花妻さまの香草茶館~鬼に娶られた鬼狩りの娘は愛を知って花笑む~

「こんな馬鹿な真似は止めろ。命が惜しくないのか?」
「あ、ありませんっ! だってどの道、死ぬ以外に選択肢はないのだからっ! だったら、ここで貴方を斬って妖刀の生贄になった方が父様だって喜びます!」
「その父親に利用をされているというのに何故慕おうとする? 妖刀の生贄にして、お前を殺そうとしているんだぞ!? そもそも鬼の封印なんて並みの退魔師や陰陽師でも出来ない至難の業だ。はなからお前の魂を吸収して力が増幅した妖刀の回収だけが目的だろう!!」
「でも八百年前の貴方は封印されました。それなら私だって……!」
「あの時は家族を人質に取られて油断したからな! 今の俺には手加減をする理由はない。ここでお前を殺して、灰になるまで地獄の業火で燃やし尽くすことだってできる」

 刀身を掴んだ掌から血が流れだしてもなお、男は顔色一つ変えなかった。それどころか冬の空気のような険を帯びた眼差しに委縮してしまいそうになる。
 脅しでもなんでもなく全て本当のことなのだろう。妖刀のことだけではなく、桃花一人を狂焔で灰にすることも――。
 そんなことを考えていると、男は空いている手で桃花の首を捻り上げる。桃花は「ぐっ……!」とくぐもった声を漏らすが、やがて気道を圧迫されて息が苦しくなる。身体から力が抜けると、男は桃花の手から妖刀を奪って地面に放り投げたのだった。

「これでもまだ死んだ方がいいと言うつもりか……?」
「ぅ……ぐうぅ……ぅ……」
「もう一度言おう。お前に俺は封印できない。このまま俺に殺されて妖刀を奪われるか、大人しく妖刀を置いて逃げ帰るかのどちらかしかない。本当は殺したくなかったが仕方ない……」

 桃花の首を捻り上げる男の手に力が込められる。両手で男の手首を掴んで抵抗するが、体格の良い男はびくともしなかった。
 もう駄目だと桃花の視界が明滅し始めた時、どこからともなく現れた幽霊のように半透明な少女が男の腕にぶら下がったのだった。
 
海石榴(つばき)……」

 男は圧倒されたように呟くと、急に首元を掴んでいた力を緩める。解放された桃花は咳き込みながらその場にへたり込むが、そんな桃花を庇うように桃花よりずっと年下と思しき少女は男の前で両腕を広げると、身長差のある男をじっと睨みつけたのだった。

(あの子は……!)

 桃花の頭の中で在りし日の思い出が蘇る。まだ少女だった桃花の心を救ってくれた存在。もう二度と会えないと思っていた大切な友達――。

「しきちゃん……」
 
 その呟きに少女は振り返ると、柔和な笑みを浮かべる。質の良さそうな白椿柄の黒地の小紋と白地に赤椿の帯、そして背中に流したよく梳かれた長い黒髪からいかにも育ちの良さそうな華族のお嬢様といった雰囲気を纏っていたが、頭からは一本の黒い角を生やしていた。二度と会えないと思っていた霊体も同然の少女の身体ごしには男の憤る姿が見えたのだった。

「海石榴、どうして止めるんだ!? そいつはお前を攫って、妖刀なんかにした一族の末裔だ。こいつの一族を根絶やしにしなければ気が済まない。俺たち兄妹を苦しめた罪は償ってもらわないと!」

 男がどんなに息巻こうが、それでも海石榴と呼ばれた少女は嫌というように泣きそうな顔で何度も左右に首を振る。もう争ってほしくないと、これ以上諍わないでと、私たちに伝えようとするかのように。
 やがて怒りが冷めたのか、男は徐々に顔を曇らせると脱力したように息を吐く。

「お前が止めろというのならそうする。だが家族を奪われたこの怒りは、妹を妖刀にされたこの悲しみは、どこにぶつけたらいい……。俺はどうすればいい……」

 悲痛な声と共に男は片手で顔を覆う。恐らく、この男は妹と別れる原因を作った狩谷一族に長らく憎悪を募らせていたのだろう。封印されている間もずっと……。
 悲しみに打ちひしがれる男にかける言葉もなく、ただその姿を眺めていた桃花に対して、海石榴は何か閃いたのか男に近づいて行く。

「つっ、海石榴……ちゃん?」
 
 桃花が止める間もなく、海石榴は男に話しかけるように肩を叩いて注意を引くと、次いで桃花の元に駆け寄る。そうして男に見せつけるように、桃花に抱きついてきたのだった。