花妻さまの香草茶館~鬼に娶られた鬼狩りの娘は愛を知って花笑む~

「あっ、貴方は! どうしてこの妖刀を狙っているんですかっ!? これは狩谷(かりや)家に代々伝わる家宝で……」
「その妖刀は八百年近く前に俺たち鬼の一族から、鬼狩りの一族と称するお前たちが奪ったものだ。俺の家族と共に」
「よく分かりませんが、この妖刀で貴方を斬って、もう一度そこの松の大木に封印します。そのために貴方が住む松に向かって石を投げて、姿を現すのを待っていたのだからっ!」
「あんなへっぴり腰な投石で俺が出てくるなんて思われていたとは片腹が痛いな。それからその情報源はどこからだ。俺が松に住んでいるなんて。完全に封印が解けて、とっくに鬼の領地に帰っている」
「で、でも。貴方の身体はまだ松の大木の下に眠っているって、父様が……」
「騙されている。その様子だと、その刀が妖刀と呼ばれる所以さえ聞かされていなさそうだな。お前が腰に帯びているその刀が、所有者の魂を糧に鬼斬りの力を増幅させる代物だというのも」
「所有者の魂を糧に……?」
 
 男の言葉で反射的に腰の妖刀に目を向ける。見た目は普通の打刀ではあるが、自宅に飾られていた時からどこか禍々しい力が漏れていたことは否めない。家族の誰も気付いていなかったようだが……。

「鬼を狩る特別な力を宿しているから妖刀と呼ばれている。と、代々伝え聞いています。鬼の力を絶つのに必要な、善良な鬼から貰った特別な力が宿っているとも」
「半分は正解だが、実際は違う。善良な鬼から貰ったんじゃなくて奪取したんだ。呪術によって、その鬼の身体と魂を無理矢理切り離してな。身体は千斬られてあやかしから人間を守る楔として各地に埋められ、魂はその鬼を殺した一族の手で鬼が持っていた刀に移された。俺を封印して、家族の魂を刀に捧げた、あの憎き狩谷一族の手によって……!」

 どういうことだろうと、桃花は混乱する。子供の頃からずっと聞かされてきた話とまるで違う。
 悪は鬼で、その悪を退治した狩谷家が正義じゃないのか。その証が狩谷家に代々伝わる妖刀と、国から与えられた「鬼狩り一族」という称号じゃないのか。

「鬼の魂を宿した刀は所有者の魂を喰らう妖刀へと変わった。その鬼の名前にちなんで、妖刀『落椿(おちつばき)』と名付けられて……」
「し、知りませんっ! そんなのデタラメです!」
「出鱈目かどうか妖刀を見ればいい。お前も感じているだろう。こうして話している間もずっとその妖刀からは負の力が発せられている。これから生贄となるお前を屠ろうと妖刀が待ち構えているのだ……」

 足元がぐらつくような不安定な感覚。今まで信じていた物が瓦解していく。嘘だ、認めたくない、と自分の内側から悲痛な叫び声が聞こえてくる。
 初めて父から与えられた任務が、妖刀の生贄なんて思いたくないと――。

「悪いことは言わない。その妖刀をこっちに渡してお前は親兄弟の元に帰れ。鬼は再起不能な重傷を負って逃げ帰ったと言えばいい。その辺でくたばっているかもしれないと……」
「出来ません。だって鬼の封印に失敗したなんて父様に報告したら、私、私……今度こそ母様のようになるかもしれない……」
「何だって?」

 桃花の呟きに男は訝しむように眉を顰める。身体から血の気が引いて、頭の中が真っ白になる。
 今まで信じていたものを否定されて、後に残されたのが絶望だけだと知った時、人はどうするべきなのだろう。桃花の身体が身震いする。

(もう、どうとでもなれ!)

 自棄を起こした桃花は腰から妖刀を抜くと、男に振りかぶる。「おいっ!」と制止する声が聞こえてくるが、目を瞑ってしまえば何も分からない。
 妖刀の生贄になるにしても、鬼の言う通りに逃げ帰るにしても、その先に待ち受けているのは桃花の死のみ。他の選択肢が無い以上、少しでも家族にとって益のある道を選ぶしかない。
 鬼を倒して、妖刀の生贄になる道を――。
 頭上に掲げた妖刀を力任せに振り下ろした桃花だったが、あっさりと男に刀身を掴まれて阻止されてしまう。