第七話
○皇居 昼
青空。
頭上のはるか上をくるくると旋回する鳶の影が足元に落ちる。
皇居の堀に掛かる橋のたもと。
橋の先に見えるのは巨大な城壁の門。
両側に門兵が1人ずつ。
軍服を着た鐡と着物姿の椿。椿の手にはハンドバッグほどの風呂敷包。
鐡「本当にいくのか?」
椿「はい」
深く頷く椿の意思は堅い。
椿モノローグ『連れ去られた姉たちを探すため、帝に入内することを自ら望んだ』
鐡「この橋を渡ったら、余程のことがない限り引き返すことはできない」
椿「承知しております」
椿モノローグ『勅令によって集められた鬼の娘たちは、皇居の一角に囲われているという』『囚われた姉たちもいずれ……』
椿の想像
座敷牢のようなところに娘たちがたくさん閉じ込められている。※本来は違う
鐵「里へ帰ったらどうだ?」
半ばあきらめた表情で最後通告のように説得する。
椿「帰りません!」
ぶんぶんと頭を振る。
椿「 何度も申し上げているではありませんか」「それに鬼狩りのあなたが、私を止めるのは帝の命令に反するのではございませんか?」
鐵「それを言われると……」
鐡は気まずそうに言葉を濁す。
椿「とにかくお姉さまたちが無事かどうか、確かめたいのです」
鐵「確かめて、それでどうする?」
椿「帝に交渉するつもりです。」「女たちを解放してほしいと」「もちろん、残りたい者は残ればいいのです。鬼の一族から帝の妃が出たら、それこそ誇りではないですか」
あまりにも純粋な目で語る椿に鐡は頭を抱える。
鐵「だから……」「そう簡単なことではないと何度も言っているだろうが」
椿「そうかしら?」帝は元服を迎えたとはいえまだ十五の子供ですもの。話せばきっと分かってくれるはずです」
純粋な眼差しで椿は言う。
鐵「もし、お前が妃に選ばれたらどうするつもりだ」
鐵モノローグ『その可能性はとても高い』『椿は強靭な肉体や破壊的な力を持ち合わせてはいないが、気を操る能力は特異的で希少性がある』『なにより厳冬に咲く椿のように強く美しい』
美しい黒髪の椿を思い浮かべる。
鐵(俺なら椿を選ぶ……)
椿「その心配はありません」「私より強くて器量のよい鬼はたくさんいますから」
自分の価値を分かっていない椿は、鐵に向かって力説する。
鐵「ああ、そうか」「もう勝手にしろ。行くぞ」
鐵(自分の価値を知らない女ほど、厄介なものはない)
鐡はスタスタと橋を渡り始める。
椿「お待ちください、鐡さまっ」
その後ろを椿が追いかける。普段と違う着物姿で、履き慣れない草履を履いてきた。そのせいでよたよたと足元がおぼつかない。指の股も痛い。
鐵「ほら」
鐡は手を差し出す。椿は遠慮がちにその手を取った。戦いに身を置くものの大きくて分厚い手だ。でも温かくて安心感のある手でもある。
椿「ありがとうございます」
遠慮しつつ、照れながら。
鐵「やれやれ、世話の焼ける娘だ」
呆れたように鐡は言うが、その表情は柔らかい。
鐵「この先、俺は立ち入れない」
視線は門の先を見据えている。
鐵「……もしこれから困ったことがあったら多喜(たき)という女官を頼りなさい」「鐡の名前を出せば力になってくれるはずだ」
椿「承知しました。多喜さま、ですね」
椿はその名をしっかりと胸に刻み込む。頼らないで済むことを祈りながら。
橋を渡り切ると大きな鉄製の門扉の前に、鐡と似た軍服を着た男がふたり立っていた。手には長い槍のようなものを構えている。
鐵「あれは門兵だ」
鐵は椿に教えた。不意に視線を感じた椿が門扉の上を見上げると数名の兵隊が銃口を向けている。
椿(……ずいぶん厳重なのね)
椿モノローグ『帝の住まう場所なのだから警備が手厚いことは当然のこと』『簡単には侵入できないだろう。だが裏を返せばここから出ることも容易ではないということだ』
鐵「第五連隊所属鐵、鬼の姫をお連れした。無礼のないよう丁重に扱え!」
鐵、厳格な表情に変わる。
門兵「ハツ! 」
引き渡される時、椿は鐡を見る。言葉こそなかったが、「健闘を祈る」そう言っているようにみえた。
門扉の横にある木製の扉の閂が外される。
門兵は力を込めて扉を押した。
ギイギイと鉄製の蝶番が音を立てる。
門兵「ここからお入りください」「真っ直ぐに進むのです」
暗闇のトンネル(廊下?)の先を指し示される。
椿「わかりました」
中から甘い香りが漂ってくる。香が焚かれている。
椿(なに、この香り?)
