翌朝、小川は昇降口で靴を履き替えていた。
いつもと少しの違和感があり、そばにいた成瀬今日子に声をかけ、頼みごとをした。
すると、何やら外から大きなどよめきが聞こえる。小川が行ってみると、見慣れない磨き抜かれた黒塗りのハイヤーが校門前に停まっていた。
「小川先輩! こっち!」
平屋が、興奮したように指差し、小川を呼んだ。
「すんげー! ハイヤーで来たよ! この子!」
ハイヤーから降りてきたのは、見違えるようにきりっとした未知だった。
いつもの制服に身を包み、背筋を伸ばし、その表情はもう、昨日までの心細い少女のものではない。
「しかも、SP連れてきたよ、この子!」
小川も呆然と呟く。
未知の後ろには、黒いスーツを着た屈強な男が、二人立っていた。
未知は、学校の門の近くで、ポカンとしている小川と平屋を見つけると、照れくさそうに笑った。
「恥ずかしいですけど、これなら安全を確保できるでしょう。家でそう取り決めました」
制服姿の彼女の後ろには、黒塗りのハイヤーと、黒いスーツのSP達。それがなんだか場違いでもあり壮観でもあった。
「これが、私なりのジタバタですよ」
と誇らしげに胸を張る。
「え、でも女子しか行けないところあるじゃん、どうすんの?」
平屋が、素朴な疑問を口にすると、未知は、ニコリと笑って、さらに後ろに立っている女性をちらりと見た。その人は、モデルのような、すらりとした体型の女性だった。
「え、あのきれいな人もSP? すんげー!」
小川も平屋も、大いに驚いたが、いつもどおり、いや、いつも以上に生意気な未知が、なんだかとても誇らしかった。
玄関前の騒ぎを聞きつけて、生徒会長のマタロウがやってきた。マタロウは、ハイヤーとSPを従えた未知の姿を見ると、目を輝かせ駆け寄ってきた。
「未知くん、すばらしいじゃないか! 探偵研究部なんかじゃなく、やっぱり君は生徒会に来るべき人だ!」
マタロウは、そう言って、未知に手を差し出した。
小川は「また!」と言いそうになるが、その足元にハッと息を飲んだ。昇降口での直感が形になりつつあった。
未知は、その手を静かに見つめている。
マタロウは、次に小川に目を向けた。
「小川くん、今日の午後五時がタイムリミットだったな。さあ、噂の新入生は突き止められたかい?」
小川は、マタロウの言葉に、うーんと唸った。
どう答えたら良いものか、迷っていた。まさか、未知を追う外国のテロリストなんてこと、信じてもらえるだろうか? 言って、かえって学校全体が危険になったらどうする? そして、いまこの目の前の違和感をどうする?
「小川先輩!!」
未知は、突然、大きな声で言った。
「小川先輩、変装した相手を見破るには、どうしたらいいんでしたか?」
その言葉に、小川は確信を持った。
それは、未知に最初に教えた、探偵研究部の極意――。
「そうだ。どんなに顔や姿勢は変えられても変えられないものが、たった一つある。それは……」
小川は大きく声を張り上げた。
「手だ!」
「手です!」
小川と未知の声が重なった。
すかさず、未知はマタロウの手をにぎり、ブツブツと早口でつぶやく。
「マタロウ先輩の手は、勉強家のペンだこのある手だった。家事雑事はお母さんがやってくれるから、もっと柔らかくて細かった……」
(プロファイリングしている!)
平屋は驚いた。
マタロウは、驚いた表情で未知を見つめた。
未知は、心を決めたような、強い目をしていた。
「私が、あなたの手を忘れると思いましたか?」
未知は、マタロウの手を握りしめたまま、静かに言った。
「あなたの手は、機械いじりで、あちこちやけどやひっかき傷、大きな傷も、何かでえぐられたような深い傷もありました。あなたの隣で、機械いじりをじっとみていた私は……」
未知は、マタロウの手をさらに強く握った。
「全部、覚えていましたよ」
一瞬、マタロウの眼鏡の瞳の奥に、イワンの、本物の緑色の瞳が揺らめいた気がした。
「この、マタロウ先輩の正体は、イワンです! 捕まえましたよ!」
未知がそう言った瞬間
「不審者だ! 確保しろ!」
未知のSPたちが一斉にマタロウを取り押さえた。マタロウはなすすべなく地面に押さえつけられる。
その時、校舎の屋上から拡声器で叫ぶ声が聞こえてきた。
「でかした! 探偵部!」
小川たちが屋上を見上げると、そこに立っていたのは眼鏡こそないが、本物の生徒会長マタロウだった。
マタロウは体操服の短パンとTシャツ姿で、生徒会副会長の成瀬今日子が体に巻かれたロープの拘束を解くのを手伝っている。
「そいつが、『噂の新入生』の正体だ!」
マタロウは、取り押さえられたニセモノを指差して叫んだ。
「よくも、俺のふりをしたな! そいつが未知くんを付け狙っていたヤツだ!」
マタロウは、勝ち誇ったように言った。
「お縄を頂戴しろ!」
小川は、思わず口を開けた。
「やっぱり江戸時代かよ」
生徒たちは、教職員の指示で校舎内に駆け込み、窓からイワンと呼ばれた青年が、その後駆け付けた警察車両に連行されていくのを静かに見ていた。
