雑草娘の婚約~呪われたと追放寸前でしたが、元英雄に見いだされました~

「宮水様の前で失礼をいたしました」

 宮水家の応接室で、夫、玖遠を伴ってやって来た衿禾はしとやかに頭を下げた。

「いいや。構わない」
「衿禾は、宮水の若奥様と知り合いだったんだね。巫女仲間だったのか?」

 夫に問われて、衿禾は頷く。

「加護の里で一緒に仕事したの。七珠那が里を出て、宮水様と婚約しているなんて夫に聞いてどれほど驚いたことか」

 衿禾は、心配そうに七珠那を覗き込む。

「ねぇ、何があったの? 新しい加護なんて……。無垢石拾いだった七珠那が巫女になれたのなら、喜ぶことなんだろうけど」

 自分が去った後、明官が七珠那を巫女にするように思えなかったのだろう。
 石拾いのまま、加護を授かるなんてことがあれば、どう扱われるかも、衿禾はわかっているのだ。
 七珠那は、かいつまんで圭章の婚約者として里を出た経緯を語った。 
 話を聞き終えると、衿禾は目を潤ませ、圭章に改めて頭を下げた。

「宮水様。七珠那をお助け下さり、ありがとうございます。七珠那、あなたが無事で、元気そうでよかった」

 嘘偽りのない気持ちに、七珠那の胸が熱くなる。自分を心配してくれる人が、ここにいたのだ。

「首都に来てどれくらいなの? もう慣れた?」 
「まだ、二月と少ししか」
「なら、まだ何もかもが真新しい頃ね。さ! お茶菓子を用意したのよ。七珠那はまだ食べたことがないんじゃないかと思って」

 明るく振る舞いながら、七珠那の苦労を労わろうとしてくれる気持ちが、ありがたかった。
 七珠那は衿禾が差し出した化粧箱を覗き込んだ。細かな正方形に区切られた場所に、濃茶の菓子らしきものが収まっている。
 四角かったり、丸かったり。とりどりの形をしているが、どれも美しく艶を纏っている。細工物のようだった。
 少し顔を近づけると甘い匂いが漂ってくる。

「これは?」
貯古齢糖(チョコレート)! 西洋のお菓子なの。食べてみて」

 促されるまま、七珠那は一つつまみ上げて口に運ぶ。
 その途端、口いっぱいに広がるもったりとした甘さに、七珠那は小さく声を上げた。

「あ、まい! でも、美味しいです! とても!」

 甘さが舌にまとわりついて、なかなか消えない。かといって、不快な甘さではない。
 初めての味に感激する七珠那は、ふと横顔に視線を感じた。

「どうしたんですか?」

 圭章が、七珠那を凝視していた。視線の強さに、驚いているのだというのが分かった。

「いや、七珠那は甘味にはさほど興味がないと思っていた。好きだったんだな」
「それは……勿論」

 圭章に、甘いものが嫌いだと言った覚えはなかった。
 むしろ、年頃の娘で、甘いものが苦手な者の方が少ないように思う。

「里では祝い事の時に水菓子や饅頭が出るぐらいだったけれど、七珠那も楽しみにしていたわよね」

 衿禾の補足に、圭章が呆れ調子で言う。

「なら、清子を連れて、パーラーにでも行けばよかったんじゃないか」
「ぱー……ら?」

 初めて聞く単語に、七珠那は首を傾げた。

「宮水様。七珠那はまだまだ知らないことが多すぎます。知らなければ、好きとも行きたいとは思わないものです」

 衿禾が助け舟を出してくれた。

「そして、それを見せてあげるのも、夫の甲斐性──いいえ、醍醐味というものではありませんか? 甘味はもちろん七珠那も喜ぶでしょうが、着物一つとっても、今以上に似合うものもありましょう。ともに探して、見つけて、妻を美しく磨くのもまた一興なのです」
「そういう、ものなのか」
「勿論。そういうものです」

 生真面目に頷く圭章とやたらと真剣な衿禾がおかしくて、七珠那は思わず吹き出してしまった。
 同じように笑ったものが、もう一人。玖遠だ。

「圭章殿。差し出がましいかもしれませんが、女心について、同じ女の言うことは聞いておいて損はないと思いますよ。僕もよく言われたものです。妻を喜ばせられない夫は甲斐性なしとまで」
「相変わらず、尻に敷かれているな」
「妻は、雷の舞の神──若雷神(わかいかずちのかみ)の加護を受けていますから。別名、恐妻家の神」

 若雷神は、舞い踊ることで戦場に雷を呼んだと言われている。
 幼馴染だった琴の女神を娶るが、年上で気の強い妻の尻に敷かれ続けたという逸話がある。

「あら、なあに? 何か言いたいことがあるの?」

 衿禾が夫を覗き込む。玖遠は降参するように両手を上げた。

「いいえ、何も。滅相もない」
(思えば、面白いものね……。神様と言っても、二つも三つも顔がある) 

