「ずいぶん立派になったのね、七珠那。そんな風な恰好も似合うわ」
明らかに嫌味とわかる言葉だった。
七珠那が着ているものは上等な着物ではあるが、柄も少なく、質素なものだった。
一方晶瑚は、艶を纏う生成り色の地に流行り柄を施した着物だった。凝った刺繍の帯。白い絹に紅の繻子織の裏地を張った日傘までさしている。
三つ編みにした髪を頭の後ろでまとめた洒落た髪型をしていた。透かし模様の入った白い飾りが風に揺れている。
自分の魅力を理解し、最大限に引き立てる方法を、晶瑚は知っている。
同性でありながら、また、数か月前までしょっちゅう顔を合わせていたというのに、見惚れてしまう程の美しさだった。
「晶瑚様、その、かえでが、どうして──」
七珠那は、どうにか問いを口にする。
「身の程を弁えない子は嫌いよ。挨拶もできないの?」
「申し訳ございません。晶瑚様。ご無沙汰しております」
冷ややかな口調で言い放たれて、七珠那はとっさに頭を下げた。
晶瑚の草履を見ながら、果たしてこれが今の自分がとるべき正しい態度なのかと考えてしまう。
(ここは、加護の里じゃないのに。圭章様が隣にいるのに……)
だが、長年染みついた態度も考え方も、すぐに変えられない。
威厳が足りないと自覚していても、簡単に身に付くものではないのだ。
「弁えていないのはどちらだ?」
圭章が静かに口を開いた。
「かつて加護の里ではどうだったか知らない。だが、今、彼女は私の婚約者だ。守代と祝具師は、どちらが上という関係ではないはずだ」
「所詮、建前と言うものです」
さらに志紅が、圭章に反論する。
「戦うからこそ、妖魔を退けられる」
「その武器はどこから出て来るんだ。何度も言うが……」
「前線で戦えないものが、何を言おうと勝手です」
志紅が、ぴしゃりと圭章を遮る。
(これが、右派の考え方なのね。より強い力をふるう自分たちが優秀で、他は自分達の下……)
静かに白熱し始めた言い合いを、七珠那は遮るように声を上げた。
「あの、かえでが、どうしてここに?」
「ああ。行き場がないっていうから、下女として連れてきてあげたの」
晶瑚は、何でもないことのように言う。
かえでは、晶瑚の荷物を抱えたまま、じっと七珠那を見ていた。引き結んだ口元は、何かをこらえているようにも見えた。
「じゃあ、里では今、橘花が一人?」
「かもしれないわね。ひょっとしたら、もう新しい子が来ているかもしれないけど」
嫌な予感は当たっていたのだ。
(屑石しか回ってこないのって、石拾いが減ったか、新しい子がまだ上手く働けないからなのね)
圭章の頼みで何度も祈祷をしたが、無垢石はどれもこれも、以前七珠那が拾ってきたものよりも質も大きさも劣るものばかりだった。
「七珠那のせいよ」
かえでが低い声で言う。
経緯はそれぞれだが、お互い加護の里を去った。
今、かえでに責められる理由がわからず、七珠那は混乱する。
「橘花はなまけ癖もある。新しい子は、ろくに仕事ができない。あなたがいなくなったから、無垢石の数も質も下がったの。明官様は、東口を開くかもって……!」
「東口!? そんな──橘花には、まだ無理よ……!」
御野山には、西と東に入り口があり、西側に加護の里がある。
一方で、東側の入口は、御野山麓の山林の中に隠され、どこにあるの知る者は少ない。普段は閉ざされた場所だ。
無垢石拾いは里のある西側から入山するが、採れる無垢石があまりにも少ない場合、東側の入口を開放することがあると七珠那も聞いたことがある。
整備されていない場所だとしても、毎日足を踏み入れるのだから、石拾い達は西側ならある程度道が分かるようになる。
だが、東側はそうではない。
いくら御野山で迷うことがないとしても、新入りの無垢石拾いには荷が重いに違いない。
七珠那ですら、東口から入ったことは無いのだ。
「全部、七珠那のせいなんだから!」
