睦月真夜」という名前があった。
「睦月さん、どんな人でしたか?」
平屋が部長に尋ねると、部長は嬉しそうに話し始めた。
「ああ、彼女はすごいよ! 一年生とは思えないほど化学の知識があったな。さっき作った化合物も、彼女のレシピだよ。ほら、これ見て」
化学記号の書かれているルーズリーフの一枚を見せてくれた。
「これは何の薬品なんですか?」
未知が尋ねた時だった。
部室の奥から、カタカタと音が聞こえてきた。
「なんだ、この音?」
平屋が、音のする方を見ると、一斗缶の底の部分に車輪がついた、不格好なおもちゃの車が部室の隅に置いてある。
「あー。あれは、彼女が置いていったもので。見学の最後に、『これ、良かったら置いておいてください』って言われてたんだ。
声がするとセンサーが反応して動くような仕掛けでさ。全く動かないから、不具合かな、と思ってたんだけど。
なんでいきなり動き始めたんだ?」
部長が説明が終わる前に、一斗缶はキュゥゥー、とモーター音をさせて、こちらを目がけるよう走って来た。
「見た目は不格好だけど、音に向かって走ってくるなんてすごいなー―」
と話す小川の目の前で止まると、パカと缶の蓋が開く。
そしてシュッ。カタン。という音がしたかと思うと中から煙がモクモクと沸き上がった。
火薬の匂いだ。
「危ない!」
とっさに未知は小川と平屋の腕をつかんで箱から引き剥がす。
と同時に、
「バチバチバチバチ!」
金色の火の粉が飛んだ――
それは箱から出てきた手持ち花火だった。
ファミレスのバースデープレートに付いてくるような小さなそれは、すぐに燃え尽き、ゆっくりと「びっくり箱」と書かれた札が出てきた。
ぶざまにすっころんだ三人を見て、化学部部長はたまらず笑った。
「――ビビりすぎだよ、探偵君たち。何が飛び出してくると思った?」
三人はよろよろと立ち上がる。
「痛って! 未知。何で急に引っ張る?」
「引っ張られて、こっちの方がびっくりしたわ」
未知は、はあっと、肩で息を吐いた。箱から噴き出す煙を見て呆けたようにつぶやく。
「びっくり箱……」
科学部長と三人は、動きの止まった箱の中身を見た。
炭になった花火の下には赤青黄色の三色のコードにセンサーがつけられ、音が鳴るとタイヤがモーターで動き、車が停まった場所で、蓋が開くと同時に花火にマッチで着火する仕掛けのようだった。
「即興でこんな仕掛けを作るんだ。すごい奴でしょ」
と部長は嬉しそうに言った。
「すごい技術……」
平屋は感動したように言ったが、未知の方は驚きのほうがいっぱいなのか、まだ肩で息をしていた。
******
その後は、卓球部、バドミントン部、茶道部……すべての部活に出向いて、月のつく名前の女生徒の名前を確認した。
卓球やバドミントン、茶道部やブラスバンドなどでは、あまり印象は残ってない、と言われた。得手不得手はあるようだ。
最後に向かったのは柔道部だった。
道場に一歩足を踏み入れると、畳と汗の独特な匂いが鼻をつく。聞こえてくるのは、大きな掛け声と、投げ飛ばされる鈍い音。
「おっす! 柔道部の部長さん、見学の新入生について、聞きたいことがあって……」
小川が声をかけると、ちょうど組手の最中だった大柄な部長が、こちらを振り返った。
「ああ、いいぜ! ただし、うちの組手に勝ったらな!」
(またも、このパターンか!)
