タイムリープ10years

「麻衣!麻衣!!」

 明るい光が眩しくて、目を細めながらゆっくりと目を開ける。そうしたら、視界いっぱいにお母さんの顔。お母さんは今まで見たことないほど顔をぐちゃぐちゃに泣きながら、私のことを覗き込んでいた。

「あぁ、麻衣……! 良かった。本当に、良かった……っ!!」
「お、母さ、ん?」

 お母さんは顔を真っ赤にして目元は腫れて、お化粧はボロボロになっていた。

(あぁ、また泣かせてしまった。私はお母さんを泣かせてばっかりだ)

 そこで、またちょっぴり罪悪感を感じる。

(でも私、何で? ここって、病院……?)

 だんだんと思考が戻ってくる。
 そうだ。私は薬をいっぱい飲んで、それで、えっと、それで……。

(あぁ、また私、死ねなかったのね……)

 ぼんやりと、そんなことを思う。
 なぜだか私は死ねないらしい。また死に損なってしまった。運がいいのか、はたまた悪いのか、神様も意地悪だ。

(こんなにつらくて苦しいのに、生きろ、だなんて)

「麻衣、もうお願いだから、あんなことしないで」

 お母さんが私に縋り付いて泣く。
 それを見て、悪いことをしたという申し訳ない気持ちと、何でお母さんは私を苦しめるの、というお母さんを責めるような相容れない感情が心の中でせめぎ合っていた。





 あれからすぐに退院した。
 胃洗浄後、特に問題はなかったとのことで、ほぼ放り出されるような退院だった。

 今回ODをしたということで、心療内科を薦められたが、私は頑なに断った。

(どうせ、今度死ねばいいんだし)

 私は生きる気力を失くしていた。

 今の私の人生に生きる意味が見出せなかった。

 勉強も、意義がなければ何をしてもつまらないだけだった。

(何のために、私はここにいるんだろう。早く死にたい。死んじゃいたい。消えていなくなりたい)

 お母さんは私が心配だからと、ほとんど家にいる。
 どこに行くにしてもついて来ようとするので、それはそれでうざったかった。

 今までなかった悪い感情、黒い思考ばかりが頭を占める。こんなこと考えるなんて悪いことだと思いながらも、そんないい子ちゃんでいたって何もいいことなんかないとも思ってどんどんと悪い考えばかりが私の心を占めていった。

「ねぇ、麻衣」
「なに」
「悩みがあるなら言ってね?」

 濁った思考でぼんやりと考える。

(悩み)

 悩みってなんだろう。

 私が生きていること?
 そもそも何でそんなこと聞いてくるのだろう。
 聞いてどうするの? そもそも、悩みがないわけがないじゃない。お母さんなのに私のことがわからないの? 自分の娘なのに? 何で? お母さんなら知ってて当然じゃないの? わかってくれて当たり前じゃないの? 何で? 何で? 何で?

「……ょ」
「何? 何か言った?」
「あ……に、……ょ」
「え?」

 だんだんと怒りが沸々湧いてくる。
 怒りで身体が震える。
 感情が爆発するっていうのは、まさにこのことだと思った。

「あるに決まってるでしょう!? ないわけないじゃない!! 十年よ、十年!! 見た目も変わって、お父さんも友達も住む場所も全部なくなった私に、お母さんは悩みがないと思った!? 何でも素直に受け入れると思った!? あり得ないでしょう! 私は何も悪くないのに、こんなことになって!! もう嫌なの、こんな生活も、生きていくのも!!! だから、私は早く死にた……っ」

 パチンっ!

 乾いた音が響くと共に、じんわりと頬から痛みが滲む。ソッと手を自分の頬に添える。顔を上げたら、お母さんが今まで見たこともないような恐い顔をしていた。

「死にたいですって? ふざけないでちょうだい!」
「何もふざけてなんかない!! もう、私なんかいなくたっていいでしょ! お父さんだって私のことを捨てたんだよ! お母さんだってこんなお荷物な私のことなんていらないでしょ!? 私だってこんなぐちゃぐちゃな生活もう嫌だ! だからもう、これ以上生きているのはつらいの!!」
「つらいのは当たり前でしょ! 私だってつらいわよ!! 離婚して、働いて、家事して、貴女の世話をして、全部全部一人でやって! それでも何でもないように明るく振る舞わなきゃいけなくて! つらくて苦しくて、何で私だけこんなに頑張らなきゃいけないんだって全部投げ出したくなるときもある! でも、それでも、生きていたらきっと、いいことがあるんだから! 今だってつらくても大変でも麻衣がいてくれるから頑張れるの! 麻衣がいるだけで私は幸せなの! だから、ねぇ、お願いだから、死にたいなんて言わないでよ……。お母さんは麻衣がいなくなったら嫌なの。麻衣が何よりも大事なの! だから、お願いだから、死にたいなんて言わないでよ……麻衣がいなくなったら……っう、うぅ、ぅ……」

 泣き崩れる母を見下ろすと、ぼたぼたと勝手に涙が溢れてくる。

(あぁ、私はバカだ)

 勝手に大人になったつもりになって、勝手に一人で悩みを抱え込んで、みんな私よりも不幸ではないのだと決めつけていた。

(そうじゃなかった)

 お母さんも苦しかったのだと今更気づいた。
 私がずっと入院してて、お父さんとも離婚して、たった一人で再婚もせずに、ただただ私が起きるのを信じて待っているなんて、当たり前だけど相当つらかったことだと今になって気づく。

(私ばっかりつらくて苦しいと思ってたけど、そうじゃなかった)

 人の心は見えない。元気なように見えたお母さんだって、ただの人だったのだとそこで改めて実感した。

「うぅぅ、うわぁぁぁぁぁん!! ごめんなさい……お母さん、ごめんなさい……!」

 私はそこで今までにないくらい大きな声で泣いた。
 それをお母さんはギュウウウウとキツくて苦しいくらい抱き締めながら、背中をさすってくれる。
 そして私達は涙が枯れるまで、泣きながらお互いをギュッと強く抱きしめ合うのだった。