いつもと少しの違和感があり、そばにいた成瀬今日子に声をかけ、頼みごとをした。
すると、何やら外から大きなどよめきが聞こえる。小川が行ってみると、見慣れない磨き抜かれた黒塗りのハイヤーが校門前に停まっていた。
「小川先輩! こっち!」
平屋が、興奮したように指差し、小川を呼んだ。
「すんげー! ハイヤーで来たよ! この子!」
ハイヤーから降りてきたのは、見違えるようにきりっとした未知だった。
いつもの制服に身を包み、背筋を伸ばし、その表情はもう、昨日までの心細い少女のものではない。
「しかも、SP連れてきたよ、この子!」
小川も呆然と呟く。
未知の後ろには、黒いスーツを着た屈強な男が、二人立っていた。
未知は、学校の門の近くで、ポカンとしている小川と平屋を見つけると、照れくさそうに笑った。
「恥ずかしいですけど、これなら安全を確保できるでしょう。家でそう取り決めました」
制服姿の彼女の後ろには、黒塗りのハイヤーと、黒いスーツのSP達。それがなんだか場違いでもあり壮観でもあった。
「これが、私なりのジタバタですよ」
と誇らしげに胸を張る。
「え、でも女子しか行けないところあるじゃん、どうすんの?」
平屋が、素朴な疑問を口にすると、未知は、ニコリと笑って、さらに後ろに立っている女性をちらりと見た。その人は、モデルのような、すらりとした体型の女性だった。
「え、あのきれいな人もSP? すんげー!」
小川も平屋も、大いに驚いたが、いつもどおり、いや、いつも以上に生意気な未知が、なんだかとても誇らしかった。
玄関前の騒ぎを聞きつけて、生徒会長のマタロウがやってきた。マタロウは、ハイヤーとSPを従えた未知の姿を見ると、目を輝かせ駆け寄ってきた。
「未知くん、すばらしいじゃないか! 探偵研究部なんかじゃなく、やっぱり君は生徒会に来るべき人だ!」
マタロウは、そう言って、未知に手を差し出した。
小川は「また!」と言いそうになるが、その足元にハッと息を飲んだ。昇降口での直感が形になりつつあった。
未知は、その手を静かに見つめている。
マタロウは、次に小川に目を向けた。
「小川くん、今日の午後五時がタイムリミットだったな。さあ、噂の新入生は突き止められたかい?」
小川は、マタロウの言葉に、うーんと唸った。
どう答えたら良いものか、迷っていた。まさか、未知を追う外国のテロリストなんてこと、信じてもらえるだろうか? 言って、かえって学校全体が危険になったらどうする? そして、いまこの目の前の違和感をどうする?
「小川先輩!!」
未知は、突然、大きな声で言った。
「小川先輩、変装した相手を見破るには、どうしたらいいんでしたか?」
その言葉に、小川は確信を持った。
それは、未知に最初に教えた、探偵研究部の極意――。
「そうだ。どんなに顔や姿勢は変えられても変えられないものが、たった一つある。それは……」
小川は大きく声を張り上げた。
「手だ!」
「手です!」
小川と未知の声が重なった。
すかさず、未知はマタロウの手をにぎり、ブツブツと早口でつぶやく。
「マタロウ先輩の手は、勉強家のペンだこのある手だった。家事雑事はお母さんがやってくれるから、もっと柔らかくて細かった……」
(プロファイリングしている!)
平屋は驚いた。
マタロウは、驚いた表情で未知を見つめた。
未知は、心を決めたような、強い目をしていた。
「私が、あなたの手を忘れると思いましたか?」
未知は、マタロウの手を握りしめたまま、静かに言った。
「あなたの手は、機械いじりで、あちこちやけどやひっかき傷、大きな傷も、何かでえぐられたような深い傷もありました。あなたの隣で、機械いじりをじっとみていた私は……」
未知は、マタロウの手をさらに強く握った。
「全部、覚えていましたよ」
一瞬、マタロウの眼鏡の瞳の奥に、イワンの、本物の緑色の瞳が揺らめいた気がした。
「この、マタロウ先輩の正体は、イワンです! 捕まえましたよ!」
未知がそう言った瞬間
「不審者だ! 確保しろ!」
未知のSPたちが一斉にマタロウを取り押さえた。マタロウはなすすべなく地面に押さえつけられる。
その時、校舎の屋上から拡声器で叫ぶ声が聞こえてきた。
「でかした! 探偵部!」
小川たちが屋上を見上げると、そこに立っていたのは眼鏡こそないが、本物の生徒会長マタロウだった。
マタロウは体操服の短パンとTシャツ姿で、生徒会副会長の成瀬今日子が体に巻かれたロープの拘束を解くのを手伝っている。
「そいつが、『噂の新入生』の正体だ!」
マタロウは、取り押さえられたニセモノを指差して叫んだ。
「よくも、俺のふりをしたな! そいつが未知くんを付け狙っていたヤツだ!」
マタロウは、勝ち誇ったように言った。
「お縄を頂戴しろ!」
小川は、思わず口を開けた。
「やっぱり江戸時代かよ」
生徒たちは、教職員の指示で校舎内に駆け込み、窓からイワンと呼ばれた青年が、その後駆け付けた警察車両に連行されていくのを静かに見ていた。