内心小川は毒づいたが、道着になって柔道部部長と対峙する。背丈だけは負けてない。
突進してくる重量級の部長を相手に捕まえられないよう、小川は相手をよく見て身をかわしていく。捕まってしまえば力技で投げられてしまうだろう。だから部長の手を払って、その隙を狙い、袖をつかんだり足をかけたり、相手の力を利用して体勢を崩そうとする。
その素早い動きに、ギャラリーが集まり始めた。
「小川! 堂々と正面から来い!」
と柔道部長が言うが、
「だってそれだと投げられるじゃん!」
とうまくいなす。
ギャラリーたちが口々に「小川先輩、すげえ!」 「あの重量級に、全く触らせてないぞ!」と湧けば、柔道部長は焦りだし、一本狙いで奥襟を取るが、小川は足技をだして対抗した。なかなかお互い崩せずに、結局は引き分けとなった。
次に平屋も続くが、こちらはあっさり投げ飛ばされる。
宙を舞い、豪快な音を立てて畳に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
そんなドタバタな二人の様子を横目に、未知は壁際で平屋のタブレットで柔道場の撮影をしていた。
「あのー。見学の新入生の方に、お月様の名前の子はいましたか?」
柔道部員たちに尋ねると、部員たちは口々に答えてくれた。
「ああ、いたぞ。文月アヤノ。華奢な体つきで軽そうだったな。受け身がすごく上手で。続ければ戦力になるだろうな」
とあっさり言った。
******
柔道部での組手から解放された三人は、一度探偵研究部の部室に戻ってきた。
小川と平屋はすでにボロボロだ。
未知は、見学に行った部活の写真をタブレットで確認している。
「くそう、柔道部長強え……」
小川は、肩を揉みながらつぶやいた。
平屋は、投げ飛ばされた時の衝撃を思い出したのか、ぶるぶると震えている。
「でも、今回の収穫は大きかったですよ」
未知は、いつもの冷静な口調で言った。
「文月アヤノ、か。柔道部員は、彼女を戦力になるって言ったわりにずいぶんあっさりだったよな?」
小川が不思議そうに言うと、平屋は首を横に振った。
「いや、先輩。彼女は、『華奢』な体つきだったって部員が言ってたでしょ。つまり重量級の男子部員が欲しかったってことです」
うちの柔道部は、確かに地域では一番強い。
「ぜーたくな悩みだなあ」
と言ってから、
「未知、何見てるんだ?」
タブレットをじっと見ている未知に聞いた。
未知は、画面から目を離して静かに言った。
「なんか、違和感があって。
昨日のバスケ部でも、『女子であのスピードは』と足の速さの事を言ってたし。華奢で、女の子の名前で、女の子の制服を着てたら、女の子に思ってしまうんじゃないかなって。つまり、『思い込み』で。ほら、これ見てください」
未知は、平屋のタブレットで撮影した、柔道場での小川と部長の組手を応援していたギャラリーの写真を拡大する。
「みんな、噂の新入生は、華奢で細身の『女の子』だと思っていました。
でも、もし『男の子』だったら?」
小川と平屋は、未知の言葉に、信じられないという表情でタブレットをのぞき込む。
「ほら、これみてください。小川先輩を応援しているギャラリーの中に、違和感がありました」
未知は、画面を指さした。
「ほら、この人」
そこには、他の部の証言通り「細身、きゃしゃ、すらりと背の高い」、どこからどうみても女の子が映っていた。
「女子じゃん」
と小川が言う。
「そう、よく見ないと分からないけど。ある部分に違和感がある……。ちょっと実験です。小川先輩、私と手を合わせて」
未知は唐突に手のひらを差し出した。
「え?」
間抜けに返せば、
「重ねて」
と光の強い目で見つめられる。
「何か照れるなあ」
と言いながら未知と手のひら同士を合わせていく。
未知の手が思いのほか小さくて、小川はちょっとびっくりした。
「これは実験ですよ。ほら、第一関節分くらい違うでしょ?」
(それは、未知が小さいからじゃ)
と言いたげな平屋を未知は指さした。
「今度は平屋先輩、小川先輩と合わせてみて」
小川と平屋は手を合わせた。
すると今度は大体同じくらいだった。
「あれ? 僕と先輩、身長は随分違うけど、手の大きさは、あまり違わない?」
