探偵研究部。――カケラノセカイ―― ① うわさの新入生を追え!

 学校は、その後二日間臨時休業となった。
 保護者には「危険物があるかもしれない」という、なんとも釈然としない説明が送られていた。

 自宅軟禁状態の小川は、ベッドに寝転がりながらスマホをいじりながらも、頭では未知のことでいっぱいだった。
 未知の持っていたビラを見る。

 ――彼女の残した言葉。
「やっと学校に来られることになった」と言っていた。

 このビラ、手に取って分かった。すこし違和感がある。
 昨日今日配ったビラにしては、紙自体が少し古く感じたからだ。もしかして、去年十一月の新入生説明会に来たときに配ったものかもしれない。

 ――だとすれば、だ。

 彼女は、探偵研究部に入ることを、かなり前から、とても楽しみにしていたんじゃないか?
 もちろん、あの少し生意気な彼女は、おれたちにはそんなこと言わないだろう。言わないけれども。

 そう思い立って、LINEを開いた。

『マタロウ、当然、部活動自体が休みなんだから、新入生探しも延期だよな』

 すぐに「やむをえまい」と歌舞伎の型のようなスタンプが返ってきた。

(なんだよ、江戸時代かよ。そのうち「かたじけない」とか言いそうだな)

 次に、平屋にラインを送る。

『どうしてる? おれは気になって、眠れない。何か思い出しそうなんだけど、なんだろう』

 すぐに平屋からも返信が来た。

『小川先輩、僕もです。本人に止められたから調べなかったけど、未知さんのこと調べてみました』

 そのメッセージに、小川は思わず身を乗り出した。平屋は、短く、簡潔なメッセージを送ってきた。

『学園に確かに在籍している一年C組でした。でも「未知」ではなくて。名前は、有栖川美知(ありすがわ・みち)』

「なんだよ、『未知』って本名じゃないのかよ……」

 小川は、力が抜けたようにベッドに倒れ込んだ。

「やられたな……」

 未知は、自分自身のことを、そもそも「未知(UNKNOWN)」と名乗っていたのだ。
 そして、それは本名ではなかった。

 未知は、俺たちが探していた「噂の新入生」は、男だと気づいた。
 そして、『彼』と呼んでいた。その新入生と、あの口ぶりではどうやら関わりがあるらしかった。

 なんで、どうしてだ……?
 どれも断片的で、答えがでない。

『有栖川美知さんの自宅の住所です。行ってみませんか?』

 平屋のメッセージに、小川は再び身を起こした。

  
  ******

 平屋と駅前で待ち合わせ、有栖川美知、つまり未知の自宅へ向かった。
 住所を頼りにたどり着いたその場所は、想像を遥かに超える豪邸だった。

「なんだこれ。豪邸っていうか、城じゃねえか……!」

 小川が呆然と呟く。
 平屋も、タブレットを片手に、その壮大な門構えを見上げていた。 
 門の前には警備員の詰所まであり、中に入るには身分証明、身体チェック、さらにはスマホなどの一時預かりが必要だった。

「僕のタブレットが……」

 平屋は、タブレットを手渡す時、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「なんだ、華族かなんかなのか?」

 小川が尋ねると、平屋はタブレットのない手を横に振った。

「いえ。有栖川家は、昔からここにお屋敷を構えている、由緒ある家柄です。有名ですよ。知らなかったんですか?」 

「ああ」

 と答えた。平屋は呆れたように、

「だから、わざわざ偽名を使ってたのか……!」

 と言った。

 応接室に通された小川と平屋は、用意された紅茶とクッキーに手をつけていいものかわからず、場違い感に足先をもぞもぞさせていた。

 ようやく未知が応接室に現れた。
 白いワンピース姿の彼女は、あのちょっと生意気で、自信に満ち溢れていた制服姿の未知とはまるで別人みたいに、心細げに見えた。

「未知、大丈夫か?」

 小川が声をかけると、未知は少しだけ微笑んだ。

「来てくれて、ありがとう」
「未知……さん、話をきいていいか?」

 小川が恐る恐る尋ねると、未知は小さく頷いた。

「はい……」
「君と、噂の新入生の関係について、教えてほしい。君が、話せる範囲でいいから」

 未知は、小川と平屋二人の顔を見てから、視線を下に落とし、静かに自分の過去を語り始めた。
 それは、小川と平屋にとっては、想像もできない過去だった。

「七歳の頃です。私の父は外交官で、父の赴任中、東欧の国で私は一度誘拐されました。誘拐犯のアジトに連れていかれ、殺されそうになった時、一味の中にいた少年が、『殺さないで』と私を助けてくれました。

 それがイワン。噂の新入生の正体です」

 彼女は過去を思い出すように遠い目をした。

「彼は、当時、友だちがまだいない私の遊び相手になってくれました。
 機械いじりが得意で、アジトの工房で私にオルゴールの作り方を教えてくれたんです。
 そして、私も家族も、それが誘拐だったことも気づかぬまま、すぐ無事に自宅に帰されました」

