雑草娘の婚約~呪われたと追放寸前でしたが、元英雄に見いだされました~

「そろそろ慰労会の時期ですから。必要かと思って」
「慰労会?」

 その日、七珠那は清子が箪笥の中身から衣装を取り出しているのを見つけた。
 畳の上に広げられているのは、宮水家の家紋が入った黒紋服だった。
 祝い事でもあるのだろうかと近づいて行った七珠那に、清子はそう説明してくれる。

「妖魔討伐に力を尽くす方々を労う会、という名目で、年一度開かれるんです。妖魔討伐に関わるあらゆる方々が顔を合わせるめったにない機会です。地方の方も来られるんですよ」
「そんなものがあるんですか……」
「七珠那様もお忙しいですから、せめてこのぐらいは清子が片付けてしまおうと思ったんですけど」
「いいえ。教えていただいてよかったです。慰労会があることを知らなかったので」 

 首都に来てから、日々をこなすことで精一杯だった。
 特にこの頃は、圭章の守代復帰も重なり、慌ただしかった。
 圭章は足の怪我もあり、本部隊ではなく後方支援として戦場に戻ることになった。
 その中で、自ら七珠那の加護の検証をしている。
 怪我のある身で守代の制服に身を包み、家を出る圭章を、七珠那は気を揉みながら何度も見送った。
 それでも、刀を提げ、七珠那が加護を授けた拳銃を懐に仕舞う姿を見て、七珠那は心配ばかりしていられないと気持ちを切り替えたのだった。
 圭章が家にいる時間は少なくなり、約束していたように食事の時間に顔を合わせられないことも増えてきたけれど、七珠那に不安はなかった。
 妖魔に苦しむ人が一人でも少なくなれば。自分にできることがあるのなら。
 そう思う気持ちは、口に出す必要もない程通じ合っている。
 お互いがお互いを必要とし、お互いの言葉を大切に胸に抱いているのも知っている。
 ならば、七珠那は圭章の決断を尊重し、誇りを持って支えると心に決めたのだ。 
 また、加護の里の事情を考えると、心配は絶えない。
 七珠那は家で女主人の役割をこなしつつ、少しでも小さな石に力が宿るようにと心を込めて無垢石に祈りを捧げるのだった

「鳳寿館で行われるんです。前夜祭も行われて、華やかな集まりなんです」

 そんな日常の中に久方ぶりに現れた華やかな話題に、七珠那の気持ちは引き付けられた。 
 鳳寿館は、数年前に建設された西洋式の社交場だ。
 政府の外交官が外つ国の賓客をもてなしたり、この国の高貴な身分の方々が集まり、園遊会や舞踏会を催す場なのだそうだ。

「一昨年から、本祭で舞踏会も開かれるようになったんです。なので、前夜祭は和装、本祭は洋装とどちらも必要なんです」
「圭章様の出席されるんですよね。和装だけってことは、前夜祭だけの出席なんですか?」
「本祭は、守代の制服ですから。洋装は必要ないんです。ただ……今年は、七珠那様もいらっしゃるし、どうなさるのか……」
 清子は、七珠那を見て困ったように眉を下げた。
「舞踏会では、奥様や婚約者様がいる場合、同伴が推奨されるんです。七珠那様のお衣装が間に合わないかもしれません。舞踏会用の洋装となると、仕立てる必要がありますから」

 舞踏会、と七珠那は言葉を口の中で転がした。
 きっと夢の様に華やかで煌びやかな場所なのだろうと想像すると心が躍った。

(私、西洋式の舞踏なんて、わからないもの) 

 きっと七珠那が行けば、それこそ白百合の中に混じった雑草に見えるに違いない。

(他にすべきことが沢山あるんだから。それだけで、十分幸せ)

「いつか、圭章様とご一緒できると光栄です」 

 七珠那はそう言う。少しも名残惜しいとは思わなかった。
 その時だった。玄関の引き戸が乱暴に開かれる音がした。
 七珠那と清子は顔を見合わせた。

「七珠那!」

 玄関から、そう婚約者の名前を呼ぶのは、この家の主の物だった。
 今日も守代の詰め所に顔を出すと言っていた。帰りが遅くなると聞いていたのに。

「圭章様。おかえりなさいませ。どうされたんですか?」

 七珠那は小走りで玄関へ向かう。
 圭章は靴を脱がず、土間で建ったまま七珠那を待っていた。
 立て襟の黒い洋装。守代の制服だ。普段、家では和装ばかりだから、なかなか見慣れない。
 濡羽色の髪が汗で濡れてべっとりと額に張り付いている。煩わしそうに除ける仕草が、圭章にしては乱雑だった。あらわになった湿った額に、七珠那は思わずどきりとしてしまった。
 圭章が、息を整えきるのを待たず手を伸ばす。その手は七珠那の手を掴み、気が付けば七珠那は圭章に抱きしめられていた。