「それは言いがかりだろう」
圭章の厳しい口調に、かえでがひるむ。
「石拾いをできる期間は短い。人は入れ替わる。当然、無垢石の数や質にむらが生まれる。それを見越して、調整するのが明官の役目のはずだ」
「でも……七珠那ばっかりずるいんだもの」
「ずるいって……!」
「だって、自分だけちゃっかりお嫁に行って!」
七珠那は呆気に取られてしまう。言いがかりのようなその言葉。
なのに、かえでは、本気で七珠那に非があるような物言いをする。
「私は十四でお役目を下ろされて、行く場所がなくって困ったのに! 首都に来ても下女なのに……! どうして七珠那だけ、いい所にお嫁に行けるの! そんなの不公平じゃない!」
どうしてこの期に及んで、七珠那をひがむのか。
呪いだと言われ、里を追放される所だった。
幸運が重なり、圭章に迎えられたが、巫女達に責めら、見捨てられる姿を見て、どうして羨ましいと思えるのか。
「本当に、七珠那は問題ばかりを起こすのね。宮水様も、この子の扱いには苦労されるでしょう」
晶瑚が、かえでの肩に手を置き、下がらせる。猫なで声で言った。
(問題なんて……! 問題ばかりなんて……!)
真面目に務めてきたつもりだった。
問題というなら、唯一知らぬ神の加護を受けたことかもしれないが、その有用性が証明されつつある今、強く責められることとも思えないのに。
悔しいと思うのに、声が出ない。今まで、巫女達に反論したことがないから、その方法がわからない。
七珠那は、ただ強く唇を噛んだ。
「とんでもない。これ以上ない妻だと思っている」
圭章が、七珠那を庇ってくれる。堂々とした声に、どうしてだろう、いたたまれないような気持ちになった。
「正体のわからないものを持っているとしても?」
晶瑚は、あの手この手で七珠那を責める。
「私、夫に聞きましたの。会合では随分、槍玉に挙げられたとか。なんとか実用にこぎつけましたけど、散々反対されて、そのたびに会合が長引いて、繰り返されて。宮水様の本業にもさわりがでたことでしょう」
七珠那はぱっと圭章を見上げた。
会合が頻繁になっていることには気づいていた。帰りが遅いとも思っていた。
普段の様子を知らない七珠那には、それがどれほど異常なことなのかが判断できなかったのだ。
「新しい加護であれば、議論が必要なのは当然のこと。何も特別なことではない」
圭章は、そっと七珠那の背に手を添えた。大丈夫、気にするなと言っているような、手つきだった。
「正体のわからぬものをありがたがる必要はない」
志紅が、七珠那を、圭章を侮るように目を細めた。
「そんなものに、縋るしかないとは……戦えぬものの悪あがきにしか思えませんよ」
言いたいことを言ったのだろう。志紅が、晶瑚の肩を抱いて呉服屋へと足を踏み出した。
「お前には、悪あがきに見えるのだとしても」
その背に、圭章が声を投げた。
「民を守るための方法があるなら、選ぶべきだ。何のための守代だ」
その言葉も、志紅に笑って流された。
「言葉が過ぎると、負け惜しみにしか聞こえませんよ。刀を持てぬからと言って、違うものに縋るのは無様です」
二人の姿が呉服屋に消えていく。店員に迎えられ、返答をするにぎやかな声が、遠くに聞こえた。
「七珠那、帰ろう」
そう促されても、七珠那はその場に立ちすくんで動けなかった。
知らなかった。そこまで圭章に負担をかけていることも、御野山の後輩がそこまでの事態になっていたことも。
役に立ちたい。支えたい。それだけではない。見合うようになりたい。
そんな風に思ってきたのに、結局足を引っ張っているだけではないか。
晶瑚と比べれば見劣りしてしまうし、七珠那の加護のせいで、圭章は本業の他に時間を取られて、十分な無垢石もが届かない。
そのことを思い知らされ、七珠那は打ちひしがれるのだった。
「私のせい……?」
