――月が、ずっと追いかけてくる。
ピアノ教室の帰り道。
楽譜の入った布のバッグを持った七歳の少女は、空の青い月を見ていた。
そして、十字路の真ん中で、一人の小さなお婆さんとすれ違った。
使い古された茶色のローブを深く被り、腰を丸めて歩くその姿に、少女は何の疑いも持たなかった。
けれど、すれ違った直後、背中に視線を感じて振り返る。
――そこにいたのは、老婆ではなかった。
金色の巻き毛を揺らして立っていたのは、この間出会ったばかりの、あの十歳の少年だった。
「やあ。この間は」
と少年は少女に歩み寄った。
少女は思わず一度後ずさったが、少年はやわらかく笑う。
「ぼくの工房はこの近くなんだ。大人は今日いないから、おいでよ。
この間の続き、見たいだろ?
三十分だけなら、誰にもバレない」
『バレない』という少年の誘いは、少女にとって、魅力的なものだった。
******
少女は誘われるまま、薄暗い工房の椅子に腰を下ろした。
少年は、はんだごてを置き、ふと思い出したように少女に尋ねた。
「名前、なんていうの?」
少女が自分の名前を答えると、少年は、
「ふうん」
と短く返し、手元の古い翻訳端末を操作した。
緑色の瞳が画面をなぞる。
そこには、英語でこう表示されていた。
――UNKNOWN
「アンノウン……『名もなき者』か」
******
あっという間に三十分は過ぎた。
「また会えるかな?」
と少女が問うと、
「分からないな……。でも、君を探すときは、その名で呼ぶよ。
UNKNOWN」
窓辺から、白い月が見えていた。
ピアノ教室の帰り道。
楽譜の入った布のバッグを持った七歳の少女は、空の青い月を見ていた。
そして、十字路の真ん中で、一人の小さなお婆さんとすれ違った。
使い古された茶色のローブを深く被り、腰を丸めて歩くその姿に、少女は何の疑いも持たなかった。
けれど、すれ違った直後、背中に視線を感じて振り返る。
――そこにいたのは、老婆ではなかった。
金色の巻き毛を揺らして立っていたのは、この間出会ったばかりの、あの十歳の少年だった。
「やあ。この間は」
と少年は少女に歩み寄った。
少女は思わず一度後ずさったが、少年はやわらかく笑う。
「ぼくの工房はこの近くなんだ。大人は今日いないから、おいでよ。
この間の続き、見たいだろ?
三十分だけなら、誰にもバレない」
『バレない』という少年の誘いは、少女にとって、魅力的なものだった。
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少女は誘われるまま、薄暗い工房の椅子に腰を下ろした。
少年は、はんだごてを置き、ふと思い出したように少女に尋ねた。
「名前、なんていうの?」
少女が自分の名前を答えると、少年は、
「ふうん」
と短く返し、手元の古い翻訳端末を操作した。
緑色の瞳が画面をなぞる。
そこには、英語でこう表示されていた。
――UNKNOWN
「アンノウン……『名もなき者』か」
******
あっという間に三十分は過ぎた。
「また会えるかな?」
と少女が問うと、
「分からないな……。でも、君を探すときは、その名で呼ぶよ。
UNKNOWN」
窓辺から、白い月が見えていた。