小川と平屋は頭をひねった。
「そう、これが、男女の骨格の違いなんですよ。ギャラリーのこの人。ほら、丁度耳に手を当ててる。隣の女の子もちょうど顔の横に手を置いている。手の大きさを比べてみて」
未知は画面を拡大していく。
定規を画面に当て込むと、確かにその手のひらの大きさに違いがあった。
「じゃあ、その『彼』は今、いったいどこに行ったっていうんだよ? 何のために? 名前だけじゃなく、性別までごまかして」
そういう小川の隣で、未知は紙に書いた和暦の月のリストに、各部活での噂の新入生の名前を書き込んでいった。
一月(睦月 真夜):科学部
二月(如月 六花):サッカー部
三月(弥生 若菜):卓球部
四月(卯月 風月):美術部
五月(皐月 早苗):バドミントン部
六月(水無月 美月):バスケ部
七月(文月 アヤノ):柔道部
八月(葉月 栞):書道部
九月(長月 琴葉):弓道部
十月(神無月 凛):剣道部
十一月(霜月 清華):ブラスバンド部
十二月(氷月 茉白):陸上部
「……埋まったな」
小川はうなずいた。
「なるほど。でも、何で男子が女子に化けてわざわざ偽名まで使って部活動を回っているのか、全然動機がわからない」
平屋の言葉に、
「よし、プロファイリング、やってみるか」
小川は黒板にチョークで書き出していく。
「まず、この『うわさの新入生の』の行動から見える【能力】と【性格】を整理しよう」
大きく三つの項目を書き出した。
【能力一、圧倒的な体力と知力】
「十二もの部活、運動部から文化部までを渡り歩くってことは、体力と知力が人並み以上にある。ただ、練度や経験が必要な卓球とかブラスバンドでは印象が薄かった、と言われていたから、そのあたりは万能じゃない」
【能力二、計画的犯行】
「二週間の仮入部期間に十二の部活動をはしごする。これは明確な『計画』と『目的』があるはず。なんでか、『テニス部』と『うち(探偵研究部)』だけは外されたのは納得いかないが」
【性格:愉快犯。そして何かを探してる】
「あの『びっくり箱』のとおり、俺たちをからかって楽しんでる。男子が女子のふりをしてるのだって、そうだ。どこかでひっそり「私を探してごらん」と言ってるようにも見える。こうしてみると、人並み以上の体力と知力があり、計画的な人物。何かを探しながら、学校中を巻き込む愉快犯で、こっちからすると超「生意気」ってことだけど……」
小川はちらりと未知を見た。
「それって未知。おまえじゃん」
とおかしそうに小川が言う。
「はああ?」
と未知が抗議の声を上げる。
「お前、ひょっこり昨日現れたばっかりだし。ちょっと生意気だし」
「私は女子です! それに背だってまだ!」
「ほらほら、先輩。女の子をからかわない」
【結論:彼は正体を見破って欲しがっている】
「こういうことじゃないのか? 学校中で噂になって、注目され、探されたい。そんな承認欲求なんじゃないか?」
と小川。
「つまり、彼らは僕たちに探して欲しがってるってことですね」
平屋がタブレットを抱えた。
「探偵部に来なかったってのはそういうことかもな。受けてたとうぜ」
そう言って小川は手を叩いてチョークを落とした。
「未知の推理だと『一番初め』に彼は戻るって言ってたな。学校が始まったのは、四月。
卯月風月。美術部ってことか?」
「いや、ちょっと待って先輩。さっき、科学部に行った時、『睦月真夜』っていう名前がありました。睦月は一月。暦の上ではこちらがはじめの月だ」
小川と平屋は、どっちだ? という表情になった。
「どちらも……かもしれません」
未知は、二人の議論を静かに見守り、ゆっくりと口を開いた。
「科学部と美術部、一斉にスタートなのかも。わざわざ、月ごとにしたのは、一月と四月、どちらか一方だけじゃわからない謎があるということを示しているとか。
特にあの科学部の化合物……。あの正体は一体何?」
そこで、何かをひらめいた未知は、平屋のタブレットを借りると、「絵具、化合物」と入力し検索をかけた。そして、「これかも」と確信をもって呟いた。
――ある化合物は、絵の具と反応する。
これが未知の出した仮説だった――
