雑草娘の婚約~呪われたと追放寸前でしたが、元英雄に見いだされました~

 この世で一番可哀そうなのは、自分なんじゃないかと、かえではずっと思っていた。

「──私を責めるのですか!? お望み通り、嫁入り道具に炎の加護を宿し、最高のものを作ったではないですか」
「新しい加護を得たおかげで、左派が調子づいている。あの巫女が宮水家に嫁に行かなければ……」

 中屋敷家の廊下には、きょうも夫婦喧嘩の声が響いている。
 ここ最近、ずっとそうだった。
 呉服屋の前で七珠那と会ってから、夫婦の中はどこか刺々しくなり、とうとう毎夜のように口論するようになった。
 使用人は沢山いるのに、誰もその部屋に近寄ろうとしない。顔を見合わせ、知らんぷりをしてどこかへ行ってしまう。
 かえでは、ここ以外どこに行けばいいのかわからないから、廊下に蹲るしかなかった。
 中屋敷の若奥様──晶瑚が雇った下女だから。
 晶瑚の世話をするのが仕事だから。  

「おおかたお前が、加護の里で余計なことをしたんだろう」
「余計なことって……! 得体の知れない加護ですよ! 呪いのかもしれない。そう言っただけじゃないですか」
「その結果、あの巫女は、宮水家に入った」
「あの子は巫女じゃありません。所詮石拾い……」
「なら、お前は石拾いに負けたということになるな」
「何ですって!」

 晶瑚の声が、甲高くなる。こうなれば、泥沼だ。
 やがて本筋から離れて、お互いの性格の悪さや気に食わない態度を責めるようになる。
 どちらかが言い合いに飽いて、無理やり話を断ち切るまで続くのだ。 

(せっかく、首都でお大尽にお仕えできると思ったのに……)

 かえでは、冷たい板張りの廊下で膝を抱えた。

(ただの下女なんて。晶瑚様は私を全然大事にしてくれない。妹みたいに思ってるって言ってくれたのに)

 晶瑚がそう言うからに、加護の里を出てついてきたのに。

(この上、夫婦喧嘩なんて……。このまま夫婦仲が悪くなったら、私の立場がなくなるじゃない)

 ここは中屋敷家。
 外から来たばかりの嫁とその下女に味方をしてくれる物好きはいない。

(こんなはずじゃなかった。どうして、私は不幸なままなの)

 かえでは、首都よりも北にある雪国の出身だった。
 そこにある豪農で、父は小作人として、母は下女として働いていた。兄弟は五人いて、かえでは真ん中。主一家は吝嗇家で、雇い人の給金さえも渋るほどだった。
 生きていくのが精いっぱいの生活。楽しみもない毎日。やがて食うに困るようになり、子供が売られることになった。
 その人買いは、御野山での無垢石拾いを探していて、女の子どもを欲していた。妹は四つと二つ。かえでは十。
 買ってもらえるのは、かえでだけだった。
 連れて来られた御野山を、無垢石を探して彷徨いながら思う。夏は滝の汗を流しながら、冬は指先に息を吹きかけながら。

(どうして、こんなつらいことをしないといけないの)

 無垢石を拾っても、加護を与える巫女達がもてはやされるだけで、かえでには何の徳もない。

(つらいことをしているのに、どうして報われないの)

 おまけに、先に石拾いをしていた七珠那という娘は、かえでよりもずっと上手に多く無垢石を見つけるから、皆七珠那ばかりを褒めるし、頼る。

(出来る人がやればいいじゃない。私はできないもの) 

 かえでは、そのうち、真面目に石拾いをするのが面倒になり、手を抜くようになった。
 御野山の岩影に隠れて昼寝をしたり、木の実を探して食べたり。
 そうこうしているうちに、探しても探しても無垢石を見つけられなくなった。  

(どうして……拾えないの!) 

 無垢石を拾えなくなれば、里を出なくてはいけない。
 身売りされたかえでに行く場所はない。里に残ることはできたが、下女としてだ。
 これまで同様、巫女達に見下されながら、石拾いすらできない能無しとして扱われるのだ。

(ずるい……! 七珠那ばっかりずるい!)

 年を食えば自然とお役御免になる。だが、かえでより年長の七珠那はまだまだ無垢石を拾えている。なのに、どうしてかえでが先なのか。
 秘密の隠し場所があるに違いない、ずるをしているに違いないと思い、七珠那の跡をこっそりつけて、かえでは驚くべき光景を目にするのだった。

(七珠那が巫女になる……。そんなの駄目!)

