「石拾いが勝手に加護を得て、祝石を作るなんて……前代未聞だ!」
明官が声を上げた。裏返ったような声だった。
怒鳴りつけられたわけでもないのに、七珠那の体はびくりと叩かれたように跳ねた。
「いつだ! 何の加護を得た! まさか、勝手に神に加護を願い出たのか──!」
「し、してません! 私、何も……」
明官に問い詰められて、七珠那はしどろもどろになる。
「誰かが手引きしたんじゃないだろうな!」
明官の怒りは巫女達に向かう。巫女達は、心外だと言わんばかりに首を横に振った。
「まさか!」
「雑草娘を巫女にしようなんて、奇特な人間いないわよ」
「だって──立場が違うのよ。石拾いが巫女になんて、なれるはずがない」
そして、七珠那を見下ろす。まるで汚らしく茂る草を踏みつけるような目だった。
(立場が違うなんて、わかっている。でも──)
七珠那は次第に、上手く息が出来なくなる。
浅い呼吸を繰り返しながら、七珠那はただ喘ぐように口を開閉させた。
何か言わなければいけない。
弁明も反論も──いくら必死で頭の中で考えても、言葉は形になる前に散ってしまう。
「こんなこと……上に知られたら……! それに、何の加護かもわからないなんて」
明官は取り乱していた。
いつ加護を得たのかも、何の加護なのか、祝石にどんな力が宿ったのかも何もわからない。
その状態で、祝石だけが世に出てしまった。
監督責任が問われてもおかしくない状況なのだ。
「まさか……よくない加護を、いいえ、呪いを得たんじゃないかしら」
不意に場にそぐわない軽やかな声が割って入る。
その言葉に、水を打ったような静けさが広がった。
七珠那は恐る恐る声の主を見た。晶瑚だ。
冷ややかな目で七珠那を見ていた。口元を着物の袖で隠していたが、七珠那はそこに笑みがあるように思えてならなかった。
「だって、おかしいもの。七珠那には確かに力はあるかもしれないけれど、加護を得るような人間ではないもの」
「そんな──!」
荒唐無稽な話だ。未だかつて天御玉比売の膝元で呪いが生まれたことなどないし、そんな話を聞いたこともない。
なのに。
「呪われたなんて、そんなことありません!」
「どうしてそう言い切れるの? まさか、本当に加護を得たと思っているの? 石拾いの分際で」
どうにか反論するが、すかさず晶瑚の問い返されて、七珠那は押し黙ってしまう。
呪いだという証拠はない。同様に、加護だという証拠もないのだ。
「呪い……、そうだ! 呪いに違いない!」
明官は晶瑚の理論に乗ってしまった。
七珠那が持つものを加護として自分の責任を問われるのではなく、七珠那個人が受けた呪いとして処分してしまおうと言う心づもりなのだ。
七珠那は、血の気が引いていくのを感じた。
このまま、呪いだと断じられてしまえば、自分はどうなるのだ。里を出るどころでは済まないのではないか。
「信じられない! 汚らわしい!」
言葉が投げつけられる。七珠那はそれから逃れようとじりじりと後ずさるが、逃げられる場所などなかった。
やがて七珠那は障子にぶつかり、その場に崩れ落ちた。
「身の程をわきまえないからこうなるの」
晶瑚は言う。平坦な声だった。
七珠那を責めるでもなく、呪いの恐怖におびえるでもない声が、なおさら恐ろしかった。
「巫女になりたいだなんて、図々しい願いを持つから。可哀そうに、呪われてしまったのね」
そう言って、憐れみさえする。
「ただ山で石を拾ってくるだけの、無能でも出来る役目なのに! そんな人間に神聖な加護が授けられるはずないわ」
「晶瑚の言う通り、呪いに違いないわ!」
降り注ぐ身に覚えもない非難を浴びながら、七珠那は茫然としてしまう。
「早くこの里から追い出しましょうよ! 石拾いなんて、他にいくらでも連れて来れるんだから!」
(どうして……どうして、こんなことになるの……)
十の時に身売りされ、懸命に務めてきた。
雨の日も、日照りの日も、雪の日も、道なき山に分け入り、無垢石を拾ってきた。
すべては、この里のため、巫女のため、ひいては平和な世のためだった。
(巫女になれたらって、思ってもいけないことだった……?)
