探偵研究部。――カケラノセカイ―― ① うわさの新入生を追え!

「パー」という音楽室からのトランペットの音に、柔道場からの「そいや!」という掛け声。
 剣道場の竹刀がぶつかる「パン! パン!」という乾いた音。
 「いちに、いちに」と砂埃をあげてグラウンドを駆ける生徒たちの声。
 体育館からの「ドンドン!」という地鳴りのようなバスケットボールのドリブルの音。
 中学校は、にぎやかな放課後の音に溢れていた。

 その賑やかさから、少し離れた校舎の片隅にある、部室棟のさらに奥。
 色の褪せた赤いトタン屋根のうす暗い部室の前に、黒髪の背の高い男子生徒が、達筆ながら飾り気のない立て看板を掲げた。

『探偵研究部、新入部員募集中!』

「よーし、こんなもんだろう」

 手をはたきながら言うのは中学三年の小川歩(おがわ・あゆむ)だ。
 隣には、一回り小柄な、茶色いベリーショートの髪に、一見美少女に思えるような丸い茶色の目をした少年、中学二年の平屋桂(ひらや・けい)がいた。
 彼はタブレットを小脇に挟みながらペラペラと手元のビラを所在なさげにめくっている。

「先輩。こんなところじゃあ、誰も来ませんよ」

 平屋の言葉に、小川は、少したれ目の重たげな二重とはっきりした眉をつり上げて振り返る。

「しょーがないだろ。卒業した先輩方から、この部室の場所は動かすな! って言われてんだよ!」

 平屋は口をとがらし眉をひそめた。

「だってここ、元倉庫じゃないですか。せめて、もう少しきれいなところじゃないと、新入生来ないって。『動かすな』なんて卒業生たちの掃除サボりの言い訳だったんじゃないんですか?」

 小川は後輩の物言いに一理あるなと思いながらも、

「おまえ、かわいい顔して意外とズケズケ言うよな」

 と答えた。

 実を言えば、小川は内心焦っていた。
 うちの学校の部活動規定は、部員が三名以上の活動が鉄則だ。
 もし、新入部員が入らなければ、探偵研究部は廃部になってしまう。

 そうなれば、どうなるか。小川は一度、ぶるりと身体を震わせた。

 (去年卒業した先輩方に、死ぬほどいびられる、そしていじられる。さらに、生徒会長のアイツからも超上から目線でなじられるに違いない。それだけは、なんとしても避けたい!)

 小川は平屋の持つビラの半分を受け取る。

「……とりあえず、ビラ配ってこようぜ」

 校舎の人通りの多いところまで移動してビラを配る。

「探偵研究部でーす」
「見学者募集中でーす」

 放課後で、すでにたくさんの部が活動している。
 柔道部、剣道部、テニス部、吹奏楽部、陸上部……。
 仮入部の新一年生たちを引き連れていた。

(あーあ、あの中の一人でもうちの部に来てくれたらなぁー)

 と小川は切実に思った。
 ようやくビラを配り終え、部室に戻る道すがら、平屋は言った。

「そうそう、聞きました? うわさの新入生のこと。なんだか仮入部の部活動を総なめにしてるって」

「おれも聞いた! 柔道部にサッカー部、美術部に科学部……ほとんど全部回ってる、文武両道のすごい奴って」

 小川も大いに同調する。

「そんな子がうちにきたら、心強いよな!」

 部室に着いてドアを開けると、二人はその姿勢のまんま固まった。
 一人の女の子が部室の中央に立っていたのだ。

「探偵研究部って、ここで合ってますか?」

 小柄で、キラキラした目が印象的な淡い髪色のショートカットの女の子。
 その子は、手に先ほど配ったビラを一枚持っていた。

「見学希望なんですけど……。未知っていいます」

 二人はあまりの突然の幸運に、信じられないといった風に、そのビラを受け取り彼女とビラを交互に見る。
 ビラには確かに「探偵研究部」と書かれている。

「え? け、見学?」

 と小川はぎこちなく言い、その少女が「うん」と頷いた。
 小川はひらめいて、平屋に耳打ちして聞いた。

「え? なあ、あれ、もしかして、さっき言っていた総なめにしている子か……?」

 というと、こちらもコソコソ返す。

「違いますよ! 先輩。僕の情報によると、うわさの新入生は、身長が一六四センチの長身、ひょろっと細身の女の子です。この子、どうみても一五〇センチそこらだし、ちょっと、ちみっとしてる」

 未知は、その言葉が聞こえたように大きな目をじろり、平屋に向けた。
 不思議と青みがかった、きれいな瞳だった。
 腕をくんで、値踏みするように言う。その顔は、ちょっと生意気そうだった。

「なるほど、これが探偵研究部。女性の体型を話題にするのも無神経だし、それも失礼だからやめてくれませんか?」

 平屋に向けてピシリと指をさす。
 平屋はタブレットで在校生名簿から彼女のプロフィールを検索しようとしていたが、その言葉に思わず手が止まった。

「あっ、ごめん!」

 小川は慌てて謝り、平屋を肘で小突く。
 ムッとしながらも、平屋はしぶしぶタブレットの画面をオフにした。

「ほら、うち男だけだから、あんま、気の使い方できなくて。ああ! 行かないで! とりあえず座って! どうぞどうぞ」

 逃げそうになる彼女に、小川は低姿勢で部室の椅子を差し出した。

「俺は部長の小川歩。あっちは副部長の平屋桂。って言っても、見ての通り、この二人だけだけど」

 と、部活の窮状を彼女に話した。
 未知はぐるっと部室を見回した。
 古くて雑然としていて、地図や虫眼鏡や地球儀、黒板のあっちこっちに付箋のメモが貼られ、本棚には無造作に年代物の本が並んでいる。

「ふうん。なるほど。新入生を入れないと、廃部になるんですね、この部」

 そこで一度言葉を切って、小川と平屋を見た。

「先輩たち、お困りのようですし、もしよかったら新入生探し協力しましょうか?」

 未知はおかしそうに言う。
 ちょっと上から目線は鼻につくが、背に腹は代えられない。
 小川と平屋は二つ返事でうなずいた。

「「ぜひ!!」」

 小川と平屋は、未知の目の前に一冊のノートを置いた。
 そこには、「部誌」と書かれている。

「まずは、探偵研究部について説明するよ」

 小川は得意げに言った。

「ノートをみてくれ。これは、先輩方が書き溜めたもので、ほら、こんな感じで古今東西のフィクションの探偵たちのトリックや技術を研究して、実際に検証したりしてるんだ。シャーロックホームズ、金田一、明智小五郎とか。
 聞いたことはあるよね?」

「最近の探偵マンガとか、映画やドラマも参考にしてるよ」

 と平屋が言う。

 確かに、年季ものの文庫本やコミックは、探偵ものの背表紙が並んでる。
 嬉しそうに紹介する二人の姿に未知もつられて、くすりと笑う。

「私も好きですよ。ホームズの『緋色の研究』とか」

 という言葉に小川は目を上げて、

「そうか、第一作目だな。よかった」

 と蔵書の一冊を手に取った。

「ホームズが特にかっこいいのは、変装をすぐに見破るとこだよな! いつもびっくりさせられる」

 とページをめくる。

「そうだ。手。手だけはどんな奴でも変えられないから、見破るんだよな」

 と言葉を切り、パタンと本を閉じてから、部室のドアを開けた。

「じゃあ、未知くん、おれたちと今から実際に『探偵活動』だ」

 ――そう言って三人は部室を後にした。