「私のことはどう言おうと構いませんが、『逢魔の角なし』ってどういうことですか? 角が無い鬼は駄目なんですか?」
「貴女は何も知らないのね。鬼にとっての角は鬼そのもので、存在意義でもあるのよ。角がない鬼なんて、鬼もどきじゃない」
「でも香雪は妖力を持っています。角が無くても鬼としての妖力を持っている以上、皆さんと同じ鬼で間違いありません。今は身につけていませんが、つけ角だってしていましたし……」
「あんな角! 先代鬼神様の形見じゃない。瀕死の重傷を負われた頭目様の命と引き換えに、自らの命を捧げたと言われているあの先代鬼神様の!」
「その頭目様が怪我を負ったのも、『逢魔の角なし』が鬼狩りに誘拐された家族を救おうとしたのが原因なんでしょう。角が生えていない無い半端者の分際で図々しいこと。封印されて良い気味だったのに」
「封印が解けたからって、こんな怪しげな草花を売り歩かないで、身の程を弁えて蟄居していればいいのに。変な臭いに鼻が曲がりそうだわ。おまけに芋みたいな娘からも臭って」
愉快そうに笑い合いながら去っていく女鬼たちに桃花は言葉を無くす。
鈴振が命に関わる怪我を負ったことがあるのも、香雪たちの母親が鈴振を救うために自らの命を捧げたことも。
その全ての原因が狩谷家に攫われた海石榴を助け出そうとした――『角なし』の香雪にあることも。
(違う。香雪は悪くない。悪いのは海石榴ちゃんを妖刀の生贄に捧げようとした私たち……狩谷家)
狩谷家が奪ったのは海石榴だけじゃ無かった。
三つ子の母親と彼ら逢魔家の平穏な日々、そして『逢魔の角なし』として後ろ指をさされながらも、頭目としての務めを果たしてきた香雪の立場。
到底、桃花一人で償えるものではない。
(どうしたら香雪の力になれるの? 私に何が出来るの?)
涙が溢れそうになって、ぎゅっと目を閉じていた桃花だったが、すぐ後ろから聞こえてきた声に振り返る。
「あら、可愛いお嬢さん。一人でお留守番? 露店の人はどこに行ったの?」
ござの上で正座をしながらこてんと首を傾げる海石榴に話しかけていたのは、木の杖をついて額から角を生やした鬼と思しき老婆だっだ。
桃花が近づいていくと、顔を輝かせた海石榴がしきりに桃花を指して何かを老婆に伝えたがる。老婆にはそれだけで充分伝わったようで、愛おしむように皺の寄った頬を緩めたのだった。
「あら、貴女はこの露店の方?」
「はい……。香草の石鹸を売っています」
「香草……? 薬草のことかしら。薬草の石鹸なんて初めて聞いたわ」
杖で石畳を叩きながら、老婆は朗らかな笑みを浮かべる。その表情で桃花はハッと気付いて、袂に手を入れると丸めた手拭いを取り出す。
「石鹸、試してみませんか? ここに同じものがあるので……」
手拭いを開くと、中からは昨晩香雪に貰った石鹸の切れ端が姿を現す。もしかしたら石鹸の宣伝をする際に使えるかもしれないと考えて、手拭いに包んで持ってきたものだった。
「あら〜。見た目は蝋燭に似ているのね」
「手作りですが、使い心地だけじゃなくて、洗い終わった後の手触りや匂いも良いんです。石鹸に使っている薄荷と薫衣草は肌の保湿にも最適で、私も今朝使って感動したところです。匂いはあまり強くないので、薫きしめている香の邪魔にもなりません」
香雪が持っていた荷物の中に水の入った竹筒があったのを思い出して取り出すと、中の水を自分の手と石鹸に掛ける。老婆が注目する中、湿り気を帯びた手で石鹸を擦っていると、やがて掌が白い泡に満たされたのだった。
「不思議な香りね。でもどこか懐かしいわ」
泡に呼応するように薫衣草と薄荷の爽やかな香りが辺りに広がっていくと、その香りに気付いた通行人たちが足を止めてくれるようになる。白い泡に包まれた桃花の手から小さなしゃぼん玉が飛び立った頃には、桃花たちを中心として石鹸に興味を持った人たちが集まっていたのだった。