それを軽く吸い込むとズシリと体に重みがかかる。こぶしを握ってみるが力があまり入らない。鬼の力を奪う媚薬の一種。
椿(力が、抜けていく)
門兵「なにをしている」
椿は先へと進んだ。後ろは振り返らなかった。振り返ってしまえば後悔の種が芽吹く気がした。扉が閉ざされると辺りは暗闇に包まれる。
椿「これじゃあ、なにも見えないわ」
椿は右手を壁について慎重に進んでいく。
門扉の中は見た目より奥行きがあった。
暗闇に目が慣れたころ、少し先に人影が見えた。
女「お待ちしておりました」「長竹《ながたけ》ともうします」
日本髪に着物姿の40代の女性。
着物は無地で華美ではないが後宮仕えなので上質で品のある着こなし。
椿「……椿ともうします」「よろしくお願いします」
頭を下げた椿を、長竹は冷やかな目でじっと椿を見据える。
決して歓迎されていないのだと気付かされる。
長竹「こちらで着物をすべてお脱ぎいただきます」
長竹の言葉に椿は驚く。聞き間違いであって欲しいと思うほどに。
椿「全部脱ぐのですか⁉ なぜです?」
長竹「塀の内側は帝のお住まいですから俗世のものは持ち込めません」
椿(せっかく伽耶が選んでくれた着物なのに……)
椿(しかも手荷物の中には好物の干し柿が入ってる)
椿モノ『それだけじゃない里を離れたことがない椿が少しでも安心して暮らせるようにと乳母があれこれと詰め込んでくれたのだ。それを置いて行けというのか』
椿「後で返していただけるのですよね?」
長竹「……(無言)」
取り付く島もなかった。これ以上の交渉は無意味に思えた。
椿は風呂敷を地面にそっと置い草履を脱ぐと帯を解く。
ひやりとした空気が椿の肌を撫でる。ぶるっと体が震える。
長竹「こちらへ」
長竹に続いて歩く。
少し行くとかすかに明かりが見えた。
それは扉の隙間から漏れているものだ。
ようやく出口だ。
椿は安堵する。
○皇居 昼
青空。
頭上のはるか上をくるくると旋回する鳶の影が足元に落ちる。
皇居の堀に掛かる橋のたもと。
橋の先に見えるのは巨大な城壁の門。
両側に門兵が1人ずつ。
軍服を着た鐡と着物姿の椿。椿の手にはハンドバッグほどの風呂敷包。
鐡「本当にいくのか?」
椿「はい」
深く頷く椿の意思は堅い。
椿モノローグ『連れ去られた姉たちを探すため、帝に入内することを自ら望んだ』
鐡「この橋を渡ったら、余程のことがない限り引き返すことはできない」
椿「承知しております」
椿モノローグ『勅令によって集められた鬼の娘たちは、皇居の一角に囲われているという』『囚われた姉たちもいずれ……』
椿の想像
座敷牢のようなところに娘たちがたくさん閉じ込められている。※本来は違う
鐵「里へ帰ったらどうだ?」
半ばあきらめた表情で最後通告のように説得する。
椿「帰りません!」
ぶんぶんと頭を振る。
椿「 何度も申し上げているではありませんか」「それに鬼狩りのあなたが、私を止めるのは帝の命令に反するのではございませんか?」
鐵「それを言われると……」
鐡は気まずそうに言葉を濁す。
椿「とにかくお姉さまたちが無事かどうか、確かめたいのです」
鐵「確かめて、それでどうする?」
椿「帝に交渉するつもりです。」「女たちを解放してほしいと」「もちろん、残りたい者は残ればいいのです。鬼の一族から帝の妃が出たら、それこそ誇りではないですか」
あまりにも純粋な目で語る椿に鐡は頭を抱える。
鐵「だから……」「そう簡単なことではないと何度も言っているだろうが」
椿「そうかしら?」帝は元服を迎えたとはいえまだ十五の子供ですもの。話せばきっと分かってくれるはずです」
純粋な眼差しで椿は言う。
鐵「もし、お前が妃に選ばれたらどうするつもりだ」
鐵モノローグ『その可能性はとても高い』『椿は強靭な肉体や破壊的な力を持ち合わせてはいないが、気を操る能力は特異的で希少性がある』『なにより厳冬に咲く椿のように強く美しい』
美しい黒髪の椿を思い浮かべる。
鐵(俺なら椿を選ぶ……)
椿「その心配はありません」「私より強くて器量のよい鬼はたくさんいますから」
