七珠那は一度、晶瑚から大きな無垢石を預かると背嚢に仕舞う。
明官へ報告し、ひとまず無垢石を加工所に収めるのだ。石拾いが集めてきた無垢石は、男衆が研ぎ、形を整える。その後、社に運ばれ、巫女達の祈祷を受けるのだ。
七珠那は、加工所へ向かう途中、厩の軒に見知った少女が蹲っているのを見つけた。
歩み寄れば、涙ぐんだ顔を上げる。濃紺の小袖に背嚢を背負った姿は、七珠那よりもずっと小さい。
「七珠那ぁ……」
「橘花。どうしたの?」
七珠那と同じ、無垢石拾いの少女だった。年は十一。今年身売りされてきたばかりの娘だ。
「どうしよう、七珠那。拾えなかった」
橘花は泣きべそをかきながら萎れた背嚢を差し出す。
「どうしたの? 御野山には入ったのよね」
「足が痛くて歩けなかったの」
七珠那は橘花の足を見た。草履にはわずかな土汚れがあるだけだ。
山に入る時は一緒だったが、中で別れた。それからすぐに歩けなくなったのだろうか。
かといって、足が腫れていたりねじれている様子はない。
「どうしよう。明官様に叱られちゃう」
「──背嚢を開けて」
七珠那は、橘花の背嚢に自分が拾ってきた無垢石を半分ほど移してやった。
「いいの!?」
橘花はぱっと顔を明るくした。べそべそと泣いていたのが嘘のようだった。
甘やかすのはよくないとはわかっているが、ついつい手を貸してしまう。
橘花は、生まれ育った村では教育らしい教育を受けていないから、年齢以上に幼く見える。
おそらく、今の自分の役目もほとんど理解できていないだろう。とりあえず山で石を拾えと言われているぐらいしか、わかっていないような節がある。
(まだまだ、これからだもの。大丈夫)
加護の里にいれば、文字や計算も教えてもらえる。これから徐々に理解していくだろう。
「ね。七珠那、橘花は七珠那が大好きよ。優しいもの」
七珠那は、現金でちゃっかりしている妹分を、微笑ましく思った。
「ね、また助けてね」
七珠那は曖昧に流して、返事をしなかった。
助けてやりたくても、十六の七珠那がいつまで無垢石拾いができるかなど、わからないというのに。
橘花が、足が痛いと泣いたのは、今日が初めてではない。
御野山は、暗く、道もない。神の導きがあるためか、石拾いの娘は御野山で帰り道を失うことは無い。
それでも、目に見えないものだけを頼りに一日中歩き回ることは、つらい作業だと知っている。
七珠那はどうも妹分を咎める気になれなかった。
それに、七珠那は小さい子が泣く姿が苦手だった。
七珠那が生まれ育った僻地の農村では、病や事故、様々な理由で親を失った子が何人かいた。
そんな子を目当てに、人買いはやってくる。
売り先は、都だったり、豪農だったりするが、七珠那の里にやってきた男は、御野山での石拾いをさせる女を探していた。
「なんだ、娘がいるじゃないか」
当時、七珠那の里で小さな女の子は七珠那を含めて三人だった。
五つの子。八つの子。十の七珠那。
七珠那以外の二人は、自分がどこかにやられるかもしれない未来におびえて、泣いていた。
「御野山は若い娘でなければならない。このうちの誰かなら引き取ってやる」
「私、行きます」
だから、七珠那が手を挙げたのだ。
年端も行かぬ親なしの娘は、軽い労働ぐらいしかできず、村の厄介者だった。
ごくつぶしの役立たずと罵られるぐらいなら、石拾いでも山歩きでもなんでもやってやるという気持ちだったのだ。
それに、妖魔を退けるために働くことができるのなら、本望だと思っていた。
七珠那の両親も、妖魔に殺されたのだから。
七珠那は橘花と別れ、今度こそ加工所へ向かったのだが、入口で再び足止めを食らうことになった。
「七珠那、晶瑚様の嫁入り用の無垢石を取ったって本当?」
藪から棒に言ったのは、かえでだった。
十四になる石拾いだ。七珠那程の数や質のものを拾えないからか、つっかかってくることがある。