「貴女は何も知らないのね。鬼にとっての角は鬼そのもので、存在意義でもあるのよ。角がない鬼なんて、鬼もどきじゃない」
「でも香雪は妖力を持っています。角が無くても鬼としての妖力を持っている以上、皆さんと同じ鬼で間違いありません。今は身につけていませんが、つけ角だってしていましたし……」
「あんな角! 先代鬼神様の形見じゃない。瀕死の重傷を負われた頭目様の命と引き換えに、自らの命を捧げたと言われているあの先代鬼神様の!」
「その頭目様が怪我を負ったのも、『逢魔の角なし』が鬼狩りに誘拐された家族を救おうとしたのが原因なんでしょう。角が生えていない無い半端者の分際で図々しいこと。封印されて良い気味だったのに」
「封印が解けたからって、こんな怪しげな草花を売り歩かないで、身の程を弁えて蟄居していればいいのに。変な臭いに鼻が曲がりそうだわ。おまけに芋みたいな娘からも臭って」
愉快そうに笑い合いながら去っていく女鬼たちに桃花は言葉を無くす。
鈴振が命に関わる怪我を負ったことがあるのも、香雪たちの母親が鈴振を救うために自らの命を捧げたことも。
その全ての原因が狩谷家に攫われた海石榴を助け出そうとした――『角なし』の香雪にあることも。
(違う。香雪は悪くない。悪いのは海石榴ちゃんを妖刀の生贄に捧げようとした私たち……狩谷家)
狩谷家が奪ったのは海石榴だけじゃ無かった。
三つ子の母親と彼ら逢魔家の平穏な日々、そして『逢魔の角なし』として後ろ指をさされながらも、頭目としての務めを果たしてきた香雪の立場。
到底、桃花一人で償えるものではない。
(どうしたら香雪の力になれるの? 私に何が出来るの?)
涙が溢れそうになって、ぎゅっと目を閉じていた桃花だったが、すぐ後ろから聞こえてきた声に振り返る。
「あら、可愛いお嬢さん。一人でお留守番? 露店の人はどこに行ったの?」
ござの上で正座をしながらこてんと首を傾げる海石榴に話しかけていたのは、木の杖をついて額から角を生やした鬼と思しき老婆だっだ。
桃花が近づいていくと、顔を輝かせた海石榴がしきりに桃花を指して何かを老婆に伝えたがる。老婆にはそれだけで充分伝わったようで、愛おしむように皺の寄った頬を緩めたのだった。
「あら、貴女はこの露店の方?」
「はい……。香草の石鹸を売っています」
「香草……? 薬草のことかしら。薬草の石鹸なんて初めて聞いたわ」
杖で石畳を叩きながら、老婆は朗らかな笑みを浮かべる。その表情で桃花はハッと気付いて、袂に手を入れると丸めた手拭いを取り出す。
「石鹸、試してみませんか? ここに同じものがあるので……」
手拭いを開くと、中からは昨晩香雪に貰った石鹸の切れ端が姿を現す。もしかしたら石鹸の宣伝をする際に使えるかもしれないと考えて、手拭いに包んで持ってきたものだった。
「あら〜。見た目は蝋燭に似ているのね」
「手作りですが、使い心地だけじゃなくて、洗い終わった後の手触りや匂いも良いんです。石鹸に使っている薄荷と薫衣草は肌の保湿にも最適で、私も今朝使って感動したところです。匂いはあまり強くないので、薫きしめている香の邪魔にもなりません」
香雪が持っていた荷物の中に水の入った竹筒があったのを思い出して取り出すと、中の水を自分の手と石鹸に掛ける。老婆が注目する中、湿り気を帯びた手で石鹸を擦っていると、やがて掌が白い泡に満たされたのだった。
「不思議な香りね。でもどこか懐かしいわ」
泡に呼応するように薫衣草と薄荷の爽やかな香りが辺りに広がっていくと、その香りに気付いた通行人たちが足を止めてくれるようになる。白い泡に包まれた桃花の手から小さなしゃぼん玉が飛び立った頃には、桃花たちを中心として石鹸に興味を持った人たちが集まっていたのだった。