小川は、平屋と未知を連れて、科学部へと向かった。
科学部の部室は、廊下の隅にある、一番奥の理科室だ。
中には、フラスコやビーカーが並び、薬臭い煙が立ち上っている。
「うわ、なんかすごいな」
平屋は、思わず身をすくめたが、小川は相変わらず明るい声で尋ねていく。
「おう! 科学部の部長さん。見学者名簿を見せてくれる?」
白衣にゴーグル、ゴム手袋を着けた部長が振り向いた。
「ああ、いいよ。でも、ちょっと待ってくれ。この実験、大事なところなんだ」
部長は、アルコールランプで熱していたフラスコからメスシリンダーに琥珀色の液体を注ぎながら言った。
「よし、完成だ」
部長は満足げに言って、ラックにシリンダーを立ててから小川たち三人を見た。
「お待たせ。見学者名簿だったな?」
部長は、名簿を小川に手渡した。
名簿には、確かに「睦月真夜」という名前があった。
「睦月さん、どんな人でしたか?」
平屋が部長に尋ねると、部長は嬉しそうに話し始めた。
「ああ、彼女はすごいよ! 一年生とは思えないほど化学の知識があったな。さっき作った化合物も、彼女のレシピだよ。ほら、これ見て」
化学記号の書かれているルーズリーフの一枚を見せてくれた。
「これは何の薬品なんですか?」
未知が尋ねた時だった。
部室の奥から、カタカタと音が聞こえてきた。
「なんだ、この音?」
平屋が、音のする方を見ると、一斗缶の底の部分に車輪がついた、不格好なおもちゃの車が部室の隅に置いてある。
「あー。あれは、彼女が置いていったもので。見学の最後に、『これ、良かったら置いておいてください』って言われてたんだ。
声がするとセンサーが反応して動くような仕掛けでさ。全く動かないから、不具合かな、と思ってたんだけど。
なんでいきなり動き始めたんだ?」
部長が説明が終わる前に、一斗缶はキュゥゥー、とモーター音をさせて、こちらを目がけるよう走って来た。
「見た目は不格好だけど、音に向かって走ってくるなんてすごいなー―」
と話す小川の目の前で止まると、パカと缶の蓋が開く。
そしてシュッ。カタン。という音がしたかと思うと中から煙がモクモクと沸き上がった。
火薬の匂いだ。
「危ない!」
とっさに未知は小川と平屋の腕をつかんで箱から引き剥がす。
と同時に、
「バチバチバチバチ!」
金色の火の粉が飛んだ――
それは箱から出てきた手持ち花火だった。
ファミレスのバースデープレートに付いてくるような小さなそれは、すぐに燃え尽き、ゆっくりと「びっくり箱」と書かれた札が出てきた。
ぶざまにすっころんだ三人を見て、化学部部長はたまらず笑った。
「――ビビりすぎだよ、探偵君たち。何が飛び出してくると思った?」
三人はよろよろと立ち上がる。
「痛って! 未知。何で急に引っ張る?」
「引っ張られて、こっちの方がびっくりしたわ」
未知は、はあっと、肩で息を吐いた。箱から噴き出す煙を見て呆けたようにつぶやく。
「びっくり箱……」
科学部長と三人は、動きの止まった箱の中身を見た。
炭になった花火の下には赤青黄色の三色のコードにセンサーがつけられ、音が鳴るとタイヤがモーターで動き、車が停まった場所で、蓋が開くと同時に花火にマッチで着火する仕掛けのようだった。
「即興でこんな仕掛けを作るんだ。すごい奴でしょ」
と部長は嬉しそうに言った。
「すごい技術……」
平屋は感動したように言ったが、未知の方は驚きのほうがいっぱいなのか、まだ肩で息をしていた。
******
その後は、卓球部、バドミントン部、茶道部……すべての部活に出向いて、月のつく名前の女生徒の名前を確認した。
卓球やバドミントン、茶道部やブラスバンドなどでは、あまり印象は残ってない、と言われた。得手不得手はあるようだ。
最後に向かったのは柔道部だった。
道場に一歩足を踏み入れると、畳と汗の独特な匂いが鼻をつく。聞こえてくるのは、大きな掛け声と、投げ飛ばされる鈍い音。
「おっす! 柔道部の部長さん、見学の新入生について、聞きたいことがあって……」
小川が声をかけると、ちょうど組手の最中だった大柄な部長が、こちらを振り返った。
「ああ、いいぜ! ただし、うちの組手に勝ったらな!」
(またも、このパターンか!)