「そうだけど……」
「七珠那ばっかりずるい」
どこかで聞いた言葉だと思いながらも、七珠那はかえでをなだめる。
「ねぇ、かえで。私だって、上手くいかなかった時もあるのよ。冬に遭難しかけた時もあるし」
「でも、七珠那はいつも私よりたくさん採ってくるじゃない!」
かえでは聞く耳を持たない。顔を赤くして、地団駄を踏んだ。
「きっと秘密の場所があるのね」
「そんなもの、ないわ。かえでだって知ってるでしょう?」
実際、かえでは御野山へ分け入る七珠那を後ろをつけてきたことすらあった。
無垢石は、決まった場所でとれるわけではない。
天の御心が、必要な無垢石を御野山に置いてくれるのだ。
「絶対嘘。七珠那が隠してるに違いない。絶対、見つけてやるんだから!」
かえでは、鼻息荒く言い放った。その目が、どこか泣きそうに潤んでいる。
「私はもう、時間がないのに……! この間、明官様がお役御免かもっていうのよ!」
御野山におわすとされる天御玉比売は、豊穣と子宝の神だ。
子宝に恵まれたが特に愛した末娘を失った悲しみに暮れ、御野山に閉じこもり、他の神々を拒否したと言われている。
だから、御野山は嫁入り前の若い娘しか通さない。娘が年を過ぎると徐々に無垢石を見つけられなくなる。
完全に見つけられなくなればお役御免だ。
許しのないものが御野山へ入ろうとすれば、神に怒りに触れ、帰れなくなる。
「ここを出ても行くところなんてないのに!」
かえでは、今年に入ってから明らかに無垢石を見つける数が減っていた。
「でも、無垢石拾いができなくなれば、明官様が次の勤め先を探してくれるわ。里に残ることもできるでしょう?」
「それで、巫女様達の……七珠那の世話をしろっていうの!」
かえでは金切り声で叫んだ。
「私の方が、七珠那よりも二つも若いのに、どうして私なの? 七珠那が先にやめるはずじゃない!」
これこそが、かえでの本音だろう。
七珠那は十六になるのに、未だに無垢石を見つけることができた。それが、不満なのだ。
「ずるい! 絶対、秘密の隠し場所を暴いてやるんだから!」
「かえで!」
七珠那の引き留める言葉もきかず、かえでは自分の背嚢──七珠那よりも一回り小さいそれを抱え込んで、作業場へずんずんと歩いていく。
七珠那は、その場から動けなくなった。
役目を続けることができるのはありがたいと思うけれど、自分より若い娘が去る可能性を目の当たりにすると、こんなにも後ろめたくい。
(それでも──私も、そろそろお役御免だもの。この先のことを、私も考えないと)
巫女であれば嫁入りだろう。晶瑚のように。
妖魔に対抗するためには、神気が必要だ。
その力を絶やさないために、同じ力を持つ男との縁談がまとめられることが多い。
高名な神職や妖魔に対抗する武器を作る職人は大変裕福だと聞くし、武器を手に戦う守代の妻になれば名誉を得ることができる。見目麗しければ華族への嫁入りも夢ではない。
だから、この何もない里にも若い女が将来をかけてやってくるのだ。
長く閉ざされてい国が、外へと開かれ久しい。
都では、ガス灯の橙色の光が街を照らし、馬車鉄道なるものが走り始めている。
洋風の建物が建てられ、新しい食べ物や洋装が流行っているのだと聞く。
その楽しみを捨ててまで、女たちがこの里で数年の辛抱をするのは、良い嫁入り先が保障されているからだ。
(でも、私には関係ないもの。所詮私は雑草娘だし)
みやびに花咲けと育てられた娘たちとは違う。
無垢石拾いは、神気がなくてもできるが、あるからと言って、巫女にしてもらえるわけでもない。
「七珠那も巫女になればいいのに。私が明官様に言ってあげる」
かつて、一人だけそう言ってくれた人がいた。
親切な巫女だった。昨年、都へお嫁にいったけれど、それまでずっと七珠那に嫌味を言うこともなく、優しく気遣ってくれた。
結局、明官には一笑されたが。