 七珠那はそう思いながら、もう一つと魅惑的な甘味に手を伸ばした。 

「そうか。七珠那は十分、妻として私に尽くしてくれる。なら、夫として私もお前を喜ばせる責任があるのだな」
「え、えぇ!?」 

 かなり真面目に言われて、七珠那は驚きのあまり手を止めた。ぽろりとつまみ上げた貯古齢糖が卓の上を転がり、畳みに落ちた。
 圭章の顔をまともに見れない。七珠那は自分の頬に熱が集まっているのを感じた。
 その様子を微笑ましそうに見つめ、衿禾が言う。

「二人の仲もこの上ないようで、安心いたしました。圭章様なら七珠那を大切にしてくださるでしょう」
「あぁ、そのつもりだ」

 頷く圭章に、七珠那はますます赤面してしまう。 

「これから、彼女も大変になるでしょうから」

 一転、玖遠と衿禾が顔を見合わせ、表情を曇らせた。

「それは、加護の話でしょうか? やはり加護の神がわからないことが問題なのでしょうか?」

 心当たりは、ただそれ一つだった。七珠那の問いに、玖遠が答えた。

「それよりも、右派が荒れ始めているという話を聞いています」 
「右派……。殲滅主義という……?」
「えぇ。右派は、力でもって妖魔を制することを信条としています。基本の五行の加護を最も価値あるとみなし、その中でより力の強い加護を求めます──透明な祝石の価値や意義をわかっても、融通してくれとは言わない。むしろ邪道として、非難する。正体のわからぬ加護だと言って、使わないように求めることもある」
「でも、それでは本末転倒ではありませんか?」

 七珠那は言った。
 自分の加護の正体がわからないことは、否定できないし、知らないままでいることに心苦しいものがある。
 けれど、その力がある程度立証出来ていると聞いた。
 七珠那は自分の力が、誰かを守るものであればと心から願っているのだ。その願いを蔑ろにされた気がした。

「そうして、民間人に被害が広がるのを黙認するのは、よくないのでは?」
「それでも──妖魔に身内や友人を殺されたり傷つけられ人は、討伐を望むもの。なりふり構わなくとも。多少の犠牲が出たとしても」

 おもむろに、衿禾が口を開いた。 

「少なくとも、右派の戦いぶりは、雄々しく派手やか。左派よりも圧倒的に妖魔を倒す数は多い。その戦いぶりから一定の支持を集め
ているの。簡単に変えられないわ」 

 無関係の場所に被害が及ぼうとも、右派を持て囃す人々がいると言う。

「それに、かつて開国前の将軍時代、都を襲った火の妖魔を討伐したのは、右派の中屋敷家のご当主──志紅様のおじい様なの。炎の神の加護でもって火を制したと言われ、炎の英雄と称えられた。その姿を伝え聞いて、根強く支持する人も多いの」
 
 妻の言葉を継いで、玖遠が言う。

「ただ、以前の妖魔は、大きく力あるものが数体。右派の戦い方でも被害は知れていた。今、出現する妖魔が変わった。小さく数だけが多い妖魔に、右派の戦い方は悪戯に被害を広げるだけだと、厚かった支持が離れ始めている。かといって、右派も今更方向転換などできない」
「透明な祝石は、今首都が抱える問題の最も望ましい解決方法であるのは間違いない。妖魔が変わり、世の流れも変わる。これまでと同じが通じるはずがない」

 圭章が言った。

「自分達の考えややり方に固執して最適を選ばない──選べない右派が、その支持をさらに低下させ、彼女をその原因だとみなして、危害を加えると?」

 七珠那は思いもよらぬ事態が自分に迫っていることに気づき、指先が冷えるのを感じた。

(そんな……ただ、誰かのためにと思っていただけなのに……) 

 圭章のまとめに、玖遠がどこか自信なさげに首を横に振る。

「そこまでとは思いません。けれど、嫌がらせぐらいはしてくるのではと考えています」
「心配ない」

 圭章は堂々とした態度で、玖遠の懸念を跳ね飛ばした。

「七珠那は私の妻だから。妻を守るのも私の責任だ」

 七珠那は圭章の横顔を見上げた。七珠那の方を見た圭章が、深く頷く。
 心配ない。そういわれているようで、七珠那は不安が和らいでいくのを感じた。

「まだ、ご結婚されていないのに、気の早いこと。頼もしい夫ですわね。七珠那」 

 衿禾がころころと笑う。心配ないと感じたのは、七珠那だけではないようだった。 

「そうでありたいものだ。夫として妻を、守り、喜ばせ──……あぁ、そういえば、七珠那」

 不意に圭章が、何かに気づいたように話題を変えた。

「いつ着物を買いに行く?」
「はい?」

 なぜ突然その話題に飛ぶのかわからず、七珠那は素っ頓狂な声を上げたのだった。