探偵研究部。――カケラノセカイ―― ① うわさの新入生を追え!

 翌朝、小川は昇降口で靴を履き替えていた。
 いつもと少しの違和感があり、そばにいた成瀬今日子に声をかけ、頼みごとをした。

すると、何やら外から大きなどよめきが聞こえる。小川が行ってみると、見慣れない磨き抜かれた黒塗りのハイヤーが校門前に停まっていた。

「小川先輩! こっち!」

 平屋が、興奮したように指差し、小川を呼んだ。

「すんげー! ハイヤーで来たよ! この子!」

 ハイヤーから降りてきたのは、見違えるようにきりっとした未知だった。
 いつもの制服に身を包み、背筋を伸ばし、その表情はもう、昨日までの心細い少女のものではない。

「しかも、SP連れてきたよ、この子!」

 小川も呆然と呟く。
 未知の後ろには、黒いスーツを着た屈強な男が、二人立っていた。
 未知は、学校の門の近くで、ポカンとしている小川と平屋を見つけると、照れくさそうに笑った。

「恥ずかしいですけど、これなら安全を確保できるでしょう。家でそう取り決めました」

 制服姿の彼女の後ろには、黒塗りのハイヤーと、黒いスーツのSP達。それがなんだか場違いでもあり壮観でもあった。

「これが、私なりのジタバタですよ」

 と誇らしげに胸を張る。

「え、でも女子しか行けないところあるじゃん、どうすんの?」

 平屋が、素朴な疑問を口にすると、未知は、ニコリと笑って、さらに後ろに立っている女性をちらりと見た。その人は、モデルのような、すらりとした体型の女性だった。

「え、あのきれいな人もSP? すんげー!」

 小川も平屋も、大いに驚いたが、いつもどおり、いや、いつも以上に生意気な未知が、なんだかとても誇らしかった。

 玄関前の騒ぎを聞きつけて、生徒会長のマタロウがやってきた。マタロウは、ハイヤーとSPを従えた未知の姿を見ると、目を輝かせ駆け寄ってきた。

「未知くん、すばらしいじゃないか! 探偵研究部なんかじゃなく、やっぱり君は生徒会に来るべき人だ!」

 マタロウは、そう言って、未知に手を差し出した。
 小川は「また!」と言いそうになるが、その足元にハッと息を飲んだ。昇降口での直感が形になりつつあった。

 未知は、その手を静かに見つめている。
 マタロウは、次に小川に目を向けた。

「小川くん、今日の午後五時がタイムリミットだったな。さあ、噂の新入生は突き止められたかい?」

 小川は、マタロウの言葉に、うーんと唸った。
 どう答えたら良いものか、迷っていた。まさか、未知を追う外国のテロリストなんてこと、信じてもらえるだろうか? 言って、かえって学校全体が危険になったらどうする? そして、いまこの目の前の違和感をどうする?

「小川先輩!!」

 未知は、突然、大きな声で言った。

「小川先輩、変装した相手を見破るには、どうしたらいいんでしたか?」

 その言葉に、小川は確信を持った。
 それは、未知に最初に教えた、探偵研究部の極意――。

「そうだ。どんなに顔や姿勢は変えられても変えられないものが、たった一つある。それは……」

 小川は大きく声を張り上げた。

「手だ!」
「手です!」

小川と未知の声が重なった。
 すかさず、未知はマタロウの手をにぎり、ブツブツと早口でつぶやく。

「マタロウ先輩の手は、勉強家のペンだこのある手だった。家事雑事はお母さんがやってくれるから、もっと柔らかくて細かった……」

(プロファイリングしている!)

 平屋は驚いた。
 マタロウは、驚いた表情で未知を見つめた。
 未知は、心を決めたような、強い目をしていた。

「私が、あなたの手を忘れると思いましたか?」

 未知は、マタロウの手を握りしめたまま、静かに言った。

「あなたの手は、機械いじりで、あちこちやけどやひっかき傷、大きな傷も、何かでえぐられたような深い傷もありました。あなたの隣で、機械いじりをじっとみていた私は……」

未知は、マタロウの手をさらに強く握った。

「全部、覚えていましたよ」

一瞬、マタロウの眼鏡の瞳の奥に、イワンの、本物の緑色の瞳が揺らめいた気がした。

「この、マタロウ先輩の正体は、イワンです! 捕まえましたよ!」

未知がそう言った瞬間

「不審者だ! 確保しろ!」

 未知のSPたちが一斉にマタロウを取り押さえた。マタロウはなすすべなく地面に押さえつけられる。

 その時、校舎の屋上から拡声器で叫ぶ声が聞こえてきた。

「でかした! 探偵部!」

 小川たちが屋上を見上げると、そこに立っていたのは眼鏡こそないが、本物の生徒会長マタロウだった。 
 マタロウは体操服の短パンとTシャツ姿で、生徒会副会長の成瀬今日子が体に巻かれたロープの拘束を解くのを手伝っている。

「そいつが、『噂の新入生』の正体だ!」

 マタロウは、取り押さえられたニセモノを指差して叫んだ。

「よくも、俺のふりをしたな! そいつが未知くんを付け狙っていたヤツだ!」

 マタロウは、勝ち誇ったように言った。

「お縄を頂戴しろ!」

 小川は、思わず口を開けた。

「やっぱり江戸時代かよ」

 生徒たちは、教職員の指示で校舎内に駆け込み、窓からイワンと呼ばれた青年が、その後駆け付けた警察車両に連行されていくのを静かに見ていた。