「七珠那に巫女は無理よ。だって、七珠那は田舎の出の石拾いでしょう? 私達はみんな巫女になるべくやって来たのよ」
叶わない希望をちらつかせる巫女よりも、本当のことを言ってくれる晶瑚の方が、ありがたかった。
けれど──何も、あこがれが無いわけではない。
(もし、私が巫女になれたら──)
そう、想像しないではいられなかった。
(もっと役に立てるかもしれない。石拾いだけじゃない。加護を与えることが出来れば、妖魔から人々を守ることができる。私のような子を、増やさずに済む)
そして、いつか役目を終えれば、その誇らしさを胸に里を去って、誰かと想い合い、支え合い、人生を過ごすのだ。
七珠那は作業場の一角、無垢石と加護を受けた石が保管されている部屋へ行くと、自分が拾ってきた無垢石を片付けていく。
晶瑚の嫁入り道具用の無垢石は別に置き、背嚢の中の無垢石を選別し、それぞれ箱に入れていく中、ふと手が止まった。
ほんの出来心だった。
七珠那は小さな無垢石を手のひらに乗せる。
祈祷の方角は、御野山の方。姿勢を正し、首を垂れて、頭よりも高く無垢石を掲げる。
目を閉じ、ゆっくりと祝詞を捧げる。
「かしこみかしこみ──」
通常、巫女達は役目を担う際、神に願い出て、加護を得る。
どの神の何の加護を得るのか、その時までわからない。
当然、この儀式をしていない七珠那に加護などあるはずがなかった。
「東の和の国の御神々よ、道を守りし御神よ」
晶瑚には炎の神の加護が、里を去ったあの巫女には雷の神の加護があった。
「無垢なる石に穢れは無く、清き息吹きをこの内に与えたまえ」
加護を得た無垢石は、姿を変える。
石は透き通り、色づき、輝き、神々の力をそのうちに宿す。
「禍を退け、永久の安らぎをもたらさんと願い奉る」
そうして出来上がった輝く美しい石を、祝石と呼ぶのだ。
「──え?」
七珠那は目を開け、しばし呆然とした。
白く淡く輝く無垢石は、透明に色を変え、強い輝きを放っていたのだった。
明官へ報告し、ひとまず無垢石を加工所に収めるのだ。石拾いが集めてきた無垢石は、男衆が研ぎ、形を整える。その後、社に運ばれ、巫女達の祈祷を受けるのだ。
七珠那は、加工所へ向かう途中、厩の軒に見知った少女が蹲っているのを見つけた。
歩み寄れば、涙ぐんだ顔を上げる。濃紺の小袖に背嚢を背負った姿は、七珠那よりもずっと小さい。
「七珠那ぁ……」
「橘花。どうしたの?」
七珠那と同じ、無垢石拾いの少女だった。年は十一。今年身売りされてきたばかりの娘だ。
「どうしよう、七珠那。拾えなかった」
橘花は泣きべそをかきながら萎れた背嚢を差し出す。
「どうしたの? 御野山には入ったのよね」
「足が痛くて歩けなかったの」
七珠那は橘花の足を見た。草履にはわずかな土汚れがあるだけだ。
山に入る時は一緒だったが、中で別れた。それからすぐに歩けなくなったのだろうか。
かといって、足が腫れていたりねじれている様子はない。
「どうしよう。明官様に叱られちゃう」
「──背嚢を開けて」
七珠那は、橘花の背嚢に自分が拾ってきた無垢石を半分ほど移してやった。
「いいの!?」
橘花はぱっと顔を明るくした。べそべそと泣いていたのが嘘のようだった。
甘やかすのはよくないとはわかっているが、ついつい手を貸してしまう。
橘花は、生まれ育った村では教育らしい教育を受けていないから、年齢以上に幼く見える。
おそらく、今の自分の役目もほとんど理解できていないだろう。とりあえず山で石を拾えと言われているぐらいしか、わかっていないような節がある。
(まだまだ、これからだもの。大丈夫)
加護の里にいれば、文字や計算も教えてもらえる。これから徐々に理解していくだろう。
「ね。七珠那、橘花は七珠那が大好きよ。優しいもの」
七珠那は、現金でちゃっかりしている妹分を、微笑ましく思った。
「ね、また助けてね」
七珠那は曖昧に流して、返事をしなかった。