自分の価値を分かっていない椿は、鐵に向かって力説する。
鐵「ああ、そうか」「もう勝手にしろ。行くぞ」
鐵(自分の価値を知らない女ほど、厄介なものはない)
鐡はスタスタと橋を渡り始める。
椿「お待ちください、鐡さまっ」
その後ろを椿が追いかける。普段と違う着物姿で、履き慣れない草履を履いてきた。そのせいでよたよたと足元がおぼつかない。指の股も痛い。
鐵「ほら」
鐡は手を差し出す。椿は遠慮がちにその手を取った。戦いに身を置くものの大きくて分厚い手だ。でも温かくて安心感のある手でもある。
椿「ありがとうございます」
遠慮しつつ、照れながら。
鐵「やれやれ、世話の焼ける娘だ」
呆れたように鐡は言うが、その表情は柔らかい。
鐵「この先、俺は立ち入れない」
視線は門の先を見据えている。
鐵「……もしこれから困ったことがあったら多喜(たき)という女官を頼りなさい」「鐡の名前を出せば力になってくれるはずだ」
椿「承知しました。多喜さま、ですね」
椿はその名をしっかりと胸に刻み込む。頼らないで済むことを祈りながら。
橋を渡り切ると大きな鉄製の門扉の前に、鐡と似た軍服を着た男がふたり立っていた。手には長い槍のようなものを構えている。
鐵「あれは門兵だ」
鐵は椿に教えた。不意に視線を感じた椿が門扉の上を見上げると数名の兵隊が銃口を向けている。
椿(……ずいぶん厳重なのね)
椿モノローグ『帝の住まう場所なのだから警備が手厚いことは当然のこと』『簡単には侵入できないだろう。だが裏を返せばここから出ることも容易ではないということだ』
鐵「第五連隊所属鐵、鬼の姫をお連れした。無礼のないよう丁重に扱え!」
鐵、厳格な表情に変わる。
門兵「ハツ! 」
引き渡される時、椿は鐡を見る。言葉こそなかったが、「健闘を祈る」そう言っているようにみえた。
門扉の横にある木製の扉の閂が外される。
門兵は力を込めて扉を押した。
ギイギイと鉄製の蝶番が音を立てる。
門兵「ここからお入りください」「真っ直ぐに進むのです」
暗闇のトンネル(廊下?)の先を指し示される。
椿「わかりました」
中から甘い香りが漂ってくる。香が焚かれている。
椿(なに、この香り?)
それを軽く吸い込むとズシリと体に重みがかかる。こぶしを握ってみるが力があまり入らない。鬼の力を奪う媚薬の一種。
椿(力が、抜けていく)
門兵「なにをしている」
椿は先へと進んだ。後ろは振り返らなかった。振り返ってしまえば後悔の種が芽吹く気がした。扉が閉ざされると辺りは暗闇に包まれる。
椿「これじゃあ、なにも見えないわ」
椿は右手を壁について慎重に進んでいく。
門扉の中は見た目より奥行きがあった。
暗闇に目が慣れたころ、少し先に人影が見えた。
女「お待ちしておりました」「長竹《ながたけ》ともうします」
日本髪に着物姿の40代の女性。
着物は無地で華美ではないが後宮仕えなので上質で品のある着こなし。
椿「……椿ともうします」「よろしくお願いします」
頭を下げた椿を、長竹は冷やかな目でじっと椿を見据える。
決して歓迎されていないのだと気付かされる。
長竹「こちらで着物をすべてお脱ぎいただきます」
長竹の言葉に椿は驚く。聞き間違いであって欲しいと思うほどに。
椿「全部脱ぐのですか⁉ なぜです?」
長竹「塀の内側は帝のお住まいですから俗世のものは持ち込めません」
椿(せっかく伽耶が選んでくれた着物なのに……)
椿(しかも手荷物の中には好物の干し柿が入ってる)
椿モノ『それだけじゃない里を離れたことがない椿が少しでも安心して暮らせるようにと乳母があれこれと詰め込んでくれたのだ。それを置いて行けというのか』
椿「後で返していただけるのですよね?」
長竹「……(無言)」
取り付く島もなかった。これ以上の交渉は無意味に思えた。
椿は風呂敷を地面にそっと置い草履を脱ぐと帯を解く。
ひやりとした空気が椿の肌を撫でる。ぶるっと体が震える。
長竹「こちらへ」
長竹に続いて歩く。
少し行くとかすかに明かりが見えた。
それは扉の隙間から漏れているものだ。
ようやく出口だ。
椿は安堵する。