 小川と平屋には、異国での幼い未知が、同じ年ごろの少年と、機械いじりを通じて、遊んでいる情景が見えるような気がした。

「彼は時々、こっそりと私に会いに来てくれ、それからも工房でオルゴールづくりを教えてくれました。秘密の遊びをしているようで、ちょっとドキドキして、楽しかった」

 いたずらっ子のように、未知はちょっとのスリルを楽しんでいたことだろう。

「その頃住んでいた宿舎の近所に、教会がありました。そこのミサには、日曜日ごとに家族と行っていました。神父さんはとても良い人で、家族ぐるみで仲良くしてくれました」
 
 未知はそこまで言うと一度言葉を切った。

「ある日、作ったオルゴールをそこの神父さんに渡すよう、イワンに言われました」
 
 未知の声のトーンが変わったことに、小川は嫌な予感がした。

「プレゼントを渡し教会を後にした、その瞬間でした。背中に風圧と、鼓膜を破るような轟音。小さな私は吹き飛ばされ、歩道に叩きつけられました。後ろを振り向くと、もう教会からは黒い煙がのぼって、屋根が無残に吹き飛んでいた」

 平屋が、のどの奥の叫びをこらえるように、片手で口を抑えた。

「あのオルゴールは、多分、爆弾の起爆装置。赤と青と黄色のコードがわざわざ仕込まれていた……。あの科学部のびっくり箱と同じ……!」

 未知は、じっと自分の震える手を見つめてから、小川と平屋を見た。

「誘拐犯グループは、テロリストで、当時教会を狙っていました。私を泳がし、便利な手駒にするため、イワンは私を助けたのです。
 イワンは、変装の名人です。あの工房で見せてくれた素顔。
 イワンの素顔は、私しか知らない。
 だから、今でも私を追いかけていたのでしょう」

 未知は応接室から見える、楡の木の葉が生い茂る、広い芝生の庭に目を移す。

「この家は、お祖父様の家です。両親と姉は、東京で暮らしています。
 ここなら、見つからずに安全に暮らせる、と父は言ってました。
 でも、もう、見つかってしまった。今度はどこに隠れれば?」

 未知は、静かに俯いた。

「小学生の頃、日本に戻ってきてからも、外に出されず、ずっとこの家で、ひっそりと過ごしていました。
 中学生になり、もう大丈夫と父は通学を許可してくれました。
 友達を作って、部活もして、普通の日常が送れる!
 そんな気持ちで入学して、楽しみにしていたのに!」

 未知は、そこで言葉を詰まらせ、ぎゅっと唇を噛み、肩を震わせ俯いた。
 彼女の、今まで見せたことのない、弱々しい姿だった。

 未知の瞳からこらえきれず、つ……、と頬に涙がこぼれた。
 
 その瞬間、小川は、無意識に、未知の頬に手を伸ばしていた。
 
 ハッと、未知は顔を上げる。
 
 そこには、真剣な顔の小川がいた。

「なあ、お前……悔しくないのか?」

 小川は、そう言って、その頬を伝う涙を片手で拭った。

(と、とんでもない胆力だ。泣いている女の子に、そんなこと、する?)

 平屋は、そんな小川の姿に内心ビビりながらも、その言葉に耳を傾けた。

「悲しい、より、悔しいんじゃないのか?」

 そう言って小川はポケットから折りたたまれた紙を取り出した。

「このビラ」

 広げて目の前に見せると、未知は目を見開いた。

「……去年の十一月の新入生説明会の日に配ったビラだよな、これ。
 お前さあ、分かりづらいんだよ。実はうちの部活に来るの、ものすごく楽しみにしてたんだろ?」

 未知は少しだけ、顔を赤らめた。小川は、言葉を続けた。

「テニス部のこと、覚えてるか?」

 平屋は、黙って頷いた。

「あの後、田代から聞いたんだ。藤崎ななみ、翌日から楽しそうに部活に参加したんだって。今日も学校は休みだから、一緒に近所のテニスコートに練習に出かけたって、さっき、LINEもらったよ。学校に相談して、親のことも折り合いつけて、楽しそうにしてる」

(姫とラインしてんのかい! すごいな!)

 平屋は、心の中で叫んだ。
 小川は、未知の目をまっすぐに見つめ、正直な思いを伝えた。

「なあ、あの時、ひとりで抱え込むなって言っただろう。藤崎ななみだけじゃない。俺たちだってそうだ。みんなだってそうだ」

 小川は、未知の肩を掴み力強く言った。

「お前、本当はもっと気の強いやつだろ? ちょっと生意気で、驚くような推理をいっぱいして、俺たちを学校中に振り回して。柔道部で俺たちが必死こいて組手してる間も、お前だけ涼しい顔で推理して」

 平屋は内心、(それは、ほめてるのか? けなしてるのか?)と思ったが、同調するようにうなずいた。

「お前の安全には代えられないけれど、お前の楽しいとか、やりたいこととか、嬉しいとか、今の大切な時間を奪って良いもんじゃないだろう! 悔しいんじゃないか?」

 ――その小川の言葉に、未知の目に、きらりと光りが戻った。