ぽつりとつぶやいた言葉に、返答はなかった。
明らかに嫌味とわかる言葉だった。
七珠那が着ているものは上等な着物ではあるが、柄も少なく、質素なものだった。
一方晶瑚は、艶を纏う生成り色の地に流行り柄を施した着物だった。凝った刺繍の帯。白い絹に紅の繻子織の裏地を張った日傘までさしている。
三つ編みにした髪を頭の後ろでまとめた洒落た髪型をしていた。透かし模様の入った白い飾りが風に揺れている。
自分の魅力を理解し、最大限に引き立てる方法を、晶瑚は知っている。
同性でありながら、また、数か月前までしょっちゅう顔を合わせていたというのに、見惚れてしまう程の美しさだった。
「晶瑚様、その、かえでが、どうして──」
七珠那は、どうにか問いを口にする。
「身の程を弁えない子は嫌いよ。挨拶もできないの?」
「申し訳ございません。晶瑚様。ご無沙汰しております」
冷ややかな口調で言い放たれて、七珠那はとっさに頭を下げた。
晶瑚の草履を見ながら、果たしてこれが今の自分がとるべき正しい態度なのかと考えてしまう。
(ここは、加護の里じゃないのに。圭章様が隣にいるのに……)
だが、長年染みついた態度も考え方も、すぐに変えられない。
威厳が足りないと自覚していても、簡単に身に付くものではないのだ。
「弁えていないのはどちらだ?」
圭章が静かに口を開いた。
「かつて加護の里ではどうだったか知らない。だが、今、彼女は私の婚約者だ。守代と祝具師は、どちらが上という関係ではないはずだ」
「所詮、建前と言うものです」
さらに志紅が、圭章に反論する。
「戦うからこそ、妖魔を退けられる」
「その武器はどこから出て来るんだ。何度も言うが……」
「前線で戦えないものが、何を言おうと勝手です」
志紅が、ぴしゃりと圭章を遮る。
(これが、右派の考え方なのね。より強い力をふるう自分たちが優秀で、他は自分達の下……)
静かに白熱し始めた言い合いを、七珠那は遮るように声を上げた。
「あの、かえでが、どうしてここに?」
「ああ。行き場がないっていうから、下女として連れてきてあげたの」
晶瑚は、何でもないことのように言う。
かえでは、晶瑚の荷物を抱えたまま、じっと七珠那を見ていた。引き結んだ口元は、何かをこらえているようにも見えた。
「じゃあ、里では今、橘花が一人?」
「かもしれないわね。ひょっとしたら、もう新しい子が来ているかもしれないけど」
嫌な予感は当たっていたのだ。
(屑石しか回ってこないのって、石拾いが減ったか、新しい子がまだ上手く働けないからなのね)
圭章の頼みで何度も祈祷をしたが、無垢石はどれもこれも、以前七珠那が拾ってきたものよりも質も大きさも劣るものばかりだった。
「七珠那のせいよ」
かえでが低い声で言う。
経緯はそれぞれだが、お互い加護の里を去った。
今、かえでに責められる理由がわからず、七珠那は混乱する。
「橘花はなまけ癖もある。新しい子は、ろくに仕事ができない。あなたがいなくなったから、無垢石の数も質も下がったの。明官様は、東口を開くかもって……!」
「東口!? そんな──橘花には、まだ無理よ……!」
御野山には、西と東に入り口があり、西側に加護の里がある。
一方で、東側の入口は、御野山麓の山林の中に隠され、どこにあるの知る者は少ない。普段は閉ざされた場所だ。
無垢石拾いは里のある西側から入山するが、採れる無垢石があまりにも少ない場合、東側の入口を開放することがあると七珠那も聞いたことがある。
整備されていない場所だとしても、毎日足を踏み入れるのだから、石拾い達は西側ならある程度道が分かるようになる。
だが、東側はそうではない。
いくら御野山で迷うことがないとしても、新入りの無垢石拾いには荷が重いに違いない。
七珠那ですら、東口から入ったことは無いのだ。
「全部、七珠那のせいなんだから!」
「それは言いがかりだろう」