もっと自分に何かできることがあればと願うことは、悪いことだっただろうか。
(見下されているのはわかってた。でも、無垢石拾いができることは認めてもらえると思ってた……)
ごくつぶしではない。
雑草娘だと呼ばれても、誰かのために何かができる。役目がある。それこそ、七珠那の喜びだった。
(その石拾いも、無能でもできる役目だって、思われていたの……?)
その瞬間、七珠那の気持ちを支えていたものが、崩れ始めた。
それは些細な矜持であり、奉仕の気持ちであり、巫女達への敬意でもあった。
「何の騒ぎだ」
たった一声。突然の男の声。
その声が、この場の空気を変えた。
「み、宮水殿」
「客間にまで響いている。それに、呪いだと? 馬鹿なことを。あれは間違いなく神の加護の力だ」
布ずれの音と共に、森と木のにおいが近づいて来る。どこかなじみがある匂いだった。
香なのだろうか。暖かく包まれるように感じる一方、雑味のない研ぎ澄まされた匂いに気持ちが惑う。
七珠那はのろのろと顔を上げた。
視線が結ばれる。男の表情は乏しいままだったが、声音には僅かに歓喜の色が差した。
「あぁ、やはりこの娘だったか。道理で、内に宿る神気の気配が同じだ」
ざわめきが広がる。七珠那は固唾をのんで、男の一挙一動を見守っていた。
七珠那が作った透明な祝石をたどってここまで来たらしい、彼。
この場で七珠那を庇い、まるで七珠那を探していたようなことを言う。
何を求めているのかわからない。ただ、彼こそが七珠那の今後を左右するのだと言うことだけはわかった。
「──明官殿。彼女をもらい受けたい」
それは予想もしない言葉だった。誰もが驚きのあまり、言葉を失っていた。
「は? 何を……」
冗談として笑い飛ばそうとした明官に、男はきっぱりと告げる。
「彼女を、我が妻として迎えたい」
明官が声を上げた。裏返ったような声だった。
怒鳴りつけられたわけでもないのに、七珠那の体はびくりと叩かれたように跳ねた。
「いつだ! 何の加護を得た! まさか、勝手に神に加護を願い出たのか──!」
「し、してません! 私、何も……」
明官に問い詰められて、七珠那はしどろもどろになる。
「誰かが手引きしたんじゃないだろうな!」
明官の怒りは巫女達に向かう。巫女達は、心外だと言わんばかりに首を横に振った。
「まさか!」
「雑草娘を巫女にしようなんて、奇特な人間いないわよ」
「だって──立場が違うのよ。石拾いが巫女になんて、なれるはずがない」
そして、七珠那を見下ろす。まるで汚らしく茂る草を踏みつけるような目だった。
(立場が違うなんて、わかっている。でも──)
七珠那は次第に、上手く息が出来なくなる。
浅い呼吸を繰り返しながら、七珠那はただ喘ぐように口を開閉させた。
何か言わなければいけない。
弁明も反論も──いくら必死で頭の中で考えても、言葉は形になる前に散ってしまう。
「こんなこと……上に知られたら……! それに、何の加護かもわからないなんて」
明官は取り乱していた。
いつ加護を得たのかも、何の加護なのか、祝石にどんな力が宿ったのかも何もわからない。
その状態で、祝石だけが世に出てしまった。
監督責任が問われてもおかしくない状況なのだ。
「まさか……よくない加護を、いいえ、呪いを得たんじゃないかしら」
不意に場にそぐわない軽やかな声が割って入る。
その言葉に、水を打ったような静けさが広がった。
七珠那は恐る恐る声の主を見た。晶瑚だ。
冷ややかな目で七珠那を見ていた。口元を着物の袖で隠していたが、七珠那はそこに笑みがあるように思えてならなかった。
「だって、おかしいもの。七珠那には確かに力はあるかもしれないけれど、加護を得るような人間ではないもの」
「そんな──!」
荒唐無稽な話だ。未だかつて天御玉比売の膝元で呪いが生まれたことなどないし、そんな話を聞いたこともない。