「圭章様!?」

 汗の匂い。胸から伝わる鼓動。熱い掌。七珠那はそれを全身で感じ取って、目が眩んだ。

「いい知らせを、お前に……」

 長く息を吐きだす。その胸の動きすら、つぶさに感じることが出来る。
 七珠那は圭章の腕の中で、ただ戸惑いながら言葉を聞いていた。

「お前の加護の石が、正式に運用されることが決まった」
「本当ですか!」
「あぁ、拳銃の量産の許可も下りた」 

 七珠那は圭章の腕に手を突き、ばっと体を離し、圭章を見上げた。
 変化の乏しい表情が、この上なく嬉しそうに輝いていて、七珠那は泣きそうになった。
 正体のわからない七珠那の加護のため、どれだけ心を砕き、どれほど奔走してくれていたのか、七珠那はよく知っていた。 

「でも、どの神様かは……」
「おそらく、結界の神のものではないかと」

 圭章は、会合での結論を説明してくれる。

「どの神からの加護を授かったかは巫女達の言葉と石の力で判断する。ただ、それは神の領域の話だ。肝心の巫女達の言葉がはっきりしないことは、ままあるらしい。その場合、石の力のみの判断になる。だから、今回も力のみでの判断で問題なしとなった。──真新しい加護の正体がなかなかはっきりしない前例はあるが、呪いを受けた前例はない」
「圭章様……ありがとうございます」

 七珠那は安堵の息をつきながら、圭章の胸に額を預けた。
 じわりと涙が滲む。これで、この人を煩わせるものが、七珠那の心配が一つ減ったのだ。

「いいや、礼を言うのは私の方だ」

 圭章は、七珠那の後頭部に手を添え、一層近くに引き寄せながら言う。

「お前は首都を救ってくれた。私に再び戦う術を与えてくれた」

 そんなことは無い。七珠那は必死に首を横に振る。
 七珠那が戦えるのは、立っていられるのは圭章のおかげなのだ。

「それで、今度の慰労会に前夜祭、本祭のどちらも参加することになった。上役が、噂の巫女の顔を見て、礼を言いたいと言っている」

 圭章は、一度抱擁を解いた。

(お礼、なんて……)

 呪いだと言われて、追放されそうになった過去が嘘のようだ。 
 この上のない名誉に、頭がぼんやりしてしまう。  

「それに、仙波殿が謝罪をしたいと……。彼も随分気にしているらしい」

 七珠那の脳裏に、人の好さそうな丸顔の男の狼狽した様子が浮かんだ。
 七珠那を使用人と間違えた後、狼狽して汗びっしょりになって頭を下げていた。

「お衣装、どうなさいます?」

 喜びに満ちた二人の間に、遠慮がちに、けれどひどく心配そうな声が割って入る。

「振袖も洋装も必要になりますよね。七珠那様のご用意が、今からでは……」
「慰労会は、十日後だな……」

 圭章は、呻いた。   

「この間、呉服屋に行った際、振袖を誂えておくべきだったな」 
「大奥様の振袖でしたら、いくつか残っています。大奥様も細身でしたから、裾と袖丈を直せばお召しになれるかもしれません」
 ありがたい提案だった。
「すまない。清子、頼む」
「お任せを! これこそ、私のお仕事ですから。でも、洋装が……」

 一度は得意げになったものの、清子は再び表情を曇らせた。
 洋装、それも舞踏会に出れるようなものは、仕立て屋で誂えなければならない。
 今からではどれほど急いでも間に合わないだろう。

「それに、舞踏会なら、西洋風の踊りを身につけないと。今から先生をさがすのでは……」
「問題ない」

 きっぱりと言い切る圭章に、七珠那と清子の顔が明るくなる。

(流石、圭章様。踊りも……)
「私も踊れない」
「はい?」

 なぜそれを自信満々に言うのか。七珠那の目が点になった。

「踊れないものが一人では心もとないだろうが、二人いれば大丈夫だろう」
「そう、ですか……」
「それに、実際舞踏会で踊るも者より踊らない者の方が多い」

 七珠那はほっとした。それなら、踊れないことを気にする必要はない。

「だが、七珠那。来年は、踊れたらいいと思う」
「──はい!」
 
 圭章の言葉に、七珠那は胸がいっぱいになった。
 来年があると信じているのだ。七珠那と過ごす日々が、この先も当たり前にあるのだと。   

「衣装は……どうにか考える。また夜に」  

 圭章は短く言って、そのまま玄関を出ようとする。

「圭章様!? まさか、それを言うために急いで?」
「あぁ。お前の喜ぶ顔が見たくて」

 振り向きもしない姿に、どれほど忙しい合間を縫って帰って来てくれたかがわかって胸が熱くなる。
 七珠那は圭章が去った玄関を、ずっと眺めていた。