 七珠那の手に生まれた、神々しい輝き。それを目の当たりにして、かえでの心は暗いものに飲み込まれた。

「七珠那がやったのよ! 皆のことを馬鹿にしているんだわ!」

 そう声高に叫べば、巫女達も明官も七珠那を責める。七珠那は巫女になれない。里を追い出される。
 いい気味だと思ったのに、若い男が七珠那を嫁にすると言いだした。
 あれよあれよという間に、七珠那は花嫁として加護の里を出ることになったのだった。
 あまりの出来事に茫然とするかえでに、晶瑚は優しくしてくれた。

「一緒に来ない? 首都で雇ってあげる。かえでは妹のようなものだもの。大切にしてあげる」

 晶瑚と一緒に首都に行けば、きっと上等な服を着せて、美味しいものを食べさせてくれる。
 そう望みを託してきたのに。
 かえではただの下女として扱われた。美しく着飾った晶瑚の後ろを地味な着物を着て、荷物を持って歩くのは惨めだった。
 なのに、首都で再会した七珠那は、綺麗な服を着て、素敵な婚約者が隣にいて、幸せそうだった。

(ひどい……! 私は下女なのに、どうして七珠那ばっかりいい目を見るの!)  

 自分が駄目で、七珠那が幸せになる理由がわからない。
 理由がないなら、どこかで平等になるべきだ──七珠那も不幸になるべきだ。そう思ったから、少しも悪いと思わなかった。

「ねぇ、かえで。七珠那ばかりずるいわよね」

 言い合いは、夜半に終わった。
 廊下に座り込み、うとうとしていたかえでは、いつ終わったのか知らない。
 気が付けば、廊下の灯は落ち、志紅はいなかった。晶瑚が、かがみこんでかえでを覗き込んでいた。
 ほどけた長い髪が、美しい顔に影を作る。
 下から見上げながら、かえでは暗い影に沈みながらも強い光を放つ瞳に、呼吸を忘れそうになった。

「……え?」

 かえでの口からこぼれたのは、どこか引きつったようなかすれた声だった。

「こんなの、おかしいわ。あの子が私より幸せになるなんて、間違ってるもの。私より良いものを、雑草娘が手に入れるなんて、駄目よ。絶対に駄目。許せない」 

 かえでに語り掛けているはずなのに、まるで独り言のように、ぶつぶつとつぶやく。
 晶瑚の目は、かえでを見ているはずなのに、どこか違う場所を見ているようだった。
 やっと、視線が合ったと思ったら、その目が、にっと弓なりに細められる。
 かえでは、びくりと体が跳ねるのが分かった。

「──かえでもそう思うんでしょう?」
「それは──そう、です。でも──」

 でも、も何もない。
 そう思ったから、かえではずっと七珠那の足を引っ張って来た。
 巫女にならないように声を上げて、幸せそうだから忘れるなと加護の里のことを責めた。

(なのに、どうしてこんなに怖いの……?)

 触れられているわけではないのに、かえでは喉を絞められているようにすら感じてしまう。

「ねぇ、かえで」

 晶瑚は、飛び切り優しい声で言う。
 甘やかすように、かえでの頬を撫でる。晶瑚が見せる感情の波に、かえでは完全に飲み込まれ、振り回されていた。

「七珠那は加護の里に帰るべきなのよ。山で無垢石拾いをするべきなの。そう思わない?」

(それは──ひょっとしたら、いい考えかもしれない) 

 儀式にのっとり、入山を願い出れば再び許されるかもしれない。

(もし、それが出来るのなら、皆が幸せになる)

 石拾いが得意な七珠那が加護の里に戻れば、里も首都で無垢石を待つ者も助かるだろう。
 七珠那さえいなければ、晶瑚の夫婦仲ももっと良くなるかもしれない。そうしたら、かえでももっと優しくしてもらえるはずだ。
 七珠那はもっと不幸になるべきなのだ。七珠那が不幸になれば、かえでも幸せになれる。

 何も怪我をさせようというわけでもない。あるべき姿に戻すだけ。

 かえでは、晶瑚の言う通り、男たちと一緒に馬車に乗って七珠那を迎えに来た。
 無理やりにでも、御野山へ送り返すつもりだった。
 なのに──。

 (どうして、私にまで刃物がつきつけらているの?)

 理由がわからない。
 ただ、自分がまた七珠那のためにとんでもない何かに巻き込まれていることだけはわかった。
 そして、かえでは口を開くのだった。

「七珠那のせいよ」