あくる日の朝方、妖刀を腰に帯びた桃花は香雪や海石榴と一緒に骨董市の場所となる神社に向かっていた。化け狸の姉妹によって慣れない化粧を施され、普段着にするのも勿体ないような紬を身に付けているからか、今朝からどことなく心が弾んでいた。
「その着物。よく似合っている」
桃花の代わりにほとんどの荷物を持ってくれた香雪が隣から声を掛けてくれる。
「ありがとうございます。鈴振さんにもよくお礼を伝えてください」
これまでの癖で朝未だきに起き出すと、桃花の枕元には狩谷家で着ていたような襤褸を縫い合わせたのような紬ではなく、撫子色に手毬柄の紬と新品同然の草履を用意されていた。聞けば、鈴振が桃花のために海石榴が着ていた紬を仕立て直してくれたという。
その鈴振は頭目の仕事が忙しいのか、まだ夜も明けきっていない朝月夜の時間帯に桃花が使う日用品だけ届けて、すぐに立ち去ってしまった。鈴振を出迎えた香雪が骨董市に露店を出すことを伝えたらしいが、行けるかどうかは分からないという煮え切らない返事をされたという。
「礼なら桃から直接鈴に言うといい。ああ見えて、鈴は義理堅いからな。はっきり断らなかったということは、顔くらいは出すかもしれない」
香雪はあっけらかんとした口調で話したが、そんな鈴振を出迎えた香雪もいつから起きていたのか謎であった。化け狸の姉妹が朝餉の支度に来た時にはすでに起きていたというので、もしかすると寝ていないのかもしれない。
その証拠に桃花を部屋に送り届けてからは、茶館の宣伝や場所を記した引き札を書いていたという。
「そうします。でも、本当にいいのでしょうか。全て海石榴ちゃんの物なのに私が勝手に使ってしまって……」
「誰も着ないまま押し入れで肥やしになっているより、誰かに来てもらった方が着物も嬉しいだろう。そうだろう、海石榴?」
桃花たちの先を歩いていた海石榴だったが、名前を呼ばれると何度も頷く。生前は病弱だったと聞いたが、今はそう見えないくらい元気溌剌としている海石榴は、妖刀から自由に姿を現わせるようになったこともあって、さっきから道端の猫を追いかけ、幼児くらいの年頃の小鬼に手を振って遊んでいた。
「もうすぐ神社に着くが、他の鬼には気をつけろよ。昔と比べて人間を伴侶に迎える鬼は増えたが、天敵とも言える鬼狩りの一族を伴侶に迎えた者はいない。俺の伴侶というだけでも悪目立ちするんだ。危害を加えられないためにも、無益な争いは避けたい」
家を出る前に香雪と二つの約束を交わしている。その内の一つは外で狩谷家の者だと名乗らないこと。
香雪たちに限らず、これまで狩谷家の者に親兄弟や伴侶を殺され、封印された鬼は多く存在する。狩谷家に憎悪を募らせている者は多く、桃花の存在を知った途端、腹いせに危害を加えられる可能性があった。
もう一つは肌身離さず妖刀を携えて、海石榴と行動を共にすること。
妖刀とほぼ一体化しているとはいえ、海石榴の妖力は計り知れない大きさを持っており、鬼一人を撃退するのは造作もないという。いざとなったら妖刀を抜いて、海石榴と一緒に応戦することも視野に入れるように言われたのだった。
「分かりました」
「そう肩肘を張らなくても、いざという時は海石榴が守るだろうし、今日は俺もついている。鬼にも良い奴と悪い奴がいるから、今日はそれを見極める目を養うくらいの気持ちで良い。後はせっかくの骨董市を楽しむ余裕もな」
石段を登って赤い鳥居を潜り抜けると、骨董市の会場となる神社の境内は鬼やその伴侶と思しき人間たちですでにひしめき合い、賑わいを見せていた。用意が完了した場所から売買を開始しているようで、すでに鬼たちが集まっている露店もあった。
こういう催し物に初めて来た桃花も骨董市を眺め歩くが、出品されている物はいずれも時代がかかった調理道具や古めかしい家具が多数を占めているようだった。
他にも草臥れながらも趣のある日本画や黄ばみと黴が目立つ絵巻物、古着とは思えない艶やかな柄の新品同然の反物まで、各々の売り物を各自が敷いたござの上に所狭しと並べられていた。
骨董市と言いつつも出品する物に決まりは無いのか、必ずしも使い古した物を出さなくてもいいらしい。
「本当に人間もいるんですね……」