圭章の厳しい口調に、かえでがひるむ。
「石拾いをできる期間は短い。人は入れ替わる。当然、無垢石の数や質にむらが生まれる。それを見越して、調整するのが明官の役目のはずだ」
「でも……七珠那ばっかりずるいんだもの」
「ずるいって……!」
「だって、自分だけちゃっかりお嫁に行って!」
七珠那は呆気に取られてしまう。言いがかりのようなその言葉。
なのに、かえでは、本気で七珠那に非があるような物言いをする。
「私は十四でお役目を下ろされて、行く場所がなくって困ったのに! 首都に来ても下女なのに……! どうして七珠那だけ、いい所にお嫁に行けるの! そんなの不公平じゃない!」
どうしてこの期に及んで、七珠那をひがむのか。
呪いだと言われ、里を追放される所だった。
幸運が重なり、圭章に迎えられたが、巫女達に責めら、見捨てられる姿を見て、どうして羨ましいと思えるのか。
「本当に、七珠那は問題ばかりを起こすのね。宮水様も、この子の扱いには苦労されるでしょう」
晶瑚が、かえでの肩に手を置き、下がらせる。猫なで声で言った。
(問題なんて……! 問題ばかりなんて……!)
真面目に務めてきたつもりだった。
問題というなら、唯一知らぬ神の加護を受けたことかもしれないが、その有用性が証明されつつある今、強く責められることとも思えないのに。
悔しいと思うのに、声が出ない。今まで、巫女達に反論したことがないから、その方法がわからない。
七珠那は、ただ強く唇を噛んだ。
「とんでもない。これ以上ない妻だと思っている」
圭章が、七珠那を庇ってくれる。堂々とした声に、どうしてだろう、いたたまれないような気持ちになった。
「正体のわからないものを持っているとしても?」
晶瑚は、あの手この手で七珠那を責める。
「私、夫に聞きましたの。会合では随分、槍玉に挙げられたとか。なんとか実用にこぎつけましたけど、散々反対されて、そのたびに会合が長引いて、繰り返されて。宮水様の本業にもさわりがでたことでしょう」
七珠那はぱっと圭章を見上げた。
会合が頻繁になっていることには気づいていた。帰りが遅いとも思っていた。
普段の様子を知らない七珠那には、それがどれほど異常なことなのかが判断できなかったのだ。
「新しい加護であれば、議論が必要なのは当然のこと。何も特別なことではない」
圭章は、そっと七珠那の背に手を添えた。大丈夫、気にするなと言っているような、手つきだった。
「正体のわからぬものをありがたがる必要はない」
志紅が、七珠那を、圭章を侮るように目を細めた。
「そんなものに、縋るしかないとは……戦えぬものの悪あがきにしか思えませんよ」
言いたいことを言ったのだろう。志紅が、晶瑚の肩を抱いて呉服屋へと足を踏み出した。
「お前には、悪あがきに見えるのだとしても」
その背に、圭章が声を投げた。
「民を守るための方法があるなら、選ぶべきだ。何のための守代だ」
その言葉も、志紅に笑って流された。
「言葉が過ぎると、負け惜しみにしか聞こえませんよ。刀を持てぬからと言って、違うものに縋るのは無様です」
二人の姿が呉服屋に消えていく。店員に迎えられ、返答をするにぎやかな声が、遠くに聞こえた。
「七珠那、帰ろう」
そう促されても、七珠那はその場に立ちすくんで動けなかった。
知らなかった。そこまで圭章に負担をかけていることも、御野山の後輩がそこまでの事態になっていたことも。
役に立ちたい。支えたい。それだけではない。見合うようになりたい。
そんな風に思ってきたのに、結局足を引っ張っているだけではないか。
晶瑚と比べれば見劣りしてしまうし、七珠那の加護のせいで、圭章は本業の他に時間を取られて、十分な無垢石もが届かない。
そのことを思い知らされ、七珠那は打ちひしがれるのだった。
「私のせい……?」
ぽつりとつぶやいた言葉に、返答はなかった。