助けてやりたくても、十六の七珠那がいつまで無垢石拾いができるかなど、わからないというのに。
橘花が、足が痛いと泣いたのは、今日が初めてではない。
御野山は、暗く、道もない。神の導きがあるためか、石拾いの娘は御野山で帰り道を失うことは無い。
それでも、目に見えないものだけを頼りに一日中歩き回ることは、つらい作業だと知っている。
七珠那はどうも妹分を咎める気になれなかった。
それに、七珠那は小さい子が泣く姿が苦手だった。
七珠那が生まれ育った僻地の農村では、病や事故、様々な理由で親を失った子が何人かいた。
そんな子を目当てに、人買いはやってくる。
売り先は、都だったり、豪農だったりするが、七珠那の里にやってきた男は、御野山での石拾いをさせる女を探していた。
「なんだ、娘がいるじゃないか」
当時、七珠那の里で小さな女の子は七珠那を含めて三人だった。
五つの子。八つの子。十の七珠那。
七珠那以外の二人は、自分がどこかにやられるかもしれない未来におびえて、泣いていた。
「御野山は若い娘でなければならない。このうちの誰かなら引き取ってやる」
「私、行きます」
だから、七珠那が手を挙げたのだ。
年端も行かぬ親なしの娘は、軽い労働ぐらいしかできず、村の厄介者だった。
ごくつぶしの役立たずと罵られるぐらいなら、石拾いでも山歩きでもなんでもやってやるという気持ちだったのだ。
それに、妖魔を退けるために働くことができるのなら、本望だと思っていた。
七珠那の両親も、妖魔に殺されたのだから。
七珠那は橘花と別れ、今度こそ加工所へ向かったのだが、入口で再び足止めを食らうことになった。
「七珠那、晶瑚様の嫁入り用の無垢石を取ったって本当?」
藪から棒に言ったのは、かえでだった。
十四になる石拾いだ。七珠那程の数や質のものを拾えないからか、つっかかってくることがある。
「そうだけど……」
「七珠那ばっかりずるい」
どこかで聞いた言葉だと思いながらも、七珠那はかえでをなだめる。
「ねぇ、かえで。私だって、上手くいかなかった時もあるのよ。冬に遭難しかけた時もあるし」
「でも、七珠那はいつも私よりたくさん採ってくるじゃない!」
かえでは聞く耳を持たない。顔を赤くして、地団駄を踏んだ。
「きっと秘密の場所があるのね」
「そんなもの、ないわ。かえでだって知ってるでしょう?」
実際、かえでは御野山へ分け入る七珠那を後ろをつけてきたことすらあった。
無垢石は、決まった場所でとれるわけではない。
天の御心が、必要な無垢石を御野山に置いてくれるのだ。
「絶対嘘。七珠那が隠してるに違いない。絶対、見つけてやるんだから!」
かえでは、鼻息荒く言い放った。その目が、どこか泣きそうに潤んでいる。
「私はもう、時間がないのに……! この間、明官様がお役御免かもっていうのよ!」
御野山におわすとされる天御玉比売は、豊穣と子宝の神だ。
子宝に恵まれたが特に愛した末娘を失った悲しみに暮れ、御野山に閉じこもり、他の神々を拒否したと言われている。
だから、御野山は嫁入り前の若い娘しか通さない。娘が年を過ぎると徐々に無垢石を見つけられなくなる。
完全に見つけられなくなればお役御免だ。
許しのないものが御野山へ入ろうとすれば、神に怒りに触れ、帰れなくなる。
「ここを出ても行くところなんてないのに!」
かえでは、今年に入ってから明らかに無垢石を見つける数が減っていた。
「でも、無垢石拾いができなくなれば、明官様が次の勤め先を探してくれるわ。里に残ることもできるでしょう?」
「それで、巫女様達の……七珠那の世話をしろっていうの!」
かえでは金切り声で叫んだ。
「私の方が、七珠那よりも二つも若いのに、どうして私なの? 七珠那が先にやめるはずじゃない!」
これこそが、かえでの本音だろう。
七珠那は十六になるのに、未だに無垢石を見つけることができた。それが、不満なのだ。