内心小川は毒づいたが、道着になって柔道部部長と対峙する。背丈だけは負けてない。
突進してくる重量級の部長を相手に捕まえられないよう、小川は相手をよく見て身をかわしていく。捕まってしまえば力技で投げられてしまうだろう。だから部長の手を払って、その隙を狙い、袖をつかんだり足をかけたり、相手の力を利用して体勢を崩そうとする。
その素早い動きに、ギャラリーが集まり始めた。
「小川! 堂々と正面から来い!」
と柔道部長が言うが、
「だってそれだと投げられるじゃん!」
とうまくいなす。
ギャラリーたちが口々に「小川先輩、すげえ!」 「あの重量級に、全く触らせてないぞ!」と湧けば、柔道部長は焦りだし、一本狙いで奥襟を取るが、小川は足技をだして対抗した。なかなかお互い崩せずに、結局は引き分けとなった。
次に平屋も続くが、こちらはあっさり投げ飛ばされる。
宙を舞い、豪快な音を立てて畳に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
そんなドタバタな二人の様子を横目に、未知は壁際で平屋のタブレットで柔道場の撮影をしていた。
「あのー。見学の新入生の方に、お月様の名前の子はいましたか?」
柔道部員たちに尋ねると、部員たちは口々に答えてくれた。
「ああ、いたぞ。文月アヤノ。華奢な体つきで軽そうだったな。受け身がすごく上手で。続ければ戦力になるだろうな」
とあっさり言った。
******
柔道部での組手から解放された三人は、一度探偵研究部の部室に戻ってきた。
小川と平屋はすでにボロボロだ。
未知は、見学に行った部活の写真をタブレットで確認している。
「くそう、柔道部長強え……」
小川は、肩を揉みながらつぶやいた。
平屋は、投げ飛ばされた時の衝撃を思い出したのか、ぶるぶると震えている。
「でも、今回の収穫は大きかったですよ」
未知は、いつもの冷静な口調で言った。
「文月アヤノ、か。柔道部員は、彼女を戦力になるって言ったわりにずいぶんあっさりだったよな?」
小川が不思議そうに言うと、平屋は首を横に振った。
「いや、先輩。彼女は、『華奢』な体つきだったって部員が言ってたでしょ。つまり重量級の男子部員が欲しかったってことです」
うちの柔道部は、確かに地域では一番強い。
「ぜーたくな悩みだなあ」
と言ってから、
「未知、何見てるんだ?」
タブレットをじっと見ている未知に聞いた。
未知は、画面から目を離して静かに言った。
「なんか、違和感があって。
昨日のバスケ部でも、『女子であのスピードは』と足の速さの事を言ってたし。華奢で、女の子の名前で、女の子の制服を着てたら、女の子に思ってしまうんじゃないかなって。つまり、『思い込み』で。ほら、これ見てください」
未知は、平屋のタブレットで撮影した、柔道場での小川と部長の組手を応援していたギャラリーの写真を拡大する。
「みんな、噂の新入生は、華奢で細身の『女の子』だと思っていました。
でも、もし『男の子』だったら?」
小川と平屋は、未知の言葉に、信じられないという表情でタブレットをのぞき込む。
「ほら、これみてください。小川先輩を応援しているギャラリーの中に、違和感がありました」
未知は、画面を指さした。
「ほら、この人」
そこには、他の部の証言通り「細身、きゃしゃ、すらりと背の高い」、どこからどうみても女の子が映っていた。
「女子じゃん」
と小川が言う。
「そう、よく見ないと分からないけど。ある部分に違和感がある……。ちょっと実験です。小川先輩、私と手を合わせて」
未知は唐突に手のひらを差し出した。
「え?」
間抜けに返せば、
「重ねて」
と光の強い目で見つめられる。
「何か照れるなあ」
と言いながら未知と手のひら同士を合わせていく。
未知の手が思いのほか小さくて、小川はちょっとびっくりした。
「これは実験ですよ。ほら、第一関節分くらい違うでしょ?」
(それは、未知が小さいからじゃ)
と言いたげな平屋を未知は指さした。
「今度は平屋先輩、小川先輩と合わせてみて」
小川と平屋は手を合わせた。
すると今度は大体同じくらいだった。
「あれ? 僕と先輩、身長は随分違うけど、手の大きさは、あまり違わない?」
