花妻さまの香草茶館~鬼に娶られた鬼狩りの娘は愛を知って花笑む~

「何をやっているのかしら?」
「変な臭いって思っていたけど、なんだか心が落ち着くわ」
「石鹸なんてどれも一緒だろう。ただあの嬢ちゃんの石鹸は泡立ちが違うな……」
「かあちゃん、見えないよ!」
「静かにしなさい! 今良いところなんだからね!」

 そんな老若男女の話し声が耳に入ってきたことで、ようやく自分が注目を受けていることに気付いて膝がガチガチに震え出す。
 次の言葉を発しようにも口が乾いて、上手く言葉を乗せられない。そうしている間にも見物客は増加して、桃花の注目もより増していった。
 頭の中が真っ白になって、早くこの時間が去らないかと思い始めた時、視界の隅で桃花の腰に抱きつく少女の姿を捉える。
 桃花の大切な友人である海石榴であった。

(海石榴ちゃん……)

 桃花を勇気づけるように身を寄せる海石榴に気持ちを奮い立たせると、最後の仕上げとして竹筒の水を自分の手にかけたのだった。

「石鹸で洗うと、こんなに綺麗になりました……。どうですか? 泡立ちや香りの良い石鹸が一五銭。値切りも出来ます。そしてもっと石鹼が欲しいと思った人は、ぜひ『香草茶館・椿桃』に足を運んでください。石鹸にも使っている香草を使った美味しいお茶が飲めますよ」

 集まった観客に向けて石鹸で洗った手を見せていた桃花だったが、その瞬間に先程まで騒いでいた人だかりが水を打ったように静まり返ってしまったので、全身から冷や汗が流れ出す。観客たちが興味を持っていたのは石鹼ではなかったのだろうか。それとも香草茶館の宣伝を混ぜ込んだのがおかしかったのか。
 頭の中で嫌な想像を繰り返していると、どこからかか細い拍手が聞こえてくる。音の出所を探すと、両手を叩いて桃花を賞賛してくれたのは最初に声を掛けてくれた老婆であった。

「面白いものを見せてもらったわ。香草だったかしら。薬草なら昔から柿の葉やクマザサ、紫蘇があるけど、あれとは違うの?」
「今紹介した石鹸に使われている薫衣草はこの国の外……異国から伝わった植物なんです。海を渡った先にある諸外国では『自然の薬』として昔から利用されています。そこでは飲食以外にも身体に塗ったり、部屋に飾ったり、香のように焚きしめると疲れが取れて、心が安定したりするそうです」
「言われてみれば、その石鹸の匂いを嗅いでから、少しだけ身体が役になった気がするかも。そう思えば、悪くない香りかもしれない」
「本当ね。朝から働き詰めで疲れていたけど、まだまだ頑張れる気がしてきたわ」

 桃花の説明に同意するような言葉が広がっていく。すると、先程の老婆が銭貨を掌に載せて差し出してきたのだった。

「二ついただけるかしら。一つは自分用に、もう一つは贈答用に欲しいのよ」
「あっ、ありがとうございます!」

 老婆の購入する声が呼び水となったのか、女を中心に購入を希望する声が増える。桃花は傍らの海石榴と顔を見合わせると、後を絶たない買い込みの声に対応したのだった。

 ◆◆◆