なのに。
「呪われたなんて、そんなことありません!」
「どうしてそう言い切れるの? まさか、本当に加護を得たと思っているの? 石拾いの分際で」
どうにか反論するが、すかさず晶瑚の問い返されて、七珠那は押し黙ってしまう。
呪いだという証拠はない。同様に、加護だという証拠もないのだ。
「呪い……、そうだ! 呪いに違いない!」
明官は晶瑚の理論に乗ってしまった。
七珠那が持つものを加護として自分の責任を問われるのではなく、七珠那個人が受けた呪いとして処分してしまおうと言う心づもりなのだ。
七珠那は、血の気が引いていくのを感じた。
このまま、呪いだと断じられてしまえば、自分はどうなるのだ。里を出るどころでは済まないのではないか。
「信じられない! 汚らわしい!」
言葉が投げつけられる。七珠那はそれから逃れようとじりじりと後ずさるが、逃げられる場所などなかった。
やがて七珠那は障子にぶつかり、その場に崩れ落ちた。
「身の程をわきまえないからこうなるの」
晶瑚は言う。平坦な声だった。
七珠那を責めるでもなく、呪いの恐怖におびえるでもない声が、なおさら恐ろしかった。
「巫女になりたいだなんて、図々しい願いを持つから。可哀そうに、呪われてしまったのね」
そう言って、憐れみさえする。
「ただ山で石を拾ってくるだけの、無能でも出来る役目なのに! そんな人間に神聖な加護が授けられるはずないわ」
「晶瑚の言う通り、呪いに違いないわ!」
降り注ぐ身に覚えもない非難を浴びながら、七珠那は茫然としてしまう。
「早くこの里から追い出しましょうよ! 石拾いなんて、他にいくらでも連れて来れるんだから!」
(どうして……どうして、こんなことになるの……)
十の時に身売りされ、懸命に務めてきた。
雨の日も、日照りの日も、雪の日も、道なき山に分け入り、無垢石を拾ってきた。
すべては、この里のため、巫女のため、ひいては平和な世のためだった。
(巫女になれたらって、思ってもいけないことだった……?)
もっと自分に何かできることがあればと願うことは、悪いことだっただろうか。
(見下されているのはわかってた。でも、無垢石拾いができることは認めてもらえると思ってた……)
ごくつぶしではない。
雑草娘だと呼ばれても、誰かのために何かができる。役目がある。それこそ、七珠那の喜びだった。
(その石拾いも、無能でもできる役目だって、思われていたの……?)
その瞬間、七珠那の気持ちを支えていたものが、崩れ始めた。
それは些細な矜持であり、奉仕の気持ちであり、巫女達への敬意でもあった。
「何の騒ぎだ」
たった一声。突然の男の声。
その声が、この場の空気を変えた。
「み、宮水殿」
「客間にまで響いている。それに、呪いだと? 馬鹿なことを。あれは間違いなく神の加護の力だ」
布ずれの音と共に、森と木のにおいが近づいて来る。どこかなじみがある匂いだった。
香なのだろうか。暖かく包まれるように感じる一方、雑味のない研ぎ澄まされた匂いに気持ちが惑う。
七珠那はのろのろと顔を上げた。
視線が結ばれる。男の表情は乏しいままだったが、声音には僅かに歓喜の色が差した。
「あぁ、やはりこの娘だったか。道理で、内に宿る神気の気配が同じだ」
ざわめきが広がる。七珠那は固唾をのんで、男の一挙一動を見守っていた。
七珠那が作った透明な祝石をたどってここまで来たらしい、彼。
この場で七珠那を庇い、まるで七珠那を探していたようなことを言う。
何を求めているのかわからない。ただ、彼こそが七珠那の今後を左右するのだと言うことだけはわかった。
「──明官殿。彼女をもらい受けたい」
それは予想もしない言葉だった。誰もが驚きのあまり、言葉を失っていた。
「は? 何を……」
冗談として笑い飛ばそうとした明官に、男はきっぱりと告げる。
「彼女を、我が妻として迎えたい」