「ずるい! 絶対、秘密の隠し場所を暴いてやるんだから!」
「かえで!」
七珠那の引き留める言葉もきかず、かえでは自分の背嚢──七珠那よりも一回り小さいそれを抱え込んで、作業場へずんずんと歩いていく。
七珠那は、その場から動けなくなった。
役目を続けることができるのはありがたいと思うけれど、自分より若い娘が去る可能性を目の当たりにすると、こんなにも後ろめたくい。
(それでも──私も、そろそろお役御免だもの。この先のことを、私も考えないと)
巫女であれば嫁入りだろう。晶瑚のように。
妖魔に対抗するためには、神気が必要だ。
その力を絶やさないために、同じ力を持つ男との縁談がまとめられることが多い。
高名な神職や妖魔に対抗する武器を作る職人は大変裕福だと聞くし、武器を手に戦う守代の妻になれば名誉を得ることができる。見目麗しければ華族への嫁入りも夢ではない。
だから、この何もない里にも若い女が将来をかけてやってくるのだ。
長く閉ざされてい国が、外へと開かれ久しい。
都では、ガス灯の橙色の光が街を照らし、馬車鉄道なるものが走り始めている。
洋風の建物が建てられ、新しい食べ物や洋装が流行っているのだと聞く。
その楽しみを捨ててまで、女たちがこの里で数年の辛抱をするのは、良い嫁入り先が保障されているからだ。
(でも、私には関係ないもの。所詮私は雑草娘だし)
みやびに花咲けと育てられた娘たちとは違う。
無垢石拾いは、神気がなくてもできるが、あるからと言って、巫女にしてもらえるわけでもない。
「七珠那も巫女になればいいのに。私が明官様に言ってあげる」
かつて、一人だけそう言ってくれた人がいた。
親切な巫女だった。昨年、都へお嫁にいったけれど、それまでずっと七珠那に嫌味を言うこともなく、優しく気遣ってくれた。
結局、明官には一笑されたが。
「七珠那に巫女は無理よ。だって、七珠那は田舎の出の石拾いでしょう? 私達はみんな巫女になるべくやって来たのよ」
叶わない希望をちらつかせる巫女よりも、本当のことを言ってくれる晶瑚の方が、ありがたかった。
けれど──何も、あこがれが無いわけではない。
(もし、私が巫女になれたら──)
そう、想像しないではいられなかった。
(もっと役に立てるかもしれない。石拾いだけじゃない。加護を与えることが出来れば、妖魔から人々を守ることができる。私のような子を、増やさずに済む)
そして、いつか役目を終えれば、その誇らしさを胸に里を去って、誰かと想い合い、支え合い、人生を過ごすのだ。
七珠那は作業場の一角、無垢石と加護を受けた石が保管されている部屋へ行くと、自分が拾ってきた無垢石を片付けていく。
晶瑚の嫁入り道具用の無垢石は別に置き、背嚢の中の無垢石を選別し、それぞれ箱に入れていく中、ふと手が止まった。
ほんの出来心だった。
七珠那は小さな無垢石を手のひらに乗せる。
祈祷の方角は、御野山の方。姿勢を正し、首を垂れて、頭よりも高く無垢石を掲げる。
目を閉じ、ゆっくりと祝詞を捧げる。
「かしこみかしこみ──」
通常、巫女達は役目を担う際、神に願い出て、加護を得る。
どの神の何の加護を得るのか、その時までわからない。
当然、この儀式をしていない七珠那に加護などあるはずがなかった。
「東の和の国の御神々よ、道を守りし御神よ」
晶瑚には炎の神の加護が、里を去ったあの巫女には雷の神の加護があった。
「無垢なる石に穢れは無く、清き息吹きをこの内に与えたまえ」
加護を得た無垢石は、姿を変える。
石は透き通り、色づき、輝き、神々の力をそのうちに宿す。
「禍を退け、永久の安らぎをもたらさんと願い奉る」
そうして出来上がった輝く美しい石を、祝石と呼ぶのだ。
「──え?」
七珠那は目を開け、しばし呆然とした。
白く淡く輝く無垢石は、透明に色を変え、強い輝きを放っていたのだった。
