雑草娘の婚約~呪われたと追放寸前でしたが、元英雄に見いだされました~

「……わっ! わぁ!」

 七珠那は素っ頓狂な声を上げて、飛び上がった。
 その拍子に、手の上に置かれた無垢石──透明な祝石に姿を変えたそれが、生き物のように跳ねる。
 宙を舞う祝石を掴もうと手を伸ばすが、逃れるように七珠那の指先を滑り、弾き飛ばされ、がしゃんと音を立てて屑石の中へと紛れてしまった。

「嘘! 嘘! まって!」

 屑石は、小さすぎて形を整えることが出来ない無垢石や、形を整える過程で出来た無垢石の欠片にまとめて祈祷をしたものだ。
 形は悪く、小さいため、内に持つ加護の力は少ないが、鏃や小刀に加工し、消耗が激しい武器に使われる。

 七珠那は箱の縁に手を付き、目だけで探してみる。

 屑石は、とりどりに眩く輝いている。炎の加護を持つ赤、雷の黄色、草の翠。透き通る石に光が透けて、箱の中を七色に染めている。そんな中に透明な祝石が紛れてしまえば探すのは容易いものではない。
 七珠那は、屑石の中に手を突っ込んだ。冷たく、角ばった表面がざらりと肌を撫でる。

「どこに行ったのよ……!」

 掬い上げた両手の中には、屑石が山となっている。指の間を滑る輝きの中に、透明なものはない。

「あれは何なの……? 私、何をしちゃったの?」

 七珠那は混乱しながら、屑石を何度も掬う。

「七珠那! 七珠那はいないのか!」
「はい! ただいま参ります!」 

 明官の声だ。
 七珠那は、慌てて屑石を箱の中に落とす。探すには時間がかかるだろうが、幸い、今日すぐにこの屑石の山が動くことは無いだろう。

(用事を済ませてからにしよう。明官様の用事は、きっと晶瑚様の無垢石と、今日拾ってきた無垢石の話だろうから。きっとすぐに終わる)

 ともかく、自分が何をしでかしたのかはわからないが、あの透明な祝石がなければ、確認のしようがない。

(ひょっとしたら見つからないかも……)

 そうすれば、きっとあれは見間違いだったということだ。
 七珠那はそんな風に現実から目を逸らしつつも、後ろ髪が引かれる思いで、明官の元へ向かった。

 その後、七珠那の予想はことごとく裏切られることになった。

 明官の話は、予想の通り、晶瑚の嫁入り道具にする無垢石がどのようなものだったのかと、今日拾ってきた無垢石の話だった。
 それに加えて、橘花に無垢石を渡したのが知られて小言を言われ、かえでがやはりこれ以上無垢石拾いは難しいという、つらい話まで聞かされてしまった。

 終わった頃に夕餉の時間になっており、七珠那は巫女達の食事の準備に駆り出されることになった。
 下女に立ち混じってこういった雑務をするのも、無垢石拾いの女の役割だった。
 結局、七珠那が透明な祝石を探しに戻ってこれたのは、眠る前の時間だった。

「嘘……」

 そして、今日動くはずがないと思っていた屑石は、そこに無かった。

「あの! あそこにあった屑石は?」

 七珠那は、下男を引き留めて聞いた。

「あぁ、なんでも急ぎ量が欲しいとかいう願いがあって、日暮れ前に都へ送ったよ」

 七珠那は、茫然と何もなくなった一角に佇んだ。

(どうしよう……)

 途方に暮れても、どうしようもない話だった。
 七珠那は屑石の行く先を知らない。知ったところで、都に行ったそれを追いかけること等できるはずもない。

(でも……透明な祝石なんて、聞いたこともない。きっと、何か間違えて塵が入ったと思われるかもしれない)

 それなら、無かったことになるはずだ。

(きっと、何でもない。私は、加護をうけていないんだもの)

 よくよく考えれば、そんな気がしてきた。あの祝石は、きっと加護の力がないのだ。
 七珠那に少し神気があるから中途半端になったに違いない。祝石の形をした、からっぽの石なのだ。

(だから、きっとこれからも私は何も変わらない)

 七珠那はそう自分をなだめて、踵を返すのだった。




   
 加護の里で、祈祷を受けた祝石は都へと送られ、そこで加工される。
 都には、妖魔討伐のために鍛えられた刀や剣が届けられ、それに留められるための祝石が集まってくる。
 工房で、職人の手によって武器は祝石の加護を纏い、妖魔を討つ力を宿すのだ。
 出来上がった武器を、総じて、祝具(ほうぐ)と呼ぶ。

 日暮れ前に加護の里から運び出された屑石は、宿場町で馬を交換しながら急ぎ足で都へと届けられた。
 翌日の昼前には祝具を作る工場に運び込まれ、己が祝具へと変わるのを待つことになった。
 屑石の山の前に佇む男が一人。
 大きな掌は、質と量を確かめるように掬い上げた屑石を持ち上げ、傾け、その輝きを確認していく。

「これは……?」

 そして、男は探り当てる。
 屑石の山の中、隠れるように埋もれているのに、燦然とした光を放つ透明な祝石を。 

 新たに生まれた祝石は、それを必要とする者の元へ正しく届けられたのだった。