すれ違う人たちに目を向けると、やはり客の大半は鬼のようで頭や額から角を生やす者の数が圧倒的に多かったが、そんな中でも時折桃花と同じ人間を見かけた。人間たちの傍らには必ずと言っていいほど鬼たちが付いており、手や腕を絡ませながら親し気な様子で歩いていたのだった。
「全ての鬼が人間と仲が悪いわけじゃない。鬼狩り一族が鬼退治に躍起になっているだけで、地域によっては人間と鬼が当たり前のように共存している。俺たちが住んでいるこの辺りもそうだ。鬼の領地だが人間の伴侶を迎えて、夫婦で仲睦まじく暮らしている者が多い。今の頭目である鈴の統制が取れているからか、人里に下りて人間に悪さをする鬼も少ない。……俺の時とは大違いだ」
香雪が自分自身を嘲笑するように吐き捨てたので、反射的に桃花は「違います」と答える。
「鈴振さんがしっかりと統制が取れるように香雪が根底を作っていたから、鈴振さんが辣腕を振るうことができるんです。頭目として香雪がこれまでやってきたことは、決して無駄ではありません」
「……ありがとな。慰めてくれて」
香雪の言葉に胸が温かくなるが、先程から鬼狩り一族の血が影響しているのか、この喧騒の中でも鬼たちが無意識の内に放つ妖気とその中に含まれる威圧感の両方を感じ取って、桃花の肌はずっと粟立っていた。
性別や年齢、身長に体格もてんで違う鬼たちが一様に揃う姿は、圧巻と同時に恐怖さえ感じられる。救いなのは桃花に興味を持つ者が少ないことだろうか。
桃花を――というよりは香雪を品定めするように見ていく者は多いが、傍らを歩く桃花にまで注意を払う者はいない。それでも腰に差す妖刀を見て、桃花の出自に勘付く者がいないともしれないので、どうにかして紬の袖で隠せないか試しに身体の内側に寄せてみる。
それだけで何が変わるともしれないが、気持ちが多少楽になったのは確かだ。境内に足を踏み入れた途端、妖刀に戻ってしまった海石榴の気配を間近で感じ取れるのも心強い。
ここに来て狩谷家や鬼狩り一族のことを口外にしないと約束させた香雪の言葉が、ようやく身に染みる。
――今ここで、桃花が狩谷家の血を引く鬼狩りの娘だと知られたら、どんな恐ろしい目に遭うことか……。
身震いすると、無意識の内に桃花は香雪の着流しの袖に手を伸ばして頼ろうとしていた。荷物を持った香雪の両手が塞がっていることに気付いて手を引っ込めかけたものの、それを見逃さなかった香雪にすかさず掴まれてしまう。
「その着物。よく似合っている」
桃花の代わりにほとんどの荷物を持ってくれた香雪が隣から声を掛けてくれる。
「ありがとうございます。鈴振さんにもよくお礼を伝えてください」
これまでの癖で朝未だきに起き出すと、桃花の枕元には狩谷家で着ていたような襤褸を縫い合わせたのような紬ではなく、撫子色に手毬柄の紬と新品同然の草履を用意されていた。聞けば、鈴振が桃花のために海石榴が着ていた紬を仕立て直してくれたという。
その鈴振は頭目の仕事が忙しいのか、まだ夜も明けきっていない朝月夜の時間帯に桃花が使う日用品だけ届けて、すぐに立ち去ってしまった。鈴振を出迎えた香雪が骨董市に露店を出すことを伝えたらしいが、行けるかどうかは分からないという煮え切らない返事をされたという。
「礼なら桃から直接鈴に言うといい。ああ見えて、鈴は義理堅いからな。はっきり断らなかったということは、顔くらいは出すかもしれない」
香雪はあっけらかんとした口調で話したが、そんな鈴振を出迎えた香雪もいつから起きていたのか謎であった。化け狸の姉妹が朝餉の支度に来た時にはすでに起きていたというので、もしかすると寝ていないのかもしれない。
その証拠に桃花を部屋に送り届けてからは、茶館の宣伝や場所を記した引き札を書いていたという。
「そうします。でも、本当にいいのでしょうか。全て海石榴ちゃんの物なのに私が勝手に使ってしまって……」
「誰も着ないまま押し入れで肥やしになっているより、誰かに来てもらった方が着物も嬉しいだろう。そうだろう、海石榴?」
桃花たちの先を歩いていた海石榴だったが、名前を呼ばれると何度も頷く。生前は病弱だったと聞いたが、今はそう見えないくらい元気溌剌としている海石榴は、妖刀から自由に姿を現わせるようになったこともあって、さっきから道端の猫を追いかけ、幼児くらいの年頃の小鬼に手を振って遊んでいた。
「もうすぐ神社に着くが、他の鬼には気をつけろよ。昔と比べて人間を伴侶に迎える鬼は増えたが、天敵とも言える鬼狩りの一族を伴侶に迎えた者はいない。俺の伴侶というだけでも悪目立ちするんだ。危害を加えられないためにも、無益な争いは避けたい」
家を出る前に香雪と二つの約束を交わしている。その内の一つは外で狩谷家の者だと名乗らないこと。
香雪たちに限らず、これまで狩谷家の者に親兄弟や伴侶を殺され、封印された鬼は多く存在する。狩谷家に憎悪を募らせている者は多く、桃花の存在を知った途端、腹いせに危害を加えられる可能性があった。
もう一つは肌身離さず妖刀を携えて、海石榴と行動を共にすること。
妖刀とほぼ一体化しているとはいえ、海石榴の妖力は計り知れない大きさを持っており、鬼一人を撃退するのは造作もないという。いざとなったら妖刀を抜いて、海石榴と一緒に応戦することも視野に入れるように言われたのだった。
「分かりました」
「そう肩肘を張らなくても、いざという時は海石榴が守るだろうし、今日は俺もついている。鬼にも良い奴と悪い奴がいるから、今日はそれを見極める目を養うくらいの気持ちで良い。後はせっかくの骨董市を楽しむ余裕もな」
石段を登って赤い鳥居を潜り抜けると、骨董市の会場となる神社の境内は鬼やその伴侶と思しき人間たちですでにひしめき合い、賑わいを見せていた。用意が完了した場所から売買を開始しているようで、すでに鬼たちが集まっている露店もあった。
こういう催し物に初めて来た桃花も骨董市を眺め歩くが、出品されている物はいずれも時代がかかった調理道具や古めかしい家具が多数を占めているようだった。
他にも草臥れながらも趣のある日本画や黄ばみと黴が目立つ絵巻物、古着とは思えない艶やかな柄の新品同然の反物まで、各々の売り物を各自が敷いたござの上に所狭しと並べられていた。
骨董市と言いつつも出品する物に決まりは無いのか、必ずしも使い古した物を出さなくてもいいらしい。
「本当に人間もいるんですね……」
すれ違う人たちに目を向けると、やはり客の大半は鬼のようで頭や額から角を生やす者の数が圧倒的に多かったが、そんな中でも時折桃花と同じ人間を見かけた。人間たちの傍らには必ずと言っていいほど鬼たちが付いており、手や腕を絡ませながら親し気な様子で歩いていたのだった。
「全ての鬼が人間と仲が悪いわけじゃない。鬼狩り一族が鬼退治に躍起になっているだけで、地域によっては人間と鬼が当たり前のように共存している。俺たちが住んでいるこの辺りもそうだ。鬼の領地だが人間の伴侶を迎えて、夫婦で仲睦まじく暮らしている者が多い。今の頭目である鈴の統制が取れているからか、人里に下りて人間に悪さをする鬼も少ない。……俺の時とは大違いだ」
香雪が自分自身を嘲笑するように吐き捨てたので、反射的に桃花は「違います」と答える。
「鈴振さんがしっかりと統制が取れるように香雪が根底を作っていたから、鈴振さんが辣腕を振るうことができるんです。頭目として香雪がこれまでやってきたことは、決して無駄ではありません」
「……ありがとな。慰めてくれて」
香雪の言葉に胸が温かくなるが、先程から鬼狩り一族の血が影響しているのか、この喧騒の中でも鬼たちが無意識の内に放つ妖気とその中に含まれる威圧感の両方を感じ取って、桃花の肌はずっと粟立っていた。
性別や年齢、身長に体格もてんで違う鬼たちが一様に揃う姿は、圧巻と同時に恐怖さえ感じられる。救いなのは桃花に興味を持つ者が少ないことだろうか。
桃花を――というよりは香雪を品定めするように見ていく者は多いが、傍らを歩く桃花にまで注意を払う者はいない。それでも腰に差す妖刀を見て、桃花の出自に勘付く者がいないともしれないので、どうにかして紬の袖で隠せないか試しに身体の内側に寄せてみる。
それだけで何が変わるともしれないが、気持ちが多少楽になったのは確かだ。境内に足を踏み入れた途端、妖刀に戻ってしまった海石榴の気配を間近で感じ取れるのも心強い。
ここに来て狩谷家や鬼狩り一族のことを口外にしないと約束させた香雪の言葉が、ようやく身に染みる。
――今ここで、桃花が狩谷家の血を引く鬼狩りの娘だと知られたら、どんな恐ろしい目に遭うことか……。
身震いすると、無意識の内に桃花は香雪の着流しの袖に手を伸ばして頼ろうとしていた。荷物を持った香雪の両手が塞がっていることに気付いて手を引っ込めかけたものの、それを見逃さなかった香雪にすかさず掴まれてしまう。