小川と平屋は頭をひねった。
「そう、これが、男女の骨格の違いなんですよ。ギャラリーのこの人。ほら、丁度耳に手を当ててる。隣の女の子もちょうど顔の横に手を置いている。手の大きさを比べてみて」
未知は画面を拡大していく。
定規を画面に当て込むと、確かにその手のひらの大きさに違いがあった。
「じゃあ、その『彼』は今、いったいどこに行ったっていうんだよ? 何のために? 名前だけじゃなく、性別までごまかして」
そういう小川の隣で、未知は紙に書いた和暦の月のリストに、各部活での噂の新入生の名前を書き込んでいった。
一月(睦月 真夜):科学部
二月(如月 六花):サッカー部
三月(弥生 若菜):卓球部
四月(卯月 風月):美術部
五月(皐月 早苗):バドミントン部
六月(水無月 美月):バスケ部
七月(文月 アヤノ):柔道部
八月(葉月 栞):書道部
九月(長月 琴葉):弓道部
十月(神無月 凛):剣道部
十一月(霜月 清華):ブラスバンド部
十二月(氷月 茉白):陸上部
「……埋まったな」
小川はうなずいた。
「なるほど。でも、何で男子が女子に化けてわざわざ偽名まで使って部活動を回っているのか、全然動機がわからない」
平屋の言葉に、
「よし、プロファイリング、やってみるか」
小川は黒板にチョークで書き出していく。
「まず、この『うわさの新入生の』の行動から見える【能力】と【性格】を整理しよう」
大きく三つの項目を書き出した。
【能力一、圧倒的な体力と知力】
「十二もの部活、運動部から文化部までを渡り歩くってことは、体力と知力が人並み以上にある。ただ、練度や経験が必要な卓球とかブラスバンドでは印象が薄かった、と言われていたから、そのあたりは万能じゃない」
【能力二、計画的犯行】
「二週間の仮入部期間に十二の部活動をはしごする。これは明確な『計画』と『目的』があるはず。なんでか、『テニス部』と『うち(探偵研究部)』だけは外されたのは納得いかないが」
【性格:愉快犯。そして何かを探してる】
「あの『びっくり箱』のとおり、俺たちをからかって楽しんでる。男子が女子のふりをしてるのだって、そうだ。どこかでひっそり「私を探してごらん」と言ってるようにも見える。こうしてみると、人並み以上の体力と知力があり、計画的な人物。何かを探しながら、学校中を巻き込む愉快犯で、こっちからすると超「生意気」ってことだけど……」
小川はちらりと未知を見た。
「それって未知。おまえじゃん」
とおかしそうに小川が言う。
「はああ?」
と未知が抗議の声を上げる。
「お前、ひょっこり昨日現れたばっかりだし。ちょっと生意気だし」
「私は女子です! それに背だってまだ!」
「ほらほら、先輩。女の子をからかわない」
【結論:彼は正体を見破って欲しがっている】
「こういうことじゃないのか? 学校中で噂になって、注目され、探されたい。そんな承認欲求なんじゃないか?」
と小川。
「つまり、彼らは僕たちに探して欲しがってるってことですね」
平屋がタブレットを抱えた。
「探偵部に来なかったってのはそういうことかもな。受けてたとうぜ」
そう言って小川は手を叩いてチョークを落とした。
「未知の推理だと『一番初め』に彼は戻るって言ってたな。学校が始まったのは、四月。
卯月風月。美術部ってことか?」
「いや、ちょっと待って先輩。さっき、科学部に行った時、『睦月真夜』っていう名前がありました。睦月は一月。暦の上ではこちらがはじめの月だ」
小川と平屋は、どっちだ? という表情になった。
「どちらも……かもしれません」
未知は、二人の議論を静かに見守り、ゆっくりと口を開いた。
「科学部と美術部、一斉にスタートなのかも。わざわざ、月ごとにしたのは、一月と四月、どちらか一方だけじゃわからない謎があるということを示しているとか。
特にあの科学部の化合物……。あの正体は一体何?」
そこで、何かをひらめいた未知は、平屋のタブレットを借りると、「絵具、化合物」と入力し検索をかけた。そして、「これかも」と確信をもって呟いた。
――ある化合物は、絵の具と反応する。
これが未知の出した仮説だった――
