花妻さまの香草茶館~鬼に娶られた鬼狩りの娘は愛を知って花笑む~

「ひっ……!?」
「簡単だが消毒をしてやる。ついでに怪我の回復もな。ただこれはあくまでお前が生まれ持つ傷の再生能力を向上させるだけだから、家に帰ったら医者か使用人に頼んで手当てしてもらえ。傷痕が残ったら嫌だろう、お前も」

 この鬼は心底桃花の身を案じてくれている。それは男の傍らに立つ海石榴も同じで、今にも泣きそうな顔で桃花をじっと見つめていたかと思うと、治療をするように桃花を諭す男の言葉に何度も頷く。二人があまりにも真剣な顔をしているので、桃花は何も言えなくなってしまう。
 ――その代わりに、桃花の中でこれまで教えられてきた鬼に対する認識が崩れ落ちていく音を聞いたのだった。
 
「……って、どうした? 急に泣き出したりして……痛かったか?」
「えっ……」

 その言葉で弾かれたように顔を上げた桃花は自分の視界が歪んでいるのに気付く。これが桃花の目がおかしくなったのではなく、両目から溢れる涙で視界が歪曲していると理解するのに数秒を費やすと、慌てて反対の手の甲で目を拭う。心配そうな二人に「大丈夫です」と答えたのだった。

「怪我なんて日常茶飯事なのに、ここまで気にしてもらったのが嬉しかっただけです。あの、ありがとう、ございます……」

 久しく笑っていなかったからか、人を安心させる笑みというのが作れなかった。男や海石榴を真似して口角を緩めてみたものの、「不細工」と呼ばれている顔がますます不細工になっただけのような気がした。男も訝しむように片眉を上げたので、やっぱり変な顔をしているに違いない。
 
「そ、そうか。狩谷家のことなら鬼に限らずどのあやかしも知っている。政府からの信頼も厚い一族だと。さぞかし豪華な暮らしを送っていると思っていたが、お前を見る限りそうでもないんだな。手はあかぎれて、みずぼらしい恰好までして……。髪を留める簪も欠けているじゃないか。これは桃の花か?」

 男の手が桃花の後頭部で髪をまとめる欠けた桃の簪に触れたので、反射的に手を払ってしまう。しまったと思ったのも束の間、桃花は男から離れると距離を取ったのだった。

「すみません。これは母の形見なので触らないでください……」

 桃花が酷く怯えているように見えたのか、男は赤錆色の髪を掻きながら「悪かった」と謝罪する。

「今日はもう帰れ。だが妖刀は近い内に貰い受ける。お前と共に」

 男は海石榴に「またな」と声を掛けると、一陣の風と共に闇夜の中に消えてしまう。後には桃花と海石榴、そして妖刀だけが残されるが、その海石榴も桃花に向かって微笑むと霞のように消えたのだった。

「た、助かったの……?」

 しばらく呆然としてその場に座り込んでいた桃花だったが、やがて我に返ると地面に落ちたままの妖刀を拾い上げて欠けていないことを確かめる。鞘に戻して安堵したのもほんの一瞬、この後に待ち受けていることを想像して恐怖で身が縮んでしまう。

(で、でも。封印に失敗しちゃった。どうしよう……。父様になんて報告したらいいんだろう……)
 
 でも帰らないわけにはいかない。桃花にはあの家しか居場所がないのだから。逃げ出したい気持ちを堪えると、桃花は覚束ない足取りで狩谷家の屋敷に戻ったのだった。

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