(あぁ……やはり)
色を失った晶瑚の顔を見た時、彼女の策略であったことを確信した。
立場が違えど、同じ目標に向かっているるつもりだった。多少の思惑や下心があったとしても。
その相手が、自分を陥れ、かえですらも巻き添えにした。
神の加護を軽んじ、その懐さえも自分の欲望のために利用しようとした。
(何かの間違いであればと思った……でも)
同じく神の膝元で暮らしたものとは思えない所業だった。
だからこそ、顔を見るまで、まだ心のどこかで晶瑚のことを信じたいという思いがあった。
(巫女の誇りすら……失ってしまったのですね)
七珠那は、しっかりと顔を上げ、晶瑚へと歩み寄る。
「私も招待されているのです。そうでなくとも、圭章様の婚約者です。ここにいることに、不思議はないと思います。晶瑚様がご存じでないはずは、ありませんよね」
人々が気圧されたように道を開ける。晶瑚を取り巻いていた右派の奥方さえもが、どこか慄いたような面持ちで、裾を引いた。
真正面から向かい合えば、いよいよ余裕を失う晶瑚の表情が見て取れる。
紅を引いた唇の片方だけが引き上げられ、笑みが不格好に崩れていた。
「不思議に思う者があれば──彼女を拐した犯人だろうな」
圭章が、ひたと晶瑚を見据える。
「彼女は、誰かの陰謀で御野山に連れ去られた。救出し、今しがた戻ったばかりだ」
思い返せば──昨日のみならず今日も嵐のような日だった。
圭章と共に御野山を下り、七珠那はかえでや衿禾と再会した。
無事である喜びを噛み締める間もなく、七珠那達は再び馬車にのり首都へとって返したのだ。
疲労困憊だったかえでを加護の里に預け、休みを取る来なく馬を走らせ、なんとか日暮れ前に首都に戻ってくることが出来た。
身なりを整え、舞踏会の最中の鳳寿館へたどり着いたのだった。
(本当に、間に合ってよかった……)
用意していた舞踏会用の衣装は、騒ぎの中で紛失してしまっていた。
七珠那にとって幸運だったのは、ある仕立て屋が見本として用意していた衣装が、布を節約するために小さめに作られており、小柄な七珠那にぴったりだったことだろう。
ほっそりとした袖や詰まった首元を飾る小粒真珠。腰から裾にかけて施された銀色の華の刺繍。目立つ飾りは少ないのに、慎ましくも燦然とした美しさを放つ衣装だった。
勿論、衣装がなくともこの場に出るつもりではあったが、場にふさわしい衣装があればそれに越したことは無い。
どうしても、晶瑚と顔をあわせず今日を終えるわけにはいかなかった。
「あら、それはそれは……。不幸な出来事でしたわね。一体誰がそんな恐ろしいことを」
晶瑚はすかさず立て直した。悠然とした笑みを扇で隠し、見舞いさえ言ってのける。
流石、女の園で長らく筆頭に立っただけのことはある。
「知らぬ存ぜぬを通すか」
「私には、関わりないことですもの」
低い声で問いただす圭章にも怯まない。
周囲で聞き耳を立てる者達から、非難めいた視線が向けられても、堂々とした態度を崩さない。
晶瑚には、逃げおおせる自信があるのだ。
(かえでが、戻ってないからね……)
七珠那には、その理由がわかった。かえでが戻らなければ、晶瑚が関わったことを立証できない。
「──妻を侮辱するおつもりですか!」
志紅が、大股で二人の間に割って入る。
胸を反らせ、顎を聳やかし、高圧的な態度で言い放つ。
「何の権利があって、妻に濡れ衣を着せるつもりだ!」
志紅は、彼の妻がしでかしたことを、わかっているのだ。
わかっていても認められない。
そのことを、喜んでしまったから、知った時には取り返しのつく頃だったのに、知らぬ振りをしたから。
罪を認めてしまえば、罰は確実に彼をも襲うのだ。
「中屋敷家の下女が、奥方の命だと証言した」
「そんなもの──下々の者の妄言でしかない。証拠になりはしない」
「証拠──なるほど。確かに。証拠はない」
圭章が、あっさりと引き下がった。
七珠那や圭章が持つ証拠は、かえでの証言だけ。それだけでは二人の罪を明らかにすることが出来ないのは事実なのだ。
中屋敷夫妻は、顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
勝ちを確信したような、嫌な笑みだった。
「だが、覚えておくと言い」
圭章は淡々と告げる。
「神々を私欲のために利用しようとして、無事で終わると思うな」
「な──!」
圭章の静かでありながら重々しい言葉に、二人が息を呑む。
「晶瑚様」
七珠那は、喘ぐように口を開閉させる晶瑚へと語り掛けた。
どれほど表情を崩していても際立つ美しい面。その向こうに衿禾の姿が見えた。
七珠那達に付き合い、夜通し駆けた彼女は、同じく洋装を纏い、この場にいる。
夫と共に並びながら、七珠那に握りこぶしを作り、振り上げて見せた。
怒りをぶつけてしまえと言っているのだとわかる。
だが、今、七珠那の胸にあるのは怒りでも憤りでもない──ただ、悲しかった。
里一番の巫女ともあろう人が。
幸せな花嫁になれるはずだった人が。
七珠那を羨む必要のない人が。
一体、どうして、道を誤ってしまったのか。
「残念です。──とても」
それ以外に、言うべき言葉がなかった。
「何を──! 七珠那のくせに……! 雑草娘の分際で!」
普段の声とはまるで違う。濁った泥水をすすったような声で、晶瑚はそう七珠那を罵る。
だが、今となっては、七珠那を傷つけるに至らなかった。
「雑草の何が悪いと言うのだ」
圭章は言う。
その言葉があるから、七珠那はもう、晶瑚の言葉に振り回されることがなかった。
「少なくとも、美しさだけしか誇るもののない花よりもずっと素晴らしい」
──その後、中屋敷家からは炎の神の加護が消えたのだと聞いた。
色を失った晶瑚の顔を見た時、彼女の策略であったことを確信した。
立場が違えど、同じ目標に向かっているるつもりだった。多少の思惑や下心があったとしても。
その相手が、自分を陥れ、かえですらも巻き添えにした。
神の加護を軽んじ、その懐さえも自分の欲望のために利用しようとした。
(何かの間違いであればと思った……でも)
同じく神の膝元で暮らしたものとは思えない所業だった。
だからこそ、顔を見るまで、まだ心のどこかで晶瑚のことを信じたいという思いがあった。
(巫女の誇りすら……失ってしまったのですね)
七珠那は、しっかりと顔を上げ、晶瑚へと歩み寄る。
「私も招待されているのです。そうでなくとも、圭章様の婚約者です。ここにいることに、不思議はないと思います。晶瑚様がご存じでないはずは、ありませんよね」
人々が気圧されたように道を開ける。晶瑚を取り巻いていた右派の奥方さえもが、どこか慄いたような面持ちで、裾を引いた。
真正面から向かい合えば、いよいよ余裕を失う晶瑚の表情が見て取れる。
紅を引いた唇の片方だけが引き上げられ、笑みが不格好に崩れていた。
「不思議に思う者があれば──彼女を拐した犯人だろうな」
圭章が、ひたと晶瑚を見据える。
「彼女は、誰かの陰謀で御野山に連れ去られた。救出し、今しがた戻ったばかりだ」
思い返せば──昨日のみならず今日も嵐のような日だった。
圭章と共に御野山を下り、七珠那はかえでや衿禾と再会した。
無事である喜びを噛み締める間もなく、七珠那達は再び馬車にのり首都へとって返したのだ。
疲労困憊だったかえでを加護の里に預け、休みを取る来なく馬を走らせ、なんとか日暮れ前に首都に戻ってくることが出来た。
身なりを整え、舞踏会の最中の鳳寿館へたどり着いたのだった。
(本当に、間に合ってよかった……)
用意していた舞踏会用の衣装は、騒ぎの中で紛失してしまっていた。
七珠那にとって幸運だったのは、ある仕立て屋が見本として用意していた衣装が、布を節約するために小さめに作られており、小柄な七珠那にぴったりだったことだろう。
ほっそりとした袖や詰まった首元を飾る小粒真珠。腰から裾にかけて施された銀色の華の刺繍。目立つ飾りは少ないのに、慎ましくも燦然とした美しさを放つ衣装だった。
勿論、衣装がなくともこの場に出るつもりではあったが、場にふさわしい衣装があればそれに越したことは無い。
どうしても、晶瑚と顔をあわせず今日を終えるわけにはいかなかった。
「あら、それはそれは……。不幸な出来事でしたわね。一体誰がそんな恐ろしいことを」
晶瑚はすかさず立て直した。悠然とした笑みを扇で隠し、見舞いさえ言ってのける。
流石、女の園で長らく筆頭に立っただけのことはある。
「知らぬ存ぜぬを通すか」
「私には、関わりないことですもの」
低い声で問いただす圭章にも怯まない。
周囲で聞き耳を立てる者達から、非難めいた視線が向けられても、堂々とした態度を崩さない。
晶瑚には、逃げおおせる自信があるのだ。
(かえでが、戻ってないからね……)
七珠那には、その理由がわかった。かえでが戻らなければ、晶瑚が関わったことを立証できない。
「──妻を侮辱するおつもりですか!」
志紅が、大股で二人の間に割って入る。
胸を反らせ、顎を聳やかし、高圧的な態度で言い放つ。
「何の権利があって、妻に濡れ衣を着せるつもりだ!」
志紅は、彼の妻がしでかしたことを、わかっているのだ。
わかっていても認められない。
そのことを、喜んでしまったから、知った時には取り返しのつく頃だったのに、知らぬ振りをしたから。
罪を認めてしまえば、罰は確実に彼をも襲うのだ。
「中屋敷家の下女が、奥方の命だと証言した」
「そんなもの──下々の者の妄言でしかない。証拠になりはしない」
「証拠──なるほど。確かに。証拠はない」
圭章が、あっさりと引き下がった。
七珠那や圭章が持つ証拠は、かえでの証言だけ。それだけでは二人の罪を明らかにすることが出来ないのは事実なのだ。
中屋敷夫妻は、顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
勝ちを確信したような、嫌な笑みだった。
「だが、覚えておくと言い」
圭章は淡々と告げる。
「神々を私欲のために利用しようとして、無事で終わると思うな」
「な──!」
圭章の静かでありながら重々しい言葉に、二人が息を呑む。
「晶瑚様」
七珠那は、喘ぐように口を開閉させる晶瑚へと語り掛けた。
どれほど表情を崩していても際立つ美しい面。その向こうに衿禾の姿が見えた。
七珠那達に付き合い、夜通し駆けた彼女は、同じく洋装を纏い、この場にいる。
夫と共に並びながら、七珠那に握りこぶしを作り、振り上げて見せた。
怒りをぶつけてしまえと言っているのだとわかる。
だが、今、七珠那の胸にあるのは怒りでも憤りでもない──ただ、悲しかった。
里一番の巫女ともあろう人が。
幸せな花嫁になれるはずだった人が。
七珠那を羨む必要のない人が。
一体、どうして、道を誤ってしまったのか。
「残念です。──とても」
それ以外に、言うべき言葉がなかった。
「何を──! 七珠那のくせに……! 雑草娘の分際で!」
普段の声とはまるで違う。濁った泥水をすすったような声で、晶瑚はそう七珠那を罵る。
だが、今となっては、七珠那を傷つけるに至らなかった。
「雑草の何が悪いと言うのだ」
圭章は言う。
その言葉があるから、七珠那はもう、晶瑚の言葉に振り回されることがなかった。
「少なくとも、美しさだけしか誇るもののない花よりもずっと素晴らしい」
──その後、中屋敷家からは炎の神の加護が消えたのだと